困ったことになりました
「なんでこうなったのかしら」
私の呟きは、明るい音楽が流れる卒業パーティーの会場にかき消されていく。でも隣でその声を拾ってしまった本日のパートナーだけは、失礼な私に対しても優しい笑みを崩さない。
「マリー、こんなにきれいな君をひとりじめできるなんて幸せだよ」
社交辞令の褒め言葉の中に、受け流せない甘さを感じてしまい動揺する。そして同時に、この人を我が家の親子喧嘩に巻き込んでしまった申し訳なさで胸がいっぱいになった。
そう、今日の午前中は卒業式だった。
卒業生代表のアルベルト生徒会長に花束を渡し、私の役目は何事もなく終了した。ここまではすべて数か月前から知っていたことだから問題ないわ。緊張はしたけれど、主役は卒業生だもの。
式が終わると、卒業生のもとにはタイピンをゲットしようと女子生徒たちが群がっていた。好きな人のタイピンをもらうのが女子の憧れなのだ。
私は彼女たちに巻き込まれないように、密かに講堂を後にした。裏口よりもさらに奥にある、搬入口から外に出た私はここでも隠れ忍んでいた生徒会長に遭遇する。
そして逃走体制だった生徒会長から、女子生徒に奪われる前のタイピンを手渡された。
(あぁ、きっとタイピンを強奪されてそこから逆に求婚されないように預かっててくれってことね)
手渡すだけで何も言わない生徒会長を見て、私は無言でうなずいた。「わかっています、私はちゃんを預かっておきますよ」と目で返事をした。
そして彼は去り際にちらりとこちらを振り返り「意味、わかってないよね」と確認してきた。
「大丈夫です、まさか自分がもらったなんて思ってませんから大丈夫です!安心してください」
私がそういうと、生徒会長は苦笑してそのまま去っていった。そんなに不安に思わなくても、私はサレオス以外のストーカーにはならないのに。
あんなに被害妄想が尽きないなんて、よほど女子に良い思い出がないのねと不憫に思った。あやうく涙が出そうだったわ。
それから重い足取りでタウンハウスへと戻った。夕方から開かれる、卒業パーティーの準備をするためだ。この一週間、お父様とは喧嘩に次ぐ喧嘩でまともにやりとりをしていない。でもそれはお父様が悪い。今回ばかりは絶対にお父様が悪いの。
トルソーに着せてあるオレンジ色のドレスを眺めながら大きなため息をついたとき、お母様がやってきた。お母様もお父様と絶縁中(?)で、かなりお怒りになっているみたい。
お父様がやらかしたことを知ったとき「絶対に許せないわ!」と思いきりビンタしていた場面を私は思い出してしまう。うん、父が母に殴られるところってなかなか衝撃的よ。
「マリーちゃん、ごめんなさいねアランを止められなくて。まさかもう先方と話をつけているなんて思わなかったわ。本当に昔からやることが強引で……でも安心してね?婚約も結婚もサレオスくんじゃないと絶対に許さないから」
お母様はどこまでも私の味方をしてくれるつもりで、すでにイリスさんとも連絡を取ってくれているらしい。いつの間に……と驚いたけれど、お母様の頼もしさに嬉しくなってついつい抱きついてしまった。私と違って長身のお母様は、物理的にも頼もしかったわ。
「お母様ありがとう。でも今回は仕方ないわ、さすがにやっぱりやめますとはいえないもの」
卒業パーティーは二年生にとって一大イベントだ。お父様が勝手にしたこととはいえ、だからやめますとは言えないことがわかっているから私は今日を迎えてしまった。
「そろそろ支度を始めるわお母様。さすがに事情はわかってくれてるもの、大丈夫よ」
「だといいけど……」
私は気乗りしないまま、ドレスの袖を通した。
タウンハウスの一階ロビーで。夕刻、時間通りに迎えに来てくれたとき、階段の上から彼の姿を見つけるとどうしようもなく申し訳なくなった。
明るい水色の髪にシルバーの衣装はよく映える。文句なしのイケメンっぷりのアリソンは、満面の笑みで私に過大な褒め言葉をくれた。
「マリー、あぁ本当にきれいだよ息が止まるかと思った。この手を取れるなんて夢のようだ」
「……ありがとうございます」
お父様は、卒業パーティーのパートナーにと申し出があった複数の中から、ノルフェルト家、つまりアリソンのお父様の申し出を受けてしまったのだ。
私には申し出があったことを一言も教えずにずっと保留にしていて、あの茶会の日の夜に勝手に返事をしてしまったという。
さすがに家と家の話になるので、一度受けた申し出を私の一存で「やだ!」と断ることはできない。こうして現在に至っている。
きっとお父様は、ノルフェルト家なら領地も近いし家柄もいいし、何と言ってもおじさまとは親友同士だもの。その息子に私を嫁がせるなら、許容範囲だとでも思ってるんだわ。
今のところ、というよりも条件だけ見れば今後これ以上の縁談はないはず。私だってサレオスと出会わなければ、お父様のいうとおりに結婚したかもしれない。
でももう無理なの、忘れることなんてできないわ!
ちなみに今日の卒業パーティーには、一年生はごくごく限られた生徒しか参加しないのでサレオスは参加しない。ずっと前に「めんどうだから参加しない」と言っていたのを聞いたから知っている。
私がアリソンを前に愛想笑いを浮かべていると、黒の正装を纏ったヴィーくんがやってきた。彼は表向きは私の従兄ということになっている。
アリソンはもちろん彼が護衛だと知っていて、もともと愛想のいい軽い人だからかアサシンから護衛になったヴィーくんに対しても優しく接してくれている。
しかも今日はレヴィンも一緒だ。
本来なら生徒でもないし年齢も14歳ということで参加するはずではないのだが、飛び級のくせに次年度の首席入学を掻っ攫ったという話題性で学園から招待されてしまった。
最初はめんどうだと言っていた本人も、ここぞとばかりにシーナにパートナーを頼んであっさりと参加を承諾してしまった。
なんでうちの家系はこんなに惚れやすいの?そしてストーカー気質なのはなぜだ……。
私はアリソンにヴィーくん、レヴィンはシーナを連れて馬車で会場に向かった。




