頼むからスタンバイしてください
お城に到着すると、私はサレオスにエスコートされて庭園に向かった。「今日はサレオスとデートだったのでは」と勘違いできるほど幸せな時間だったけれど、途中お父様に会って、名残惜しくも私の身柄は保護者に引き渡されてしまう。
「こっ……心の底から無念極まりなく思いますが、娘と親しくしていただきありがとうございます」
お父様は相変わらず失礼な挨拶をした。と同時に、私は将来的に嫁ぐことができるのかと不安になる。こんなに過保護で心配性で、溺愛が年々おかしくなっていくお父様が結婚を許してくれるだろうか。
サレオスはサレオスで、苦笑いしつつも気まずまい雰囲気を醸し出していた。私とのこと、心のどこかでお父様には言えないなと認識しているのかしら。微妙な空気のまま、私たち三人は王城の奥にある庭園に向かう。
庭園につくと、そこには煌びやかなドレスを来た令嬢と正装を纏った令息がたくさんいた。私はお茶会などに参加することがこれまでほとんどなかったから、見知った顔はほとんどいない。お父様はさっそく知り合いに見つかって、声を掛けられている。
「大丈夫か?」
サレオスは私の緊張と居心地の悪さを感じ取ってくれて、心配そうに声をかけてくれた。
「え、ええ。そのうちアイちゃんに会えると思うし、大丈夫」
彼を見上げて微笑んだ瞬間、お父様がものすごい速さで私たちの間に割り込んできた。
「さぁ、マリーもう行くよ!こんなところを見られたら、サレオス殿下の婚約者だと勘違いされてしまうじゃないか。それは殿下に失礼だよ!では私たちはこれで失礼いたします」
お父様はサレオスに鋭い視線を投げつけ、そして私の腕をとり強引に連れ去ってしまった。好きな人と引き裂かれた私は傷心である。やっぱりお父様は、私を誰のところにも嫁にやる気はないということがヒシヒシと伝わってくる。
ため息をついていると、すぐ近くにいた女子の群れの中にアリソン先輩を発見した。相変わらずのモテっぷりだわ。獲物を狙う女子たちの目が光っている。先輩の愛想笑いが引き攣っていて、ちょっとかわいそうだった。
お父様はノルフェルトのおじさまに挨拶だけして、私を連れてそそくさと庭園のはずれに行こうとする。
「どうしてそんなに奥に行くの?」
「茶会への参加は許すと言ったが、参加するだけで会えないというケースがあるっていうことをだな」
うわぁ、この期に及んでお父様がフレデリック様への抵抗を見せているわ!決して諦めないところが尊敬だわお父様。でも残念……奥の方にはすでにフレデリック様の従者のひとり・カール様がいらっしゃった。薄茶色に近い金髪に、メガネ姿のクール系イケメン。数年ぶりに見たけれど、冷たい印象は変わらないわね。
「アラン様とお嬢様、お待ちしておりました。フレデリック様がお待ちです」
カール様はそういうと、私たちをユリ園のある特別な席へと案内してくれた。かすかにお父様の舌打ちが聞こえたけれど、私は何も気づかないフリをして黙ってついていく。
そこには、王太子すぎるジャラジャラした何かをたくさんつけた衣装を着たフレデリック様が待っていた。
「やぁ、マリー。会いたかったよ!侯爵もお久しぶりですね」
笑顔のフレデリック様に、お父様の反応は冷たい。ぎりぎり及第点の挨拶をそっけなくした後、「おととい公務で会いました」としれっと言い放つので私はひやひやしてしまった。
庭園に用意された白いテーブルと椅子、豪華なティーセットを前にしてもこの場の空気はとても気まずい。そしてただでさえ気まずいのに、お父様は突然やってきた国王陛下に拉致されてどこかに行ってしまった。「マリー、絶対に気を許すな!」とフレデリック様の前でおもいっきり叫びながら……。
フレデリック様と二人きりになってしまい、私はおいしいはずのお茶の味がまったくわからない。
「マリー、そう警戒しないで。今日は少し、謝りたいと思っていることがあるんだ」
淋しげに微笑むフレデリック様は、何だかいつもと様子が違うみたい。その顔には疲労も感じられるし、クマもうっすらあった。何かあったのかしら……?
「私が君を妃に迎えたいと思っている気持ちに嘘はないが、強引な手を使いすぎたと今さらながら反省してね」
今さら!ものすごく今さらですね!?私は令嬢らしからぬ顔で唖然とフレデリック様を見つめてしまう。リアルに開いた口が塞がらない私は、目の前の王子様が話すのを静かに聞いていた。
「どうしても振り向いてほしくて、マリーの気持ちも考えずに強引なことをした。すまないと思っている」
こ、これは何かの罠!?いきなり謝罪されても信じられないわ。
「ただ、本当にマリーのことが好きなんだ、それはわかってほしい」
蒼い目が真剣に訴えかけてくる……でもどうしよう、「そうですか」も「へぇ」も違うような気がするし、私に言えることなんてない。控えているカール様も、平静を装いすましているが表情は冴えない。
「あの、なぜいきなりそんなことを?」
私の問いに、フレデリック様は控えめに笑った。
「やはり思い返してみると、君にポンコツだとか腹が立っているとか言われたことがさすがに効いてね……」
あ、覚えてたんだ。私は気まずくて視線を逸らす。
「それにヴァンにもかなり絞られてね、他の従者にも恋愛指南書を山ほど渡されたよ」
え?何やってるの、従者のみなさん。カール様が「それ言うんだ!?」という反応をみせる。
「それらを読み漁っているとね、気づいたんだ。私はマリーを喜ばせることを何一つやっていないって」
おお、まさかの正解!役立ってるわよ恋愛指南書!え、もしかしてクマ作ってるのは本を読んでいたから?そんな受験勉強みたいに恋愛指南書を読んだの?
私がちょっとびっくりしていると、フレデリック様は額に手をやり苦悶の表情を浮かべながら言葉を続けた。
「でも本当にわからないんだ!マリーが何をすれば喜ぶのか、何をすればもっと笑顔を見せてくれるのか。つい自分の気持ちを押し付けてしまって……なぜ私はこんなに失敗するのだろうと実は困っている」
うわぁ、まさかのカミングアウト!そして最後の方は相談になっちゃってる!あぁ、色々間違ってはいるけれど、フレデリック様なりに悩んではくれていたのね。
ただのナルシストの変態かと思ってけれど、単純に不器用な人なのかしら。いつも完璧な王子様が狼狽える姿はとても新鮮だわ!
「フレデリック様も人間だったんですね」
「それはそうだろう……」
この人の気持ちには応えられないけれど、これまでのパワハラやセクハラを反省してくれただけでも進歩じゃないかしら?腹が立ったし迷惑だったし、今もすぐ取り消してほしいと思っているけど、何だか不器用すぎてかわいそうにも思えてきたわ。
「少し、散歩でもしようか」
フレデリック様はそういうと、静かに席を立った。私は拒否権などないので、それに続いてユリ園の方に向かう。
冬でも日中は15度を超える暖かさで、しかも魔法で温度管理がされているユリ園は穏やかな小景だ。
晴れた空に美しい庭園……とてものんびりとした時間が流れていて、ついぼんやりとしてしまいそうになる。
ところが、しばらく歩いているとそんな平穏を脅かす人影を発見してしまった。
あれは……ベクトルの樹かしら、緑が生い茂った太い枝の上にはヴィーくんが、そして幹の陰にはレヴィンがいる!正装なのにバズーカ背負ってる!!!
さてはお父様ね!?また「バズーカを撃つチャンスだ」ってそそのかしたのね!?
私の視線に気づいた二人は、こちらをじっとみてスタンバイおっけーという風に合図を送ってくる。
こらこらこら、親指を立てるな!いつでも撃てるってこと!?バカなの!?
動揺する私に気づかないフレデリック様は、ゆっくりと歩きながらにこやかに話しかける。
「見てマリー、こちらのユリはあたたかな色合いがとても美しい」
「あは……そうですね」
うん、笑っている場合じゃないのよね、アサシンとアサシンよりやばい弟がすぐそこにいますよフレデリック様!
私は愛想笑いで返すも、どうしてもあの二人が気になって仕方がない。捕まったらどうするの!?
段差に差し掛かり、フレデリック様がスッと手を差し出してくれる……けれど私は笑顔でひとり軽々と段差を越えた。
「これもダメなのか……気をつけなくては」
一人で反省しているところがかわいく……見えないのはなぜかしら。これが純真無垢なヒロインなら、わかってくれたんですねってことで関係性を築けるはずなのに。
どうやら私は根に持つタイプらしく、謝ってもらったからといって好感度が跳ね上がったりしないことがわかった。
それに、単純に触れられたくないという気持ちがどうしてこうもわかってもらえないんだろうと思う……。
すぐに気を取り直したフレデリック様は、私に向かってキラキラの笑顔で話しかける。
「そうだ、マリーのことを話してくれないか」
何事もなかったかのように手を引っ込めると、突然そんなことを言い出した。
「私のこと、ですか?」
「どんな風に育ってきたのか、何が好きなのか、何でもいい」
「それほど楽しいお話はできませんが……」
私はテルフォード家の危険人物をちらりと目で追いながら、領地で過ごしてきたことやお母様、おじいさまのことを話した。フレデリック様と違って随分と自由な少女時代を過ごしてきたので、おじいさまと一緒に魔物狩りや素材集めに出かけたことを話すととても驚かれた。
よくよく考えれば、フレデリック様とゆっくり話をしたことなんてなかったわ。それにヴァンの言うように、不敬罪が怖くて言いたいこと言えないもの。
前を歩くフレデリック様は、いつもの高圧的な感じではなくとても楽しそうに笑っていた。こうして適切な距離で歩いていると、害もなくて悪い人じゃないんだけれど。
「マリーといると、自分が王太子だってことを忘れてしまいそうだよ」
「はい?」
え、どういう意味?健忘症ですか?そのキラキラな見た目で、王太子だってことを忘れるなんてありえるんだ……。私はフレデリック様の言っている意味がわからず、首を傾げる。
「これまでのマリーのことが知れてよかった。でもこれからは、一番近くでマリーのすべてを知りたい」
立ち止まったフレデリック様は、私の方へ一歩近づいてきた。
「え?それはまた……」
背筋がぞわっとした私は、一歩後ろに下がる。すべてを知りたいと言われても、お知らせできるようなことは何もないのですが。むしろ隠密スキルが欲しいくらいだわ。
互いに見つめ合ったまま、逃げる私と追う王子様の謎の攻防がミリ単位で繰り広げられていた。
「わたっ、私、個人情報を大事にするタイプなんです!お知らせできるようなことは何もございません!」
必死の言い訳もむなしく、フレデリック様は笑顔で迫ってくる。
「マリー、髪に何かついているよ。とってあげよう」
何かって何!?花粉?木の屑かしら?でもそんなもの王子様にとってもらえるほど神経図太くありません!
「いいえ!大丈夫です!いざとなれば髪なんて引きちぎれば全然いけますし」
私は全力で拒否する。
「引きちぎる!?それは穏やかじゃないよマリー、さぁこっちに来て」
あぁ、なんだかレスリングの試合開始直後みたいになってるわ。相手の出方がわからず、といっても私は防戦あるのみだけど、どう動いていいかわからない!
パーソナルスペースを保ちたい私と、どこまでも攻め込んでくるつもりのフレデリック様とのせめぎ合いが続いている。
そしてどうにも焦ってしまった私は、心の中で叫んだ。
(レヴィン、撃って!最大出力で今すぐ!)
ちらりと樹の方を確認すると、スコープのレンズを外して呑気に磨いているレヴィンの姿があった。
まさかの整備中!ヴィーくんはそれを見て「ここどうなってるんですか」なんていう風にこれまたよそ見をしていた。二人とも私のこと守る気ないんですけど!?
何やってんだ護衛!
もうこうなったら自力で逃げるしかない!
「私、これで失礼します!」
「マリー!?」
くるっと後ろを振り返り、猛ダッシュでその場を逃げ去った私は広い庭園をとにかく走って逃走した。




