心配する人、される人
イレーア様が体調を崩して抱きかかえられたまま控室に向かったことで、周囲の人たちはざわざわとしていた。
そんな中、隣に立つヴィーくんがなぜか私に対して苦言を放つ。それはそれはボソボソと。
「俺はひたすらあなたをお護りするだけなので申し上げにくいんですが、でもさすがに今回みたいなのは人を疑ってもらいたいといいますか……せめて薬とかは警戒してほしいんですが……どうでしょうか」
どうでしょうかって何?薬って、それはちゃんとイレーア様が飲めるようにがんばったのに何がいけなかったのかしら。
「私、何かした?」
不満げにヴィーくんを見上げれば、紅い瞳とばっちり合った。なぜだろう、ものすごく可哀想な子を見る目で見られている気がする。
そしてしばらくの沈黙の後、ぐっと拳を握りしめた彼はなぜか気合いを入れた。
「いえ、俺ががんばります……!心配させていただけることも幸せです!この命が果てるその瞬間まで、主様の御身をお護りしてみせます!」
うん、安定の重さ。このムダな忠誠心が分散するように、早く恋人を見つけなくては。
私がヴィーくんの言葉に困惑していると、そこに人をかき分けて黒髪の王子様が現れた。
「マリー!どうした、何があった」
サレオスは長い脚で一気に私との距離を詰める。
きゃぁぁぁ!走ってくるときの前髪が風に流れるところが萌えすぎるー!ちょっと、ちょっとお願いだからそのまま一分ほど観察させてぇぇぇ!
心の中では血を吐くほど悶えている私だけれど、はた目には平静を装っているので、サレオスは私の無事を見て少しほっとしたような顔をした。
私が早急に画家を探して絵を描かせたいと思っているとも知らずに……。あなたの一挙一動が、マリーのストーカー魂を揺さぶっていますよ!
しかしそんな煩悩にまみれていたのもつかの間、サレオスはそばに来るなり自然に腰に手を回して自分のもとに引き寄せた。
「ひゃっ……!」
ひぃぃぃ!今は私、あなたの全体像を愛でたいんですー!近すぎますー!
急な接触はキュンだけど、人がたくさんいることで一瞬にして恥死量オーバーになってしまう。
「マリー、何かあったのかと心配した。変わりないか」
「ちょっ……!?サレオス、近い!大丈夫よ、こんなお茶会で心配されるようなことは起こらないわ」
でも私の言葉が届いていないのか、彼はさらに親し気に寄り添い、こめかみや頬、目元に次々と唇を寄せてくる。
ひゃぁぁぁ!!!こ、これはルレオード再び!?
受け入れ準備ゼロの私は、顔を真っ赤にして固まってしまった。全身が一瞬で熱くなり、窒息しそうになる。ぎゅっと目をつぶってなされるがままになっていると、渋い声の男性の笑い声が聞こえてきて、サレオスを止めてくれた。
「殿下、それくらいにしてあげなさい。お嬢様が怯えておられる」
サレオスに声をかけたのは、黒髪にヒゲの上品なおじさまだった。ジュール並みに巨人だわ!威厳あるイケオジで、白髪混じりの黒髪とワイルドな雰囲気が萌える。
私はサレオスに横から抱きしめられた状態で、イケおじを見上げた。
「宰相として我が国の王子の無礼を詫びましょう」
えええ!?トゥランの宰相様!?
私はすぐに礼をとろうとするも、長い腕にがっちり巻きつかれていて身動きが取れない。
「サレオス放して……!」
歯を食いしばり、慌てて彼の体を両手で押し返そうとする私を見て、宰相様は豪快に笑った。
「あははは!今日は非公式な場ですので、そのままで構いませんよ」
寛容すぎるー!私が構いますっ!
とはいえ私に巻きついている腕をどうにかできる腕力はなかった。この細い腕のどこにこんな力が?
困り果てて半泣きになる私に向けて、宰相様は和かに接してくれる。
「ルレオードでの噂は耳にしましたが、まさか殿下までこうなるとは血筋とは恐ろしいものですな。……それにしてもあのお転婆娘がこれはまた随分と美しくなられて、殿下が執着するはずだ」
「え?」
どこかで会ったかしら?もしかしたらアガルタの何かの式典で会ったかもしれないわね、まったく覚えてないけど。
私が首を傾げると、サレオスが私を隠すように前に出て低い声を放った。
「チェスター、余計なことを言うな」
不機嫌そうに眉根を寄せたサレオスを、宰相様は諭すように宥める。
「殿下、そのような器の小さい男は嫌われますぞ。何事も大らかに構えておかなければ」
「そういう問題じゃない」
サレオスの顔を見上げると、眉間にシワが寄っていた。私と目が合うと、思い出したように紹介を始める。
「マリー、チェスターは宰相で父の従兄に当たる……というより、リータの父親といった方がわかりやすいだろうな」
ええ!?リータさんのお父様だったの!?確かに細い目元がよく似ているような……私はつい宰相様のお顔をじっくり観察してしまう。
勝手に口を開くと無礼になるし、でもきちんと挨拶しないも無礼だし、どうしよう、打つ手なしだわ!
オロオロする私に宰相様は意外にも笑顔で話しかけてくれた。
「殿下のお相手は大変でしょう、他を探した方があなたのためかもしれませんよ?あぁ、嫌味ではありませんので悪しからず」
「え?え、ええ、はい、いいえ」
あれ、私おかしな返事してるわね。隣でサレオスが「どっちなんだ」と呟いた。
半分思考が停止する私を見て、宰相様はふっと笑って話を続ける。
「とはいえ逃げられても困りますな、あなたを妃に据えた方が殿下が働きそうなのでね。どうぞ愛想を尽かさないでください……次にお会いできるのは建国式典でしょうかね、楽しみにしていますよ」
「は、はい……?」
建国式典ってアガルタじゃないからトゥランのかな?
あれ、宰相様ってサレオスに見合いをしろって言ってる方じゃなかったのかしら。諦めたってこと?
「あ、殿下、さきほどのお約束をお忘れなく。こんなにかわいいお嬢様を泣かせることにならないよう、どうぞご健闘を」
宰相様はそういうとすぐに背を向けて歩いて行ってしまった。悪い人じゃなさそうだけど、厳格なイケおじって感じね。
私はしばらく呆然としていたけれど、イレーア様のことを思い出してサレオスの腕をぎゅっとつかんだ。
「あのっ、大変なの、イレーア様が!」
サレオスは彼女の名を聞いた瞬間、瞳に鋭い光が宿る。
「イレーアと会ったのか」
「え、ええ、そうなんだけど、ご病気らしくて。お薬を飲んだのに急に体調が悪くなっちゃったの、心配だわ」
今頃お医者様に診てもらっているだろうけれど、慣れない異国に来ての病は辛いだろうなと思った。私は普段病弱設定にお世話になっている分、本当に弱っている人を見るとものすごく申し訳ない気分になるのだ。
サレオスは自分の袖をつかむ私の手をそっと握り、思い当たることでもあるのか冷静な口調で応えた。
「マリーは気にしなくていい。イレーアの行動に関しては把握済みだ。それに……どうせイリスが状況をすべて見ているだろうから、馬車で話を聞こう」
あら、イリスさん、今日は来てないと思ってたら隠密活動中だったのね!イレーア様のこと何かわかるかしら。私は少しほっとした。
「さぁ、もういこう」
サレオスは私の肩を抱き、賑わう人たちの間をうまくすり抜けて馬車へと向かった。




