二時頃
柔らかな毛布が頬にあたり、瞼を開けるとあたりは薄暗かった。天井には小さなランプがたくさんあって、ぼんやりとした灯りが落ち着く。とはいえ「ここはどこ?」状態で、毛布の端を両手で握りしめたままもぞもぞとベッドの上で身じろぎをする。
見覚えのない殺風景な部屋。窓はなく、石造りの壁を見てようやく昨日ここに連れてこられたことを認識した。
ベッドサイドにある小さな机の上に、私のチェックのブランケットがたたんで置いてある。
あ、私ったらサレオスの腕の中があまりにあったかくて気持ちよくて、そのまま眠ってしまったみたい。結局お母様は来なかったのかしら、それとも私が寝ていたから起こさなかった?
それにしてもこの部屋はどこかしら。上半身を起こしてキョロキョロとしてみる。
ってゆーか何この部屋は、広すぎる!5~6人は眠れそうな広いベッドに、書机と椅子、そして扉が二つあって隣の部屋につながっているみたいだけれど、全体を見渡すと五十人以上で会議できそうなくらい広いわ。
まだぼぉっとしたら頭で部屋を観察していると、扉の向こうから足音が聞こえてきたので慌てて毛布をかぶって寝たふりをした。
-キィ
毛布を頭までかぶってじっとしていると、扉が開く音がして静かな足音がこちらに近づいてくる。
どうしよう、誰なのか確認したいけれど知らない人だったら怖すぎる!いや、サレオスがそんな危険なところに私を寝かせるわけがないから大丈夫なんだろうけど……!心臓の音がうるさく聞こえていた。
「マリー、起きてるんだろう」
私の動揺が完全に伝わっていたようで、サレオスが笑いながら毛布を少しだけ剥いだ。毛布から顔を半分だけ出した私は、覗き込んでいるサレオスとバチっと目が合う。彼は片手に毛布を持っていて「寒くないか」と尋ねたけど、どう見ても薄着なあなたの方が寒くないですかと漠然と思った。
私は充分あたたかいと伝え、上半身を起こしてベッドに座る。
くっ……見るからにお風呂上がりなサレオスに私の中のキュンが喧嘩を始めてしまう!少し湿った黒髪に萌えるのか、それとも血色のいい肌に萌えるのか……なんて難しい二択!
「マリー、まだ夜中だ」
私がどれだけ邪な思いを抱いているかもしらないで、優しい彼は私を寝かしつけようと髪を撫でる。
「うぐっ……!」
やめてぇぇぇ!抱きつきたくなる、黒髪をわしゃわしゃしたくなる!目の前の萌えと湧き上がるキュンが堪らん!
どうしよう、押し倒したい~!
……なんで女の子の私の方が下心満載なんだろう。もしかしてジュールに言われたみたいに、色気がないからサレオスもこんな風に深夜に部屋で二人きりでいられるの?それは困った問題だわ!
時間を聞くと、まだ2時だった。昨日、多分私は9時すぎに眠ってしまったのだろう、慣れない環境ということもありこんな夜中に目が覚めてしまったんだわ。サレオスは今から寝ると言っている。私だけグーグー眠ってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになった。そして追い打ちをかける現実に気が付いてしまう。
「あの……このベッドってサレオスの部屋の?私が占領してるんじゃ」
しまった、私は寮に帰るべきだったのに部屋の主を追い出して、ベッドを占領していたみたい。今からでもソファーで寝させてもらおうとするもサレオスに止められた。
「俺はどこでも寝られるから大丈夫だ。マリーは朝までここでもう一度眠るといい」
どこでもって、それは明らかにベッドじゃない感じの言い方だわ!
「そんなわけにはいかないわ!私、ソファーで寝るから、私の方が体が小さいからソファーでも余裕で寝られるでしょ、全然平気よ」
急いで毛布を足下に折り、ベッドから降りようとすると、頭の上からいきなり別の毛布がバサッとかぶせられた。
「うひゃっ……!?」
そしてあっという間にそれで巻かれ、ゴロンとベッドに投げられた。もごもごしながら毛布を掻き分けて何とか顔を出してみると、どうやら毛布で巻かれた後にサレオスの腕で押さえつけられたようでまったく動けない。
「え……」
「そんなことを言うなら予定は変更。俺もここで寝る」
「そんっ……な!?」
ひぇぇぇ!!!毛布越しだけど思いっきり後ろからぎゅってされてるよね!?ダメダメダメ、婚約もしてない男女が同じベッドでくっついて寝ちゃダメ!婚約しててもダメだけど!
押し倒したいとか思ってたけど実際には無理だわごめんなさいっ!レベルが低いのに、ラスボスに挑もうなんて私がバカだったわ!恋愛スキルLevel1で、武器なし、防具なしだったの忘れてた。
そして何このミノムシ感、抱き枕再び!?でもあのときはシルヴィアがいたもの、かろうじて二人きりじゃなかったもの!
動揺しまくった私は、息の仕方を完全に忘れて気絶しそうになっていた。
くっ……このまま流されるわけにはいかない、貞操観念が緩いとか常識がないとか思われたら困るもの!
そりゃ、ちょっとはありがとうございます幸せですって思ってるけどぉぉぉ!
「あの、私やっぱりソファーで……」
「なら俺もソファーで寝る」
「えええええ」
どうしよう、不毛な言い合いが続く予感しかしない。心臓の音が鳴りすぎて、全身の血が逆流しているように体がアツい。このまま溶けるんじゃないかしら私!?
「あの、だとしても、ベッドの端で寝るから……」
「ルレオードでも一緒に寝たんだし今さらだろう」
耳のすぐそばで低い声がして、肩がビクッと跳ねた。何かさっきより近くなってない!?私の髪に顔をうずめたサレオスは、本気で寝る体勢に入っているようだった。
「ちょっと……本当にこのまま寝るつもり?」
渾身の問いかけにも返答はない。毛布があるとはいえ、真後ろから抱き込まれてる状態は心臓に悪い。
「シルヴィアもいないし……二人きりだし……私に襲われるとか思わないので!?」
やばい、何言ってんのかわからなくなってきた。ドキドキしすぎて意識が朦朧とするけれど、サレオスが笑いを堪えていて肩が揺れているのはわかった。
「くっ……それは逆だろう」
言い終わるとほぼ同時に、首の後ろにキスをされて声にならない悲鳴が上がった。唇の当たった部分を手で押さえて勢いよく振り返ると、彼は意地悪い顔で笑っていた。
「なっ……!?」
なんてことするんだ、と思いつつもミノムシな私は動けないから逃げられない。
でも気合いを入れて、毛布の下からなんとか抜け出し、ベッドの端の方に避難してみた。
サレオスは寝転びながら、余裕の表情でこっちを見ている。なんなの、ごろんと怠惰なポーズなのになんでそんなに気品漂う優雅な……!?お願い誰か、画家を紹介して。
私がベッドの端っこで二つ折りになって悶えている間、部屋の中は静まり返ったままだった。
「……?」
正座で顔を突っ伏した状態から、ちらっと顔を上げて彼を見てみると、何も言わずにただじ~っとこちらを眺めている。
「「……」」
あああ、毛布もかぶらずに……風邪引いたらどうするのよ!寿命まで生きる気あるのかしら?
私がベッドの足元にある毛布をちらっと見ると、それに気づいた彼が口角を上げた。無言の圧を感じて私はおそるおそる尋ねる。
「……か、かけろと?」
「いや、そうは言ってない。ただ、マリーが俺を放置すると風邪をひくかもな。それだけだ」
ひぃぃぃ!脅されているわ!淡々と話すところが怖すぎる。私がサレオスの寿命を気にしてること知ってるのにずるいわ。
「うぬぬぬ……」
悩んだ末に、ベッドの上に手と膝をつきながら移動した私は、毛布を手にとってそれを両手で広げて大型犬を捕獲する気分でサレオスにかけていく。
「ひやぁっ!」
が、案の定すぐに手首を掴まれて、またもや抱き枕に戻されてしまった。しかも今度は正面だし、ミノムシじゃないし、よくわからないけどいいにおいがしてドキドキする!
あわわわ、シャツ越しの腕の感触が意外に筋肉質でやばい。これで抱き締めるのは反則じゃないの?腕枕みたいなのも卑怯、もうこれで惚れるなという方が無理!
「おやすみマリー」
しかも私をこんなにキュン死に寸前まで追い込んでいて、本当に寝るつもりなのね!?寝れるのね、私に色気がないばかりに!
これはもう「責任取って」って迫っていい案件に違いない。好きすぎて死んだらどうしてくれるの本当に!
「おやすみ……なさい」
それから私は何度か脱走を試みるが、その度に彼の腕に捕まってしまった。
確かに寝たと思ったのに、なんで起きてるの!?寝つきが悪いタイプなのかしら?それはそれで心配になる。
「マリー、もう諦めろ。いつまでも寝れない」
サレオスは気怠そうな声でそう言った後、唇に軽いキスをして大きな手で私の頭を自分の胸に引き寄せた。
うっ……!こんな、こんな新婚さんみたいなことがあっていいのかしら!?もうこうなったら幸せを享受するしかない。
緊張のあまり私は石化したように身を硬直させ、ただただ寝相を気にして熟睡できないまま朝を迎えた。




