卒業パーティー
白とブラウンを基調としたレンガ造りの建物は、ベルサイユ宮殿かと思うほどの豪華絢爛な建物で、毎年卒業パーティーはここで行われている。国の施設かと思っていたら、学園の持ち物らしい。
中に入ると、高い天井に光り輝くガラス細工のシャンデリアが美しく、王城の内装を手がけたといわれる有名デザイナーによるこれでもかと贅をつくした金銀の装飾がいたるところに並んでいた。
私はどうにか笑顔を保ったままアリソンにエスコートされて入場した。フレデリック様の婚約者候補としてすっかり有名になってしまった私がアリソンと一緒にやってきたために、周囲は明らかに驚いた表情をしてこちらを凝視しざわざわとしていた。うん、そうだろうね、私もびっくりだわ。
「すっごい見られてるね!」
ゆっくりと歩きながら、なぜか嬉々としてアリソンが言う。メンタル強いな!
「私のせいですね……いや、フレデリック様のせいなんですけど」
むぅっと膨れながら私が言うと、隣であははと軽い笑い声がした。
「マリーを王太子妃になんてフレデリック様も無茶するよね。さすがにこれから妃教育なんて無理だよ、それも好きでもない男のために」
おおっ、辛辣ですね!でもそれ本当。
「ですよね。そのあたりは一体どう考えてるんでしょうか」
「さぁね?フレデリック様は愛があれば大丈夫とか思ってるんじゃない?」
うん、それがないのが一番問題。
「俺だけじゃなくて、公侯あたりではマリーが王太子妃になる可能性はほぼないって読みだよ。妃教育のこともそうだけど、アラン様が拒絶してるのは有名だしね~」
お父様、親バカイメージが浸透していますよ。これって私だけじゃなくエレーナの結婚にも関わってくるんじゃ、そう思うとますます子離れしてほしいと思った。
アリソンは、私と会話しながらも、会場ですれ違う同級生に爽やかに手をあげて挨拶を交わす。基本的に男女問わず人気があるようだ。あれだけ女をとっかえひっかえしていたら、男子に恨まれそうなのになと不思議に思う。
そんな私の心をよんだのか、アリソンはちょっと眉を上げて困ったように笑った。
「これでも友達は多いんだよ?人の恋路は邪魔しないタイプだったからね……マリーに会うまでは」
「私?」
「マリーがサレオス様をどれだけ好きかは知ってるけど、今回は残念ながら譲れないんだ。マリーの恋路だけは邪魔したいよ、申し訳ないけどね。それにまだサレオス様から求婚されたわけじゃないんでしょ?」
うっ……!求婚のことを持ち出されると痛い。
「どうかな、手の届かない男よりも、今すぐ手の届く俺にしない?なかなか手頃でいいと思うんだけど」
「ふふっ」
今だって女子が振り返るほどのイケメンでモテオーラを放っているくせに、あまりに自分を安売りするものだから私はつい笑ってしまった。そして「ごめんなさい」といいかけた私に、アリソンは先んじて口を開く。
「あぁ、何もかも知ってて口説いてるから、一回一回お断りは不要だよ」
隣を歩く私を見下ろし、イケメン特有のスキルを発揮してぱちっとウインクをするアリソンを見て、周囲の何人かが「うぐっ……」っと呻き声をあげて倒れかけた。私は苦笑いでスルーしたけど、胸の奥がざわっとするのはイケメン酔いかもしれない。
カッコいいとは思うけど、何をされてもキュンとならないのよね。こんなに整った顔で優しい声で囁かれても、愛おしげに見つめられても、申し訳なく思うだけ。私のセンサーはサレオスにしか反応しないんだわ。
心苦しくて表情を曇らせる私に、わざと明るく振る舞うアリソンの声が降ってきた。
「今日は俺のパートナーなんだから、何もかも忘れて笑ってて。そんな風に見つめられると、腕の中に閉じ込めて攫っちゃうよ?」
ぐっ……!キザすぎるセリフに鳥肌が立った!思わず目をそらした私の動揺を気にも留めず、アリソンは爽やかに笑みを浮かべて、すぐ近くにいたレヴィンとシーナの方へと足を進めた。
アリソンとのダンスは、初めてなのにとても踊りやすかった。さすがイケメンだけあってリズム感がいいらしい。
ただ、ダンスの最中もずっと耳元で口説かれ続けるのは耐え難いものがあった。「きれいだよ」とか「かわいいね」とかならお礼を言ってやり過ごせるけれど、「一緒にいられて嬉しい」とか「こうして触れ合っていられるだけで幸せだよ」とか言われると返事に詰まる。
ダンスで接近してるのを、触れ合ってるっていう表現やめて。言葉もセクハラに入りますよ!?すっかりまじめになったかと思いきや、ところどころにエロ兄さんの片鱗が垣間見える。
でも曲が終わって手を離すときには、淋しそうに、それでいて慈しむような目で見つめられると胸が苦しくなった。
私は結局、アリソンと踊っていてもサレオスと踊りたかったと思ってしまったのに……。神様、私だけじゃなく先輩にまで恋愛ハードモードを強いるつもりですか?
その後、私はレヴィンと踊るはめになった。病弱設定でダンスの誘いを断れる私と違い、家柄と見た目だけは一級品なうちの弟に女子が殺到したためだ。「さっさと踊ってきなさい」とニヤニヤしていたら、なんとレヴィンは「姉上がどうしても一人にしないでって言うので」と私を口実にして断ったのよ!
とんでもない嘘つきだわこの子。しかも「お姉様のためにお優しい!」と好感度がアップしてるんだからおそろしい。すでにシーナと踊ったからもう他の令嬢とは踊りたくないんだろう。
それでもいつまでも壁際にいればひっきりなしにお誘いが来るから、仕方なく姉弟で踊ることにした。
また背が伸びたみたいで、多分175センチくらいになっているから悔しい。
そしていざ踊ってみると、まったく協調性もなければ楽しく踊る気もないことが伝わってくる。こら、私のドレスの裾を踏まない!それなのに口はいたって元気で生意気が絶好調だ。
「なんで姉上と踊らないといけないんだよ」
王子様もびっくりな麗しい笑顔で、レヴィンは秘かに悪態ついた。顔とセリフがまったく合っていない!
「何よ、協力してあげてるんじゃないの。ダンスがヘタだってバレたくないんでしょ?」
そう、レヴィンは実は運動神経がそんなに良くない上にリズム感もない。だから令嬢たちの誘いを断りたいのだ。
「姉上のくせに優位に立ったつもり?俺はシーナさんと踊れればそれでいいんだよ。姉上かエレーナか、ユリアーナなら踊れるけど、それ以外の令嬢とぶっつけ本番は無理すぎる。あ、外向きの仮面が剥がれないように、俺のことしっかり踊らせろよ」
なんて尊大な態度なの……!そういえば学園祭のときの創立記念パーティーではどうしたんだろう。シーナとちゃんと踊ってたような気がするんだけど。
「ねぇ、創立記念パーティーでシーナと踊ったときはどうしたの?リズムにも乗れてたみたいだったけど」
「あれは3徹して、とにかく気合いで体に覚えこませた」
やることが猛進すぎ!私がサレオスと踊りたくて練習したときと同じにおいがするわ!遺伝子って怖い。
「でも今日は、さっきシーナさんと踊った曲しか練習していない。だから今は、姉上の足を踏むつもりで踊ってる」
こらこらこら!どの笑顔でそれを言うんだこの子は!私は呆れて顔が引き攣るのがわかった。
「それにしても父上も無茶するよな、ノルフェルト家を巻き込むなんて」
レヴィンはさっきからずっと足下を見ている。まったくもって余裕がないくせに、おしゃべりはやめないなんて根性が据わってるなとちょっとだけ思った。
「ノルフェルトのおじさまは親友だから……いざとなったらゴメンで済むと思ってるんでしょ。逆にいうと、ノルフェルト家以外でそんな失礼なことはできないわ」
今日のパートナーにどの家から申し込みがあったのかは知らないけれど、婚約する気もないのに受けて、それでも許されるのは間違いなくノルフェルト家だけだ。私がぼやきに似た見解を述べると、レヴィンは爽やかな笑みを崩し、ニヤリと意地悪く口角を上げた。
「一応、向こうの方が公爵家で家格が上なんだけど。父上はアリソン様のことなんだと思ってるんだろうね、姉上に惚れてるから利用してやろうっていうのが透けてみえるよ?足下すくわれなきゃいいけど」
やめてよ、そんなこと言うと現実になりそうだから。私が嫌そうな顔をすると、偉そうな弟は間髪入れずに注意をしてきた。
「ほら、そんな顔するとブスだって悪評が立つよ。少しでも俺の利益になるところに嫁いでもらわないと困るんだから、とにかく笑って!」
もっと他の言い方はないのか。
「なによ、王太子妃にでもなれっていうの?」
私はやけっぱちで尋ねる。
「嫌だよ、そんなことになったら姉上ごときに頭を下げなきゃいけなくなるじゃん!」
「あなたそんな理由で反対してるの……!?」
相変わらずとんでもない弟だわ。あぁ、誰かこの子の性格のゆがみを矯正して!




