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悪役令嬢はシナリオを知らない(旧題:恋に生きる転生令嬢)※再掲載です  作者: 柊 一葉
未書籍化部分

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今さら

サレオスに連れられてやってきたのは、都にあるどこかのお邸の中だった。応接セットや暖炉があり、貴族のお邸っぽい。黒い絨毯に金糸の細かい刺繍が刺してあり、かなり豪華な部屋だった。


「ええっと、ここはどこ?」


ここにも窓から入ったサレオスに、私はお姫様抱っこをされた状態で尋ねた。彼は慣れた感じで部屋の中を歩き、私を抱えたままソファーに腰を下ろす。


「ここはトゥランの公館だ」


「公館?」


サレオスによると、ここはトゥラン王族所有のお邸だそうで、普段はテーザ叔父様や宰相様たちがアガルタに来たときに泊まっているらしい。そういえば石造りの壁やレンガがトゥランっぽいような。

私は横抱きにされたまま、濃紺の瞳をじっと見つめる。


「この部屋は一応俺の部屋だが、これまで一度しか泊まったことがないから勝手はわからん」


そう言いながら指先を弾くと、部屋にあった暖炉の火が燃え上がった。パチパチと薪がハジける高い音がして、私は揺らめく炎をぼおっと眺めていた。

あぁ、炎の揺らめきって癒されるわ……ってそうじゃない。癒されてる場合じゃない。


ええっと、ここが公館だってことはわかったけれど、なぜ私がここに?

そしてなぜ、抱っこされたままソファーに座っているのかしら?広いんだから、隣に座るなり他の椅子に座るなりできるわよね。

とりあえず暑くなってきたからブランケットを外すとして……ってしまった、私ってば寝るつもりだったから部屋着だわ!


頭の中に次々と思考が浮かび、目をまわしかけている私を見てサレオスが困ったような顔をした。


「無理に連れてきて悪かった。でもあれが一番早かったから……怖かったか?」


「うっ……怖かったわ」


うん、しばらくは不在でもランプをつけっぱなしにするくらいには動揺しています。


「すまなかった」


目に見えてしゅんと気を落としたサレオスを見て、私は慌てて補足した。


「あぁ、違うの!その……基本的にサレオスには何をされてもいいんだけど、暗闇で襲撃するのだけは心臓に悪すぎるから絶対にやめてほしいだけなの」


必死でそういう私を見て、サレオスはなぜか驚いた顔をした。そしてしばらくの沈黙の後、小さなため息をつく。


「…………マリーのことだから深い意味はないんだろうが、そういう警戒心のない発言はしない方がいい。絶対に」


「え?でもサレオス以外に、簡単に部屋に侵入できる人はいないわ」


「そこじゃなくて……いや、いい。部屋に侵入することに関しては、イリスにもさすがにマリーがかわいそうだと言われたんだが、考えが足りなかったな。怖がらせるつもりはなかったんだ」


風で乱れた私の髪を、そっと梳かす指にドキッとする。


そういえばお父様が乗り込んできたあの日以来、一週間くらいだけど、ゆっくり話す時間がなかった。サレオスは領地の収益を上げる政策で忙しいらしく、叔父様までがこちらに来て手伝っているとか。フラフラしている叔父様が働くなんてよっぽどだわ。


だからアリソンのパートナーを務めることを伝えたときも素っ気なかった。もちろん、断れないことだと知ってるからっていうのもあるけれど、「そうか」とだけ言われたときはさすがにお父様を呪ったわ!


「い、忙しいんでしょう?大丈夫なのこんなことしてて」


久々の触れ合いにキュンがすぐに飽和状態で、私は思わず逃げ道を探してしまった。


サレオスは髪を梳かすのをやめ、私の頬を長い指でなぞる。しばらくの沈黙の後、じっと私の瞳を見つめたまま彼は言った。それはそれは、とても言いにくそうに。


「実は今、ここにマリーの母上が来ている」


「はぁぁぁ!?」


私は思わず叫び声を上げた。なにそれどういうこと!?


「家出だそうだ」


おふっ……自分の耳を疑うわ。


「なんですって!?え、え、家出にしてもなんでここ?実家に帰るとかあるでしょう?領地に帰れば必然的に別居なわけだし……なんで!?」


お母様、意味がわかりません。なんで他国の王族が所有する公館に家出してるんですか!

ふらっと倒れそうになった私を、サレオスが慌ててぐいっとひっぱって支えてくれた。そして、そのまましっかりと腕がまわされて抱きしめられる。


うわぁぁぁ!!!サレオスの匂いがするー!ぬくもりがやばい!気絶する!

心臓が破裂しそうになって思わずぎゅっと目をつぶった。


「イリスがマリーの母上と連絡を取っていて、パーティーでの話を聞いてそのままここに連れてきたらしい。……なんでも『とりあえず人質をとるのがいいと思いまして』ということだそうだ」


うおっ……しゃべると密着しているから振動がくる!ますます緊張してしまうわ!


ん?あれ、今なんか人質って言った?それって本人がノリノリで家出してても人質って言えるの?


「パーティーといえば、気分は悪くないか?レヴィンが無茶なことをしただろう」


はっ!そうだ、サレオスは一部始終見てるんだった。当然、私の気絶がレヴィンによる愚行だということも知ってるのか。やばい、我が家の恥をおもいっきり見せてしまったわ!

私は両手で顔を覆い、絶望に打ちひしがれていた。


「マリー?」


あ、気分について聞かれてたんだった。


「大丈夫、もう落ち着いたわ。よくわからないけど、あの子殴るの上手いのかしら?」


「……いや、上手い下手の問題ではないと思うんだが」


どうしよう、サレオスがちょっと引いているわ。でもすぐに気を取り直して、優しい声で話を続けた。


「マリーは何も心配いらない。あとはマリーの母上とイリスがうまくやってくれる」


「何もって……それはどこまで」


「全部だ」


え、それってあの求婚を受けずに済むってこと?思わずサレオスの胸を両手で押し退け、濃紺の瞳をじっと見つめてしまう。私、お嫁に行かなくていいのね?


「どちらとも婚約せずに済むようにしてみせる。すでにノルフェルト家とオーエン家への根回しは始めた。だから心配するな」


「根回し?ええっと、その内容って私が聞いても?」


「いずれわかる。とにかく絶対に、婚約は回避させるから心配しなくていい」


まるでそれがすでに決まっているかのように話すサレオスに、びっくりはしたものの疑う気持ちはまったく湧いてこなかった。あまりに真剣な眼差しに吸い込まれそうになる。


「私、あの求婚を受けなくていいのね?」


「あぁ」


安心するとじわっと涙が滲んできた。でも、気分的にはお祭り騒ぎで踊りたいくらいだわ!

テンションが上がってしまった私は全力でサレオスに抱きついてしまう。


「よかった……!」


背中に回された腕の強さに、とてつもない安心感がこみ上げる。額を彼の胸にぐりぐり押し付け、喜びのあまり我を忘れてしまった。


だから彼におもいきり抱きつく私は完全にやばい人……ということに気づくのにしばらく時間がかかってしまい、気づいたときにはぐりぐりしすぎて額がかゆくなってしまっていたほどで。

しまった、お酒も飲んでないのにまた酒乱が出たわ!


慌てて飛び退こうとするも、やっぱり膝から下ろしてもらえなかった。腕で押さえつけられていて、捕獲されている感がすごい。




それにしても、安心したら眠くなってきたわ。今日はものすごく疲れたもの。あ、でもお母様に会っておきたいし、さすがに帰らないといけないし……。

私は眠い目をこすり、サレオスの顔を見上げてお母様に会いたいと頼んでみた。すると優しく目を細めた彼は、私の額に自分の頬を寄せた。


「あとでここに来ると思う。今はイリスと話をしているはずだから」


そっか、それなら私はこの部屋で待ってればいいのね……ってさすがにいつまでもこの体制はいけない。


「あの、脚痛いでしょ?降ろして、自分で座れるから」


私が何気なくお願いすると、サレオスは眉間にシワを寄せてものすごく不機嫌な顔をした。何か怖い!オーラが黒いわ!


「このままでいい。身体が冷えたらどうするんだ。風邪をひくと困る」


過保護!ここ室内だし、暖炉であったかいし!


「それに……さっきも話の途中でフラついただろう。疲れてるんだから、一人で座らせてそのまま倒れたらいけない」


「……」


あまりの返答に私は絶句する。椅子から一人で転げ落ちて倒れるなら、もうそれは早く医者に診てもらった方がいいレベルだわ。おしゃべりしてる場合じゃない。


それでも私が黙っている間にもさらに腕の力は強められ、離さないつもりだとわかった。


……おかしい。確かにこれまでも命を狙われるような危険なことは気にしてくれてたけれど、単なる日常生活でここまで過保護じゃなかったはずよ。どうしたんだろう。


「どうした」


いや、どうしたはあなただから。じっと見つめてみるけれど、外見上に不審なところは見当たらない。今日もかっこいい。うっ!やばい、好きすぎて震えが……


「寒いのか?風邪か、眩暈か、なんだ」


サレオスは突然私の額に手を当て、熱の有無を確認した。


「ちがう、大丈夫だから!」


私がおかしな態度を取るせいで、また風邪の心配をし始めてしまった。


「か、過保護だと思うの」


私は思っていたことを口にしてみた。

するとサレオスは何かに気づいたみたいにはっとして一瞬だけ止まり、そして申し訳なさそうにこちらを見て言った。


「それでも……このままで。何があっても守ると言っただろう?」


「うえっ?」


いやぁぁぁ!今日ほど自分のことを残念だと思ったことはないわ!!またとないキュンな瞬間を……!うえって何よ、うえって!?


ああああ、胸が苦しい!本格的に仕留められてしまったわ!

ルレオードで守るって言われたのは、サレオスの婚約がらみのことだけかと思ってた。まさか風邪からも守ってくれるなんて、とんでもない広範囲かつ手厚いサポートだわ!優しい……好き。


押し寄せるキュンによってサレオスを直視できずに、俯いて心臓を押さえる私。好きすぎて精神が崩壊しそうだわ……!もしこの人のお嫁さんになれなかったら、きっと栄養失調ならぬサレオス失調でマリーは死んでしまいます!もう私の主食はこの人からのキュンなのでは!?


私の煩悩がどんどん勢いを増す中、彼はまた少し腕の力を強めた。そして前髪を長い指で梳かすと、躊躇いがちに私のおでこにキスをする。


「ひぅっ」


もうダメだ、こんなことされたらどうにも気持ちが抑えられない。おでこだけじゃなくて唇にもキスして欲しいって思ってしまう。でも自分からは絶対にできない。


じっと見つめて待ってたら、キスしてくれるかな。シーナがそんな話をしてた気がする。え、でもこういうときって瞬きするんだろうか、目が乾くのはまさか我慢するの?どうしよう、恋愛初心者だからわからないわ。


そんな風に悩む私の上から、まさかの問い合わせがやってきた。


「……もう少し触れても?」


伝わった!?私がキス待ちだったの伝わった!?

あれ、でも今になって許可申請ってどう考えても遅すぎる。そういえば馬車の中でかなり乱暴にキスされたような……って、思い出しただけで頭が沸騰しそうだ。


え、もしかしてお父様に気を遣ってるの?私は呆気にとられて呟いた。


「サレオス……今さらだわ」


彼は何か考えるように、間を空けてから少しだけ笑った。ものすごい大歓迎です、なんて言えないけれど伝わったかしら?そんなこと言った日には痴女認定されそうで怖い。


「それもそうだな」


言い終わるのとほぼ同時に耳のところに手を添えられ、唇が重なった。

吸いつくように合わさった唇が心地よくてドキドキしてしまう。ううっ……好き。お嫁さんになりたい。


今日は色々あったけれど、もう全部どうでもいい。だってこんなに幸せなんだもの。サレオスがそばにいてくれたらそれでいい。


何度か唇を重ねたけど、今日はいつもより優しい気がする。唇が触れる瞬間のフニって柔らかい感触も、そのあと食むように吸い上げられるのも、ゆっくりと繰り返されると大事にされてる感じがして幸せな気分だわ。


…………そして、眠い。


ところがゆっくりと離れると、サレオスは少し困ったような顔をして言った。


「マリー」


「なに?」


「待たせてしまってすまない」


「?」


何を?


まさか……


私がキスを待ってたの気づいてたの?いやいやいや、そんな恥死案件をサレオスが口にするはずがない、そこまでデリカシーのない人じゃないはず。


もしかしてまだお母様がここに来ないってこと?待ってるのは待ってるけど、それは私の母のことだから謝らなくていいのに。


「ええっと、お母様のことなら待つくらいいくらでも……」


「ちがう、マリー、そうじゃない」


どうしよう、予想がハズレた。何か他にあるかしらと考え込むけれど、眠くてどうにも目がしょぼしょぼしてきたわ。


「疲れてるんだろう?」


うとうとしていると、サレオスが私の頭を優しく撫でて、寝やすいように抱きしめてくれた。これは寝てもいいってことよね?


「ごめんなさい、お母様が来るまで少しだけ……」


私はもう考えるのはやめて、ぴったりと彼の胸にもたれてみた。硬い胸に頬を合わせて瞳を閉じれば、トクトクとかすかに心音が聞こえてくる。

あったかくて幸せだわ……!下ろしている髪の毛がちょっと頬に張り付いてるけど、そんなの気にしてられないくらい眠い。ぬくぬくとサレオスの腕の中を満喫する私は、すぐに眠りに落ちてしまうのだった。


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