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誕生日前夜

すっかり秋らしくなった空の下、私とクレちゃんと楽しくおしゃべりをしていた。

中庭が近いこの場所は、ベンチもテーブルもあってちょっとしたお茶ができるようになっている。明日は休日だけれど、私の誕生日だからみんなでお祝いしてくれるらしい。

そういえば最近フレデリック様がおかしくて、誕生日の五日前からカウントダウンのメッセージカードが毎朝寮に届く。今朝のカードには、バラの花が十五本ついていた。昨日は十四本だったような。まだ若いからいいけれど、「おまえ、もうすぐ一歳年取るぞ」って通達されているようで本当にやめてほしい。

バラは登校次第、イケおじ用務員さんに渡しておいた。学園内のいろんなところに飾ってくれると言う。できれば飾るその様子も見ておきたいが、クレちゃんに連れられて教室へと入った。 くっ……今日もかっこよかった!

そんなことを考えていると、サレオスとジュールがやってきた。サレオスはなぜかあの脳筋男子・ジュールに懐かれてしまい、最近はよく一緒にいる。どうやらぼっち卒業のようだ。ジュールは相変わらず大きなパンを持っている。しかも二本。

「それ、もしやアイちゃんに?」

「ああ、あいつ、すっげぇ食うんだよ! こないだ言った店ではさ……」

あれ以来、ジュールとアイちゃんは二人で時々でかけている。

アイちゃんは、「でかける予定が入っちゃって書きかけの小説が全然進まないの~」って困っていたけれど最高潮に頬がゆるんでいた。羨ましすぎて死ねる。

ふっ、でも大丈夫。私だって明日は誕生日だもの。

クレちゃんが私のために夕方から誕生日パーティーをしてくれることになったの。それを聞いたとき、ふわふわボディに抱きついてすりすりした私は「もうクレちゃんのお嫁さんになる」と宣言してしまったわ。

「テル嬢の誕生日パーティー明日の夜だよな? 俺、ちょっと遅れるわ」

ジュールは騎士団の訓練に参加してから来てくれるそうだ。ってゆーか、来るんだ。今初めて知ったわ。

クレちゃんがサレオスに声をかけてくれて「行く」って言ってもらったときには、もう校舎の壁をバンバン手で叩いてひんやりした石の壁に顔をうずめてしまうくらい嬉しかった……。

そういえばクレちゃん、サレオスのことは「様付け」だし、しゃべり方もかなり令嬢モードなのよね。もうちょっと砕けてもいいと思うのに。

「クレちゃん、言葉遣いのことなんだけど、いつもの感じでいいんじゃない? フレデリック様はともかくサレオスは身内みたいなものだし」

隣に座るクレちゃんにそういうと、彼女はちょっと悩んだ。

「そうでしょうか? マリー様と二人の時はいいとしても、サレオス様にまで砕けた話し方をするのは気が引けますわ」

今は私の正面に座っているサレオス。正面から見てもまつ毛が長くて綺麗ってどういうこと!?

はぁ……好きすぎる。誰かグッズとか売ってくれないかな。買い占める。

「俺は別に構わない。むしろマリーと話すようにしてくれた方が話しやすい」

「では遠慮なく」

「早いな」

「ええ、何事も本人の言質を取るまでが肝心なので」

「私、クレちゃんのそういうところも好き!」

うふふと怪しげに笑うクレちゃんをぎゅっと抱きしめて、背中に流れる柔らかい髪の毛のぽふっと顔をうずめた私は、はたと動きを止めた。

……私はものすごいことに気づいてしまったのだ。

サレオスのこと身内みたいなものって言ったわ! なに、身内って夫? 夫ってことよね!?私ったら大胆な発言を! あふれでる煩悩がすごい!

「あ~はいはい、今頃気づいたのね? ちょっと発作が出てるね、マリー様落ち着いて」

クレちゃんを抱き締めてそのまま押し倒しそうな私を、優しくなだめる手が気持ちいい。

はう……クレちゃん、アイちゃんに続いて誰かと幸せになってね!

「あ、そうだわサレオス様。明日の午後、マリー様の誕生日パーティーの前は空いてるかしら?」

私をなだめながら、クレちゃんはそう切り出した。サレオスは珈琲を飲みながら、「ああ」と返事をする。わかってないだろうな……私がもう珈琲になりたいって思ったことを!

「実は、マリー様のお父様がプレゼントとして取り寄せた本がありまして。それをお店に取りに行ってもらいたいんです、マリー様と一緒に」

「え?」

「わかった」

何それ、本? 初めて聞いた。サレオス、普通に返事してるけど……。

「よかった! これで私はパーティーの準備に集中できるわ。二人で、仲良く行ってきてね」

っ……!! 私は思わず、口元を手で押さえてプルプルしてしまう。

「それって……それって……クレちゃんまさか!」

感動で涙をにじませる私を見て、クレちゃんがにっこりと笑った。聖女よあなた! 私なんかより聖女がお似合いよっ!

「そんなに大切な本なのか? よかったなマリー」

あ、うん。サレオスは私が本を喜んでいると思ってるのね。もう、鈍感なんだから。私がこんなに喜んでいるのに! ふふふ……デートだ! 誕生日デートだ!!

胸に両手を当てて、幸せを噛み締める。神様、神様は私の隣にいました。クレアーナ様という優しい女神がいましたよ。ありがとう!

もぐもぐとパンを頬張りながら、そのやりとりをとりあえず見ていたジュールは何かを考えている。どうしたのだろう、パンが足りないのかしら。

しかし次の瞬間、場が凍り付くような恐ろしい言葉を放った。

「なぁ、テル嬢はサレオスが好きなのか?」

――ピシッ……

幸せを噛み締めて瞳を閉じていた私は、あまりの衝撃に目を見開いた。よくわからないけれど、空間にひびが入った音すら聞こえたような気がする。私はゆっくりと顔を上げ、ぐぎぎぎぎぎと音が鳴りそうなぎこちなさで斜め前に座っているジュールを見た。

「なっ……!?」

私は無意味にジュールと見つめ合う。なんなのこいつ、髪色ピンクなわりに眉とまつ毛は茶色なの!? どんな配色してるのよ!

勢いよく立ち上がった私だったが、その前にクレちゃんの放った火球がジュールに直撃した。

しかも、おそらくだが狙いは喉。ほ、本気を感じる! 後ろにひっくり帰った彼は、驚いて絶句している。そりゃそうだ、目の前から火の玉飛んできたんだもん。

「ジュール大丈夫!?」

私は駆け寄って、回復魔法をかけるフリをしてひそひそ声でジュールに訂正する。

「違います! 私はサレオスを好きなんじゃなくて、めっちゃ、ものすごく、世界一好きなんです! そこ、間違ってます! そして、それを二度と口にしないで!」

私はきっと鬼のような形相をしているのだろう。私の何倍も大きいジュールが怯え、目元が引き攣っていた。背後で仁王立ちしているクレちゃんは関係ないと思う。

あ、これ、はたからみれば私がジュールを押し倒してるように見えないだろうか? 不安に駆られてすぐに彼から飛びのいた。まったく回復していない顔をジュールがさすっている。

「ごめんなさいね。なんだか火球を飛ばしたい気分だったの。でもいい訓練になったでしょう……目の前にいる人間が味方かどうかなんてわからないものね。あ、今日は背後にも気を付けて?」

クレちゃんがすごく怖いことを言っている。本当にそうだ、確かにあのときジュールは私の敵に見えた! ジュールの怯え切った顔を見てサレオスがなかなか笑っている。頬杖をついている指先が、口元にあってなんかエロイ。やばい。はっ、でもなんか気まずい。ぐぬぬぬぬ……ジュールめ!

サレオスは椅子に座ったままで、私はその傍らに立っている。彼を見下ろすことなどないので、上目遣いなサレオスは新鮮な構図だった。

しかもなぜか、彼は左手で、私の右の掌をふにふにと揉み込んでいる……!? 指が掌の感覚を楽しむようにリズムよく動いていて、少しくすぐったい。え。なに。指圧? サレオス式指圧なの?

私は自由な方の左手で顔を覆い、この謎すぎる触れ合いを心の奥底から噛みしめる。

はうっ……好き。ほんっと、どうにでもして。

そして満を持して、未だ私の右手をふにふにしているサレオスに尋ねた。

「これは、なに?」

「なにも」

な、に、も? 何もないと? 指圧でもないと? もしかして、好きすぎて幻覚が見えてる?

私はサレオスと目が合ってもつい恥ずかしくて反らしてしまう。こんなことで明日一緒におでかけできるのか……? どうなの!? がんばれ、お嫁さんになるための一歩を踏み出すのよ!

帰り際、やっとのことで目を合わせて笑うことができた私は、もうすでに明日のことで胸がいっぱいだった。明日、昼すぎに寮に迎えに来てくれるという約束を取り付けて、ドキドキしながら部屋に戻る。

はぁっ……今すぐ洋服を選ばなくちゃ! エリーと髪形の相談もしなきゃ。

どうしよう、今日は寝られないかも!

その日は夜になってもなかなか寝付けず、部屋でひとり枕を抱きしめてゴロゴロ転げまわった。

【第三章】 折るフラグは選ばない


誕生日の前夜、私は明日のことが楽しみすぎて眠れなくなってしまっていた。もうそろそろ日付が変わろうかという時間。このままでは、クマを作ってデートに行かなくてはならない。

「はうっ……! どうしよう全然眠れない!」

枕を抱きしめ、五人は寝られそうな大きなベッドをゴロゴロと転がる私。部屋の隅に置いてあるトルソーには、明日着ていく予定のワンピースが着せてある。

私は何気なくそこに向かい、ワンピースの襟元のレースにそっと触れた。エリーが選んでくれただけあって、清楚感とかわいらしさがあるワンピースだ。かわいいと思ってくれるかな。

想像だけでキュン死にしそうになった私は、トルソーをぎゅうっと抱きしめてみた。やばい、幸せだぁ!

ひとりで悶えていると、テラスの方から窓ガラスに何かぶつかる音がした。気のせいかと思うも耳を澄ます。

――コンッ

(やっぱり! 何か聞こえる……)

窓ガラスの方に近づくと、今日は満月だけあり、空からものすごく光が降っていた。カーテンを少し開け、窓の外をそっとのぞく。テラスにはお茶ができるように、テーブルと椅子が二脚置いてあり、白のテーブルに月明かりが反射して眩しい。

よく見ると、ちょっと遠いテラスの柵に誰かが座っているのがわかった。月の光が逆光になり顔はまったく見えないけれどさらさらとした髪が揺れていて背が高い。なんだか男の人のような気がする。

(……誰?)

私は無意識に目を細め、その人物を確認しようと窓の外を凝視した。

……あかん!

見えん!

怖い!

私はカーテンの横にあった赤い紐をおもいっきりひっぱった。

――ジリリリリリリリリリリリリリリ!

女子寮全体に、ものすごい音の警報が鳴り響く。あっという間に各部屋に灯りがつき、夜番の使用人たちが一斉に廊下に飛び出してきた。

警報機を鳴らした私はすぐに寝室を出てリビングへ行く。無事を確認しにきたメイドと一緒に、クレちゃんの部屋に逃げた。クレちゃんは私の話を聞くと、ぎゅっと抱きしめてくれた。フルフルと震えている。怖かったのかな。

その夜はそのまま、クレちゃんの部屋で一緒に眠った。あれほど眠れなかったのに、女神のマシュマロボディに抱き締められたらすぐに寝落ちした。



翌朝、すごく疲れた顔したヴァンがまたフレデリック様からのメッセージカードを持ってきた。十六本のバラの花も……。早く寝たいって言ってたから詳しく聞かなかったけれど、昨夜遅くに出かけたフレデリック様に付き添って「詳しくは教えられないけれど大変だった」と言っていた。

パワハラかと憐れんでいたら、「うちの王子が本当にすみません」となぜか謝られてしまった。よくわからないけれど、謝罪は受け入れておこう。


ヴァンが帰った後、私はすぐにデートの準備に取り掛かった。私を飾ってくれたリサとエリーは、達成感に満ち溢れた顔をしている。

プラチナブロンドの髪はふわりと巻かれ、銀色の髪飾りでまとめられ左側に流れている。この髪飾りは、エリーとリサからのプレゼントだ。

「いってらっしゃいませ、マリー様」

好きな人のところへ向かう気分は、早くもお嫁に行くような気分になる。夕方には帰るけど!

寮に迎えに来てくれたサレオスはめずらしく従者を連れていて、イリス・シュミノーさんという茶髪の男性は、にこやかに微笑んでくれた。二十六歳で、サレオスの従者になってもう十年以上経つという。

トゥランには黒髪の人がいっぱいいるのかな。黒に近い茶色の髪は短いけれどサラサラしていてとてもきれいだ。

彼は私たちを街まで送ったらすぐにまたどこかに行くという。てっきり一緒に来ると思っていたから、「私は一緒に来てくれてもよろしいのに。どこか見たいところはありませんか?」と聞くとびっくりした顔をしていた。

だって、イリスさんがいればサレオスのマル秘情報とか聞けるかもしれないし……って、私は今日も下心でいっぱいだった! あぶないあぶない。

三人で本屋に向かって歩いていると、私が人にぶつからないようにサレオスがさりげなく気遣ってくれるのが嬉しすぎた。

どうしよう、私もうドキドキしすぎて死ぬかもしれない!

後ろにはイリスさんがいるけれど、そっと彼を見るとすごくあたたかな目で微笑まれてキュンときた。なにこの人、めっちゃ優しい人っぽい! 大人!

「そういえば、トゥラン王国では誕生日のときはどんな過ごし方をするの?」

私はサレオスに尋ねた。きっとうちの国とは文化の違いもあるだろう。お嫁さんになる前に色々聞いておきたいなぁなんて思う。

「そんなにこっちと違いはないが……家族や友人と過ごしたり、恋人と過ごしたり。ただ、うちの国は本人がパーティーの準備をする」

「ええ!? そうなの?」

「ああ。準備といっても会場や料理を決める、そういう部分だな。招く側として、もてなす内容を決めるんだ。実際に準備をするのは使用人や家族、友人だよ」

「そうなんだ。こっちとは違うけど、それも楽しそうね!」

サレオスはスマートに歩きながら、前を向いて話す。私はちらちらと彼の横顔を盗み見ながら、今日も黒髪がきれいだと思った。銀色の髪紐がよく似合う。

歩いていると、結婚パーティーらしき人たちがいた。教会からの帰りだろう。

「そういえば、プロポーズのときはどうするの?」

は!? やばい、この質問は結婚してって言ってると思われる!? どきどきしながらサレオスを見上げると、彼もまた結婚パーティーらしき人たちの方を見ていて私の質問がどこから来たのかわかってくれたようだ。

「トゥランでは結婚するときに腕輪を贈るよ。こっちは違うのか?」

「腕輪? この国では時計を贈り合うわ。指輪を交換することもあるけど」

一緒に時間を重ねていけるように、というものだそうだ。私の国では時計、サレオスの国では腕輪。あれ、すぐ隣なのに文化は違うのね。

「あ、そういえば! アイちゃんに借りた小説に腕輪のプロポーズの話があったような気が」

私は急に思い出してサレオスに熱弁した。アイちゃんに最近借りた小説では、戦争に行くときに彼女にプロポーズするシーンがあるんだけれど、お金がなくて腕輪が買えないから髪紐を彼女の手首につけるっていうのがあった。

クレちゃんはというと、「それ絶対に死ぬよね」と冷静に先を読んでいた。……フラグってやつだね。まぁ、案の定、死んじゃったけど。

「髪紐を腕輪にするなんて無理だ。すぐ切れる」

「それ言うの? 現実的だねサレオスは……」

女子の夢は男子には通用しないか。私は苦笑いを浮かべる。イリスさんは私たちをずっと優しく見守ってくれていた。はぁ……お兄様って呼んでいいですか?

クレちゃんに指定された本屋にやってきたら、お父様の注文した本がラッピングされて取り置きされていた。なんの本だろう。淑女のマナー本とかかなぁ……。お父様だもんな。私は本を受け取ると、封をちょっとだけ切ってタイトルをちらっと確認した。

『世界イケおじ名鑑』

ぬおっ!? お父様ぁぁぁ! 私の趣味をご存知で!? 狼狽えながらそれをこそっと確認すると、、なんと表紙はお父様の姿絵だった。

(自分が載る本を誕生日に娘に? いやいやそれ以前に、なんでイケおじ名鑑が発行されたの!?)

もうどこから突っ込んでいいかわからないプレゼントだったが、間違いなく人に見られるわけにはいかない。ありがたくも「本を持とうか?」というサレオスの申し出を全力で断る。「自分で大切に墓場まで持っていきます!」と宣言した。万が一にも見られたら困る。

本屋を出るとイリスさんと分かれ、私たちはカフェに向かった。アイちゃんとジュールおすすめのおいしい焼き菓子のお店だ。私は紅茶を飲みながら、優雅に足を組んで座るサレオスをこっそり眺めていた。やっぱり抜群にかっこいい。

今日は少しかっちりとしたシャツに紺色の上着を着ている。グレーのズボンはまた足が長く見えて惚れる。

「マリー?」

私がめずらしく何も話さないからか、サレオスが心配そうに見つめてきた。

はうっ……! 好き!

休日だけあってカフェにはたくさんのお客さんがいるが、やはり彼が一番かっこいい。まぶしさに目をくらませながら、私は大丈夫だという意味も込めてにっこりと笑ってみた。

「誕生日おめでとう」

サレオスはそういうと、何か薄いものが入っている小さな袋を私にくれた。開けてみると、そこにはかわいらしい栞が入っている。

「……きれい」

太めの白い紐で編んでいるその栞は、柔らかい手触りで、素材は染色した植物のツルだと思われる。表は真っ白で、裏を向けると銀色の線が一本だけ緩やかなアールを描いて混ぜられていた。留め具は赤で、なんだか雪ウサギっぽい色味でかわいらしい。

角度によってキラキラと光って、縁取りには透明の石がついていた。

これって宝石? すごくきれいな栞だけど、何か高そう……。いいのかなもらっちゃって。

「ありがとう! 大切にする」

サレオスからのプレゼントを、両手で握りしめて幸せを堪能した。

あああ、どうしよう。幸せ。幅は二センチくらいだし、どうにかしてこれが腕輪にならないかしら……って、うん、絶対的に長さが足りない。完全なる栞だ。ごめんなさい欲を出しました!

いつまでも手に持っている私に、サレオスは袋に仕舞うように言った。

え、もう肌身離さず持ち歩くつもりだったんだけど……不服そうな私を見てふっと笑った彼は、私の手から栞を奪って袋に詰めなおした。流れるような所作が美しい。

私はプレゼントをバッグにいれ、もう一度お礼を言った。アイちゃんが「家宝にします」といった意味が今ならわかる。パンじゃないから腐らないし、私はこれを家宝にしようと心に誓う。

それからしばらく、たわいもない話をして幸せを噛み締めていた。十六歳の誕生日がこんな風に過ごせるなんて、これはもうお嫁さんへの第一歩なのかもしれないわ!


しかしそこに、私の幸せをぶち壊す人物が登場した。

「マリー! どうしたの、今日はこんなところで!」

振り向くと、水色の髪が今日もムダにきれいなアリソン先輩がいた。嬉しそうに声を上げる先輩とは反対に、私はこれでもかというほど奥歯を噛み締めた。ぎりりりっと音が鳴って歯が削れている気がする!

先輩と一緒に来ていたお色気たっぷりの女性が、腕に絡みつきながら「誰?」って聞いている。うん、誰でもありません! 知り合いじゃありません!

ついバッグで顔を隠した私を、サレオスはどう思っているだろうか? 怖くて見れない!

でも先輩はぐいぐい来る。今日もまた甘い香りがして、抜群にかっこいいんだけど抜群にうざい。

「マリー、街で遊んでるならそう言ってくれれば付き合ったのに。冷たいなぁ」

やめて! 私の髪の毛をすくわないでっ! そこの女性、あなたの彼が別の女の髪を触っていますよ注意してください!! 私は必死で先輩から逃げようと、椅子から立ち上がった。

「嫌がってるからやめろ」

サレオスが先輩の手を掴んだときは、どこの神様かと思った。とりあえずサレオスの後ろに逃げて、中腰でその場を見守る。バッグの中にある催涙スプレーを握りしめながら……。

さすがに店の中で催涙スプレーはマズイかな!? 攻撃魔法が使えればよかったのに。

「俺は今マリーに話してるんだよ?」

「そのマリーが嫌がってるのに気づけ」

うわぁ、どうしよう。睨み合いみたいな感じになっちゃってる! しまった、隣国の王子様にこんなところで問題を起こさせるわけにいかない!

「先輩! 彼女さんが退屈してますよ! 二人でゆっくりと、楽しい時間を過ごしてくださいね! さよなら!」

私はそう言うとすかさずサレオスを連れて逃走を試みる。

ところが先輩はちょっと眉根を寄せて、そのお姉さんの身体を遠ざけ、横をすり抜けようとした私に顔を寄せて囁いた。

「マリー、二人だけの秘密……忘れてないよね?」

え? なんのこと? 忘れたわ。

「口止め料まで払ったのに、ねぇ? かわいいマリー?」

ここにきて恩着せがましいな。先輩のことを思いきり睨むと、私はそのまま無視して逃走を図る。

先輩はくすくす笑って「かわいい」と呟いていたが、それがさらに私のメンタルを抉った。

心の奥底から湧き出てくるイライラを頑張って抑えながら、私はサレオスの腕をとって個室から出た。

 店からずいぶんと離れてから、私は自分がサレオスの腕におもいきりしがみついていることに気づく。なんてこと! 衝動的とはいえ腕をつかんで拉致するように強引にしてしまった!

パッと腕を離すと、説明を求める視線が痛い。

「ごめんなさい」

とりあえず精神誠意、謝罪した。アリソンと出会ったときの話をすると、何ともかわいそうな子を見る目を向けられた。「図書室でちょっとまぁ、いかがわしいというかそういう現場に出くわしまして」という表現にしたんだけど、直接的すぎた?

あ、もちろんほっぺにチューされたことは言ってません。治りましたから、例の薬で!

サレオスは先輩のことを知っていたみたい。まぁ、先輩のお父様は宰相様だもんね。サレオスは王子様だから、パーティーや式典でその家族にも会っていても不思議じゃない。

「マリーはもうちょっと近づく人間を選んだ方がいい」

「ごめんなさい」

別に私から近づいたわけじゃ……そう思ったけれどもう何も言えなかった。そしてさらに言えなかった。まさかアレがうちのお父様の親友の息子だなんて。

「もう寮に戻ろう。クレアーナ嬢が待ってる」

そういったサレオスは、ゆっくりと歩きだした。怒ってはいないようだったけど、巻き込んだことに内心は怒ってるかもしれない。私のお嫁さんにしてもらう計画が遠のいた気がする……。

(せっかくの誕生日なのに、先輩のせいでだいなしだわ)

私は俯きながら、サレオスの後に続いて歩いた。しばらく歩いていると、私の歩幅が足りてなかったのか少し距離が開いてしまった。

(なんか心の距離みたい……なんてね。今日の私は乙女ですかね)

そんなくだらないことが頭をよぎる。ため息をついた私は、サレオスが立ち止まったことに気づかずにその背中に思いきり顔をぶつけた。

「ぶっ」

クレちゃんと違って男の子は硬い……。左手で鼻を抑えて目をぱちぱちさせていたら、すぐ隣にあったサレオスの腕が動いた。するっと右手が取られて、そのままぐいぐい引っ張られてしまう。

あわわわ! 二度目の手つなぎ!! え、でもこれは連行されているだけ!? どうなの教えてクレちゃん! 指圧は数に入らないとして、これは二回目に換算してもいいんじゃないでしょうか?

はうっ……手があったかい! ぎゅっと握りこまれれば、もう幸せすぎて叫びそうだった。どうしよう、動悸息切れがするっ!

あまりの嬉しさに頬がだらしくなく緩んで、にやけるのが止められない。

夕方の大通りはそれなりに人がいて、サレオスはそこをうまくかわして歩いていく。私はきっと手をつないでもらっていなかったら、誰かにぶつかっていると思う。

ちょっとは私のことを好きでいてくれてるのかしら……?

いやいやいや、マリーしっかり、 あなたはモブよ! サレオスからすれば、手のかかる友人をちょっと手伝って連行しているに過ぎないはず。

イケメンはこういうのスマートだって、どこかで誰かに何となく聞いた!

(でも……それなら今はこの手を満喫しなきゃ! 次があるかわからないもの!)

この手の感触、この角度のサレオスを心に焼き付けなくては。そう思った私は、寮につくまで集中して手をつかみ続けた。途中でものすごく手があったかくなって、知らず知らずのうちに魔力が漏れていることに気づいた。

はぁ……好き。帰りたくない。お嫁さんにしてほしい。

そんな私の念が神様に通じたのか、帰りはちょっとだけゆっくりめに歩いてくれて寮についた。待っていてくれたクレちゃんは手つなぎを目ざとく発見して「ふふふ、後で報告ね」とにっこり微笑んだ。


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