目覚めました
薄明かりの白い視界。
誰かの話し声がボソボソと聞こえてくる。
「うっ……」
瞼を開けると、見覚えのある淡いピンク色の天井があった。
「マリー様、気がついたのね」
私を見下ろしているのは、クレちゃんだった。隣にはシーナとアイちゃんもいる。ここはクレちゃんの部屋で、私はベッドを占領して眠っていたみたい。
ううっ、なんかお腹が気持ち悪い。ちょっと大きめのワンピースに着替えさせられていて、両の袖が折られている。クレちゃんの服だわこれ。
「クレちゃん……なんで私ここに?」
まだはっきりとしない頭で、今日あったことを思い出してみた。
あ、思い出さない方がよかったかも。全身に寒気が走る。夢であって欲しいとこんなにも願ったことはない。
「マリー様、薬湯を飲みましょう」
優しいクレちゃんに身体を支えてもらい、私はゆっくりと上半身を起こした。メイドさんが持ってきてくれた甘い薬湯を飲むと、あったかくて癒されていく。
おのれレヴィンめ……!どこの世界に姉を殴って気絶させる弟がいるんだ。いや、うちの弟だけれど、素行不良にもほどがあるわ。
クレちゃんによると、アリソンと生徒会長からの求婚ダメージにより疲弊した私がレヴィンに殴られて気絶した後、ヴィーくんに抱きかかえられて馬車まで運んだらしい。
シーナは一緒に馬車に乗り込んで、そのままクレちゃんの部屋に来たんだそうな。ヴィーくんは今、私のいる寝室の隣にあるリビングにいる。
クレちゃんの服を借りてドレスからワンピースに着替えているシーナは、瞳をキラキラさせながら言った。
「マリーが倒れてそれをアリソン様が支えようとしたんだけど、ヴィーくんがマリーを奪うように抱きかかえて運んだものだからさらに盛り上がったわ!あれは誰!?って」
うわぁ、もうカオスすぎる……一応、従兄設定なんだけど従兄は結婚できるからまた色々言われそうだな。しかもこれでヴィーくんの恋の出会いが遠のいたら困る。 苦悶する私とは真逆に、まるで恋愛小説の話でもするかのようにシーナは嬉しそうに話す。
「それでね?あの求婚の流れに入れなかったフレデリック様が駆けつけてきて、『マリーは俺の妃になるべき女性なんだ』って宣言したのよ!」
「ぶはっ!」
私は薬湯をおもいきり噴き出した。クレちゃんが慌ててタオルで拭いてくれる。な、なにその悲惨な現場。よかった、気絶してて……。っていやいやいや、気絶したからそんなカオスになったのかしら!?もう何がいけなかったのかさっぱりわからない。
「もうみんな騒然となったわ!マリーのことを魔性の女って言い出す令嬢もいて。あ、傾国の美女とも」
ふふふと笑うシーナのテンションにとてもついていけない私は白目になっている。
いやいや、傾国の美女って国を傾けるくらい王を狂わす美女なんじゃ。フレデリック様の場合は最初から狂ってるから私関係なくない!?
あぁ、もう私、学校に行けない。なんでみんな人前で求婚すんの?二人きりのときにしてくれないと、なかったことにできないじゃない。イケメンは注目されるのに慣れすぎよ!
アイちゃんがなぜか紙と万年筆をしっかり握りながら、興味津々と言った顔で私を見ている。
「あの、マリー様はもしもアリソン様や生徒会長と……って想像したらどちらがまだ可能性がありますの?」
あ、アイちゃんの中でもフレデリック様はナシなんだ。
「どうしよう、想像したこともなかったわ」
私がそう答えると、アイちゃんが驚いた顔をした。
「まぁ!あれだけ愛を囁かれながら、少しも想像しなかったんですの?」
そう言われても……そういえばそうね。
私がきょとんとしていると、クレちゃんがくすくす笑って代わりに答えてくれた。
「マリー様のことだから、『サレオスと踊りたかった~』とか『これがサレオスからならキュン死にしたのに~』とかばかり考えてたんでしょう?」
そう、まさにそれ。私は無言でコクコクと頷いた。
「無意識と鈍感なマリーって、計算高い女より攻撃力高いわよね~!」
シーナの言葉に、うっと喉が詰まるような感覚になった。でも仕方ないじゃない、好きなのはサレオスなんだから!彼以外とは結婚なんてしたくないのよ!
だからなおさら思うわ、あの場を見られなくてよかったって。
「はあ……サレオスがあそこにいなくてよかった。 あんなところ見られたら、お嫁さんにしてもらうのが遠のくわ」
いわくつきの女がさらに面倒ごとを、って思われるじゃないの。はぁ、ホントによかった。
薬湯のカップを両手で持ってぼぉっとしていると、クレちゃんが私の頭を撫でながら言った。
「マリー様、残念ながらサレオス様はいらっしゃいましたよ」
……………………は?今なんて???
「う、嘘」
私は無意識に言葉を発していた。
三人が顔を見合わせて、ケラケラ笑っていたシーナまでが眉を下げて困ったように首を傾げる。
「ねぇ、嘘でしょ!?サレオスはパーティーには参加しないって言ってたもの」
カップを持つ手がぷるぷると震え出した。でもクレちゃんは、ため息をつきながら残念なお知らせを告げた。
「実は、パーティーの最後で上がる花火を一緒に見るのはどうかと……私が声をかけてしまったの。それでマリー様には内緒でサレオス様を呼んでたんです」
申し訳なさそうにするクレちゃんに、私は「ひええええ」としか言葉が出ない。
え、でもサレオスがいたら目立つよね?私のセンサーが働かないわけないわ。ヴィーくんの探知にひっかからないはずもない。そう思い首を傾げていると、それはアイちゃんから説明が入った。
「実は、認識阻害の魔法道具を仕入れたので、それを試してもらったんです。かなりの魔力量を必要とするので、サレオス様なら使えると思って……だから誰もサレオス様に気づかなかったんですわ」
クレちゃんが「もちろん私たちは知ってるからわかったけど」と補足する。
「そ、そんな、じゃあサレオスはあのカオスな現場を……」
私は動揺して最後まで言い切れなかった。
「「「ばっちり全部見てました」」」
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
私の悲鳴が四方の壁に跳ね返りこだまする中、シーナが思い出したように興奮気味に口を開く。
「会場でグラスが割れたり窓が割れたりしてびっくりしたわ~!サレオス様ったら魔力漏れてるんだもの!」
え?なにその危険な感じ。アイちゃんもため息混じりに眉間にシワを寄せた。
「まさか魔法道具まで壊れると思いませんでしたわ。マリー様が求婚されるのを見て、平常心を保てなかったのですねきっと」
お、終わった。
男を弄ぶ、尻軽女だと思われたはず!いろんな男に愛想よくして、その気もないのに弄ぶ悪女だと思われたかも……私が好きなのはサレオスだけなのに!
絶望に打ちひしがれる私は、またふかふかのベッドに仰向けに倒れた。寸前でアイちゃんが薬湯のカップをキャッチしてくれて、中身をぶちまけずに済んでいる。
「ひっ……ひぐっ……うええええ」
もうヤケだわ!いったん泣いてから考えましょう!きっと何か挽回の方法はあるはずだわ。先輩と生徒会長と、悪魔の求婚を断ってなおかつサレオスのお嫁さんになる方法が!
私はしばらくクレちゃんのベッドを占拠してシクシク泣いていた。




