泣きついてみました
お父様との激しい親子ゲンカの末、私がクレちゃんの部屋に駆け込むとすでにお茶の準備がされていた。
私の悲鳴がここまで聞こえていたらしく、そろそろ来るなと思っていたらしい。さ、さすがだわクレちゃん!
しかもリビングにはイリスさんがいた。どうやらクレちゃんのところに情報収集に来ていたみたい。私はクレちゃんの隣に座るなり、とりあえずマシュマロボディにひしっと抱きついて癒されようと試みる。どんどんコンパクトになっているのは切ないけれど、テーザ様との結婚式のためのダイエットだと言われれば応援するしかない。
イリスさんは私たちの正面に座っていて、「さきほどは大変でしたね」と笑いかけてくれた。
私がサレオスはどうしたのかと尋ねると、すでに寮に戻って仕事に取り掛かっているという。イリスさんによると、領地の収益を夏までに二割上げることを宰相様に約束してしまったそうで、これからしばらく忙しくなるらしい。まだ条件はあるらしいけれど、後のことはだいたい何とかなるから心配しないでと省略された。
「そんなにがんばらないと、お見合いは回避できなかったの?宰相様を見たときは厳しそうな人だなと思ったけれど」
私の疑問に、イリスさんは右手を首元に置き、困った顔で笑った。
「まぁ見合いの取りやめ以外にもこちらから希望を出したので……というよりそっちが本来の目的と申しますか」
「本来の目的?」
何のことかわからずにいると、よほど重要なことなのか「私の口からは言えませんので、サレオス様に直接聞いてください」と言われて話を終了させられてしまった。
「ところでマリー様、アランおじさまとどんな喧嘩を?」
隣に座るクレちゃんが、女神の微笑みを浮かべながら尋ねた。
私が涙ながらにお父様との喧嘩の内容を説明すると、クレちゃんはあらあらと困惑しつつも背中を撫でて優しく宥めてくれた。
「どうしようクレちゃん、お母様が領地に戻ってる間に、私どこかにお嫁に出されちゃうかも!」
号泣しながら、クレちゃんのふんわりボディを抱きしめた。
「いや、さすがにそれはないと思います……メアリー様が絶対に許しませんよ。落ち着いてマリー様、大丈夫だから」
ううっ、サレオス以外に嫁ぐなんて絶対にイヤ!私は情けなく眉を八の字にして、クレちゃんに縋り付いた。
「うわああああん!ルレオードの修道院に入る~!」
私の叫びを聞いたイリスさんは、なぜか「あぁ!」と納得していた。
「マリー様、それサレオス様に言いませんでした?」
んん?たしかに言ったわね、妄想の果ての結論として。私が無言で頷くと、イリスさんが表情を崩した。
「いや~、ルレオードからマリー様が帰った後、サレオス様がいきなり『修道院とはどんなところだ、一度入っても出られるのか』とか聞くもので、また何があったのかと思いましてね!ルレオードにある全部の修道院の規定を調べさせられましたよ」
私のせいでイリスさんの仕事が増えてしまったのね。思わず「すみません」と謝罪の言葉を呟く。
「まさかサレオスも修道院に入りたいと!?お見合いに疲れて匿って欲しくなったのかしら……でも男の人は入れないわよね」
そんなに嫌だったのね、だからさっきあんなに嬉しそうに……。
あら、イリスさんが横を向いて、腕で顔を隠してプルプルしてるわ。
はっ!今は修道院に行くこと考えるよりも、お父様を説得しなきゃ!
いつまでも泣いている場合じゃないわ。クレちゃんはハンカチで私の顔を優しく拭ってくれるけれど、とても一枚じゃ追いつかない量の涙と鼻水で「あぁ、新しいものをプレゼントしよう」と思った。
クレちゃんは、ずっと抱きついている私の背中をそっとさすって励ましてくれる。
「マリー様、私はメアリー様に連絡を取りますから心配いらないわ」
おおっ、頼もしい。私はこくこくと何度も頷いた。イリスさんが「なぜ娘よりも友人から連絡がいくのだろう」という顔をしているけれどそこは突っ込まないでおく!こうして私は、お父様に反抗する決意を固めたのだった。
…………そう、固めたのよ。でもまさか、こんな時間を過ごしている間にお父様に先手を打たれているとは思わなかった。




