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悪役令嬢はシナリオを知らない(旧題:恋に生きる転生令嬢)※再掲載です  作者: 柊 一葉
未書籍化部分

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お薬は食後がいい

「あの、主様……」


私が必死でイレーア様の背中をさすって歩いていると、背後からこっそりとヴィーくんが話しかけてきた。

今ちょっと忙しいんだけど、と思いつつも耳を傾ける。


「なに?どうかしたの?」


「あの、どう見ても健康そうで太ってますし、それにこの方はトゥランでけっこう暴れてましたよ……嘘なのでは?」


はっ!?確かにものすごく暴れてたわ!イリスさんに腕を掴まれていたのに、それを振り払おうとジタバタしてた!

でも今は咳き込んでるし、苦しそうだし……嘘だとは言い切れない。

私はヴィーくんに向かって無言で頷き、用心することだけは伝えてテーブル席についた。


イレーア様と私は隣同士に座り、給仕の人に水とあたたかい紅茶を頼む。


「もう大丈夫よ、ありがとう」


そう言って微笑んだ彼女は、胸を押さえていた手を下ろし、優雅な所作で席に着いた。あれ、もう元気そうだわ。

私がじっと顔色を伺っていると、彼女はにっこりと笑った。


そして、従者からキドニーパイが山盛りになった皿を受け取り、迷わず食べ始める。

え?咳き込んでたのに、それ食べるの?こってりが過ぎるよ!?私は衝撃で目を見開いた。


「わたくし……お腹がすくと倒れる病なの」


んなわけあるかー!と叫びそうになったのを抑えて、どうにか咳払いだけでごまかした。

えええ!?何その病気!嘘くさすぎて逆に気になるわ!?

私が知らないだけで、トゥランではよくあるの?未知の病すぎて、何もコメントが浮かばない!


嘘?嘘よね?

でもお母様が「知らないことを嘘だと疑うよりも、知ろうとした方が楽しいわよ」って昔言ってたもの。そうよ、幻だって言われてたホワイトドラゴンやファイヤーゴブリンだって本当にいたわ、お祖父様が嘘じゃなかったって見つけてきたもの。


もしかしたら私もいつかその病にかかるかもしれないし、観察しておいた方がいいかもしれないわね……。


私たちは広いテーブル席で隣同士に座り、側からみれば仲良しに見えるだろう。会話はまったくないけれど、イレーア様はときどき私を見てふふっと笑う。

本当にこの人が、私に刺客を送ってきているんだろうか。


頭の中でぐるぐると思い悩んでいると、目の前に並んだ二つのカップにあたたかい紅茶が注がれた。イレーア様がそれに手をつける気配はない。絶賛、パイに夢中だ。


みるみるうちに減っていくパイを見ていると、イレーア様が私の背後に立つヴィーくんをちらりと見ながら問いかけてきた。


「ルレオードでも見かけたけれど、彼はあなたの護衛?素敵ね、あなたとお似合いだわ」


お似合いと言われても護衛でしかないし、詮索されるような間柄ではない。ってことは、これはわかりやすい嫌味なのかしら?「あなたには護衛くらいがちょうどいいわ」っていう……最近、クレちゃんに社交界での嫌味を習っているから賢くなってきたのよ私だって!


「お褒めいただき光栄ですが、彼はただの護衛ですわ」


なるべく角が立たないように愛想笑いをする私。しかしイレーア様は「そんなことないわ!よく彼を見て、かっこいいわよ!」と強烈に勧めてくる。

もしかして私とヴィーくんをくっつけて、サレオスから手を引かせるつもりなのかしら。


「護衛は、護衛ですから……彼にはいずれ、良い方と結婚をしてもらいたいと思っています」


そう言って話を終わらせようとした私に、イレーア様は不服そうな顔を見せた。


そしてしばらくの沈黙の後、彼女は口元を拭うために白いハンカチを胸元のリボンの下から取り出した。ふくよかだからかなりの巨乳なんだけど、まさかそんなところにハンカチが入ってると思わなかったわ!


驚く私の前で、その白いハンカチがひらりと舞った。


「あら……困ったわ、マリーウェルザ様拾ってくださらない?」


どうやらコルセットで締め付けすぎて、屈めないらしい。私は素直に従って、ハンカチを拾おうとする。

が、頭をかがめて下を覗こうとしたら先にヴィーくんが拾ってくれた。「ありがとう」と言って受け取り、私はすぐに姿勢を戻そうとした。


「!?」


テーブルから半分だけ頭を出した私の目に飛び込んできたのは、イレーア様が紅茶のカップに薬らしき粉を入れる瞬間だった。

量はわずかだけれど、薄茶色の粉がサラサラと琥珀色の紅茶に溶かされていく。


私は驚いて言葉をなくしてしまった。


(い、イレーア様!間違っています、それは私のカップです!)


やっぱりご病気だったんだわ!

でも悲しいことに、そのカップは私のなのイレーア様ぁぁぁ!


彼女は私が見ていたことに気づいておらず、従者と何か目で会話していた。

そもそもカップは本来それぞれ右側に置かれるはずで、キドニーパイの皿が巨大すぎて置けなくなってたから二つのカップが隣り合わせになってたのよね。

そりゃ間違えることもあるわ。どうしよう、このままじゃ私がイレーア様のお薬を飲んでしまう。


「カップ間違えてますよ」って教えてあげる!?でも身分が上の方に対して注意するのは無礼になる……。プライドが高そうだし、素直に間違いを認められないかもしれないわ。


あぁ、もしかしたら味で気づくかもしれないけれど、気づいてから予備のお薬を持ってきてもらうんじゃ遅いかも……!

なるべくお薬は食後すぐの方がいいわ。予備を取りに行くよりも今すぐ飲むのがベストよね!?


それに万が一、お薬の予備がなければ彼女は倒れてしまうかもしれない……!

なんとしてもそれは阻止しなくては!

どうすべきか、短い時間で必死に頭を巡らせる。


今、イレーア様はなぜか斜め上を見つめていて、扇子で顔を仰いでいるしこっちを見てなかった。


(そうよ、こっそり入れ替えればいいんだ!)


なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう!

私は自分のカップを手に取るフリをして、そっとイレーア様のものに手を伸ばして入れ替えた。カチャッと陶器が当たる音が鳴っちゃったけど、決死の覚悟の指さばきでどうにかバレずにやり遂げたわ!


私ったら、やればできる子!


そしてすぐに背筋を伸ばし、何もしてませんよという顔ですましてみせる。視線を逸らすために「どうぞ」と声を掛けてから拾ったハンカチをさりげなく彼女の前に置き、何事もなかったように笑顔を貼り付ければヴィーくんだって気づいてないはずよ!


謎の沈黙が流れるけれど、私たちは二人ともその場でじっとしていた。


「「……」」


よかった、気づかれていないみたい。今、薬の入った私のカップはイレーア様のところにある。私は薬が入っていない方の紅茶をとり、彼女が間違わないようにゴクゴクと全部飲み干した。


「ふぅ……」


すごい達成感だわ!やりきった私は一人満足していた。ヴィーくんにはバレたようで明らかに視線を感じるけれど、ここで挙動不審になるわけにはいかないからじっと耐えるわ。


不自然な一気飲みを見たイレーア様は、黒い瞳をまっすぐに私のカップに向けた。


「あら、もう飲まれましたの!?」


しまった、令嬢らしからぬことをしてしまったわ。私は「ええ、喉が渇いておりまして」と苦笑いで答えた。


すると彼女は特に何も言わず、笑顔で自分の紅茶をゴクゴクと飲んだ。パイを食べた後だから半分くらいは飲んだんじゃないかしら?

私はそれを見てほっとした。イレーア様はこれでちゃんとお薬を飲めたはず。一安心だわ!


紅茶を飲んだイレーア様は、突然にサレオスの話を始めた。


「あなた、本当にご自分がサレオス殿下の妃になれるとお思い?」


トゲのある声色に、私は返答に困ってしまった。あれ、急に敵意むき出しってどういうこと?紅茶がまずかったのかな。


「見た目だけで妃になれるほど甘くなくってよ。私と結婚すれば王家に匹敵する権力と財力を持って、いずれはトゥランの王にだってなれる。あなたと結婚して、殿下に何か利益があるのかしら」


そんなこと言われても、サレオスは王になりたいだなんて思ってないのでは?私は疑問に思ったけれど、私と結婚してサレオスに何か利益があるのかと問われるとそれはなかなか痛いところを突かれたなと思う。


テルフォード家からの持参金や支度金はかなり巨額だとは思うけど、でもサレオスがそんなの目当てにするとは思えないし……そもそも王子様で領地も持ってるからお金あるし。うわ、やばいわ。彼のメリットがなにもない。私はしばらく悩んだ後、開き直ることにした。


「利益は、それなりにとしか言えません。でも一生大事にします!大好きなんで!」


ううっ、精神論しか言えない自分が情けないわ!サレオスのためなら何でもするけど、じゃあそれが何と言われてもはっきり言えないわけで。


「ふんっ……そ、んな子供みた、いなこ……とを!」


あれ?イレーア様の様子がおかしい?俯いていた私が顔を上げると、隣には汗だくで落ち着きなく身体をカタカタと揺らす彼女がいた。

額やこめかみには汗が目に見えるほど滲み、はぁはぁと荒く呼吸をしている。


え、何かの発作!?

私は驚いて立ち上がり、彼女の状態を確認する。


「イレーア様!?どうなされたの!?」


あわわわ、どうしよう!頬が朱く染まっていて、目が潤んでる!呼吸が荒くてつらそうだわ!


私の声を聞いたイレーア様の従者が慌てて飛んできて、彼女の腕を支えて立ち上がらせる。そして抱きかかえると、すぐさま控え室へと連れて行った。ヴィーくんはイレーア様があれほど発作を起こしているのに、「あ~あ」と緊張感のない呆れた声を上げていた。え、何なの?心配じゃないの?


「大丈夫かしら、心配だわ」


「主様、まさか何もわかっていらっしゃらないので?」


ヴィーくんの紅い瞳が、心底驚いたように揺れていた。


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