お茶会
週末になり、お城で開かれるお茶会の日がやってきた。フレデリック様から指定された、月に一度のお茶会である。
王子様からお誘いを断るという選択肢は元からないけれど、「サレオスも呼んであるよ」というフレデリック様の魔法の言葉によって私はまんまと誘き出されてしまった。
近隣諸国からのゲストもたくさんやってくるということで、とても賑やかな会らしい。
しかも今日は、バレンタインデーでもある。アガルタでは日本とは違って男女どちらという決まりはなく、「好きな人にプレゼントを贈る日」として定着している。告白する人もいるけれど、どちらかといえばお歳暮みたいなイベントなのだ。
プレゼントといっても、キャンディやチョコ、クッキーなど食べ物が一般的で、女子同士のお菓子の交換はほとんど全員が行なっている。令嬢の場合は家族や婚約者、使用人にお菓子を配ることが通常だ。
私はクレちゃんたちと一緒に一生懸命クッキーを作って、とは言っても私はヘタだから型抜き職人と化していたんだけれど、みんなに配る用のお菓子が出来上がった。サレオスの分は、寮の彼の部屋に届けてもらっている。
フレデリック様には、貴族御用達のスイーツ店で誰でも買える一般的な詰め合わせを用意して、すでにお父様経由で王城に持ち込まれている。手作りなんて毒殺が心配される危険物は届けられないわ。
そんなわけで、今日は寮ではなくタウンハウスから馬車に乗ってお城に向かった。
お母様が用意してくれたドレスは、白を基調としたとてもラブリーなデザインて、上半身は白一色でキラキラと輝く特殊な生地でシンプルに、そしてスカートは右上から斜めに向かって白とサーモンピンクのレースが何枚もふわりふわりと重なっている。
髪にはサレオスがくれたカチューシャをつけたけれど、思っていたより幼くなってしまったのではと心配になった。
ちょっとメルヘンすぎないかとお母様に尋ねたら、「あら16歳なんだからこんな感じでいいのよ!すぐに着られなくなるわこんなに可愛いドレスは」と笑顔で返された。
鏡の前でくるくる回って姿を確認していると、私はふと先日見た夢のことを思い出した。
「ねぇ、お母様。昔、トゥランかどこかに行かなかった?湖に浮かぶお城の……レオちゃんて黒髪の男の子がいなかったかしら」
私が話している間にも、リサがイヤリングをつけてくれてこれで装いは完了だ。
振り返ってお母様を見ると…………いない!
部屋の中を見回せば、窓から外を眺めるお母様がいた。
「ねぇ、マリーちゃん。お母様は今、スライムを飼おうかと思っているの」
え、何の話?
「赤か青か、はたまた黄色か……懐くとかわいいわよね」
は?スライムって懐くの?飼えるくらいのスライムなら、意志はない単細胞生物じゃなかったかしら。
「と、いうわけでまたしばらく領地に戻るからあんまり無茶しちゃダメよ?あ、サレオス殿下と仲良くね」
うふふふ、と笑うと優雅にスカートを翻して行ってしまった。
……ものすごいごまかされた感があるわ!私は部屋にポツンと取り残され、仕方ないのでロビーに向かうことにした。
私は「早すぎないかしら?」と思うくらいの時間に邸を出発し、ガタゴトと馬車に揺られていた。カーテンを閉めきっているから、外の景色は見えない。
エリーはいつも通りだけれど、ヴィーくんは初めて正装を纏って護衛として付き従うからどことなく緊張していて無口になっている。私がついウトウトしてしていると、まだお城には到着しないはずなのにどこかで馬車が止まった。
-ガタンッ
「なにかしら?」
私が窓の外を見ようとすると、エリーが先に口を開いた。
「あ、大丈夫です。マリー様、少しお待ちくださいね?」
にっこり笑ってそういうと、ヴィーくんを連れてそのまま馬車から降りてしまった。ポツンと一人残されると、ほんの少しだけど不安になる。
あぁ、今日はサレオスに会えるのかしら。そんなことを思ってどうにか一人の時間をやり過ごそうとしていると、それほど時を置かず扉の開く音がした。
「マリー?」
乗ってきたのはエリーではなく、黒い衣装に身を包んだサレオスだった。
「えっ?どうして……」
「イリスがこれに乗れと」
ええっ!?サレオスは自然に私の隣に座り、そして当然のように馬車は出発してしまう。エリーとヴィーくんは別の馬車で着いてくるとサレオスが教えてくれた。
「「……」」
沈黙の間にも、わざと二人きりにされたことは早々にわかった。きっとエリーは気を利かせてくれたんだと思う。でもサレオスは、こんな風にわざとらしく二人きりにされて困っているかも。
私はちらっと左側を見る。が、こっちをなぜか凝視していたサレオスとばっちり目が合ってしまった。
「な、なに?」
「それ、つけてくれているんだな」
彼はそう言って、私の髪にあるカチューシャを指さした。
「へっ!?あ、うん、そう……お気に入りなの」
気づいてくれたことが嬉しくて、頬が緩んでいくのがわかった。ふふっと笑い声まで漏れる。
「よく似合う。とても可愛らしい」
「なっ!?」
な、なんてこと!?か、かわいいって言われた!!!きゃぁぁぁ!ついに、ついにかわいいと言ってもらえたわ!ものすごい達成感がある……!
私は喜びのあまり、表情が完全に緩んでしまった。だ、だめよ。一言かわいいと言われたくらいで大げさに喜んじゃ……!社交辞令だったのに、って引かれるかもしれないわ。
いいえそれどころか「こいつチョロいな」って思われるかもしれない!事実、私はかわいいという一言で転がされるチョロマリなんだけど、そこはもう揺るぎない真実なんだけど!
あぁ、でも嬉しすぎる!山、山だわ!今すぐ山に行って「好きー!」って叫びたい!どこかいい感じの山はないのかしら!?今ならドレスでも余裕で山を登れる気がするっ!
心の中で絶叫すると身体がそれにリンクして、膝の上に置いた両手にぎゅうっと力がこもった。耐えるのよ、耐えるのよマリー!こんなことじゃ無自覚イケメン攻めの耐性は身につかないわ!私はギリギリの状態で、お礼を伝える。
「あ、ありがとう」
もう今日はいい日になるに違いない。私はひとり舞い上がっていた。
馬車が走る音がガタゴトと聞こえる。ご機嫌な私は、まだニヤニヤが続いていた。もうこのまま帰ってもいいかしら……そんなことを考えていた私の肩に、そっとサレオスの腕が回された。
「え?」
そしてすぐに、膝の上にある手も彼の手に優しく包まれた。
「え?」
な、何この状態は……これはもたれかかってもいいのかしら?恋人っぽいことを楽しんでもいいのかしら!?どうなの!?
私はもたれかかるタイミングを探っているうちに息の仕方を忘れてしまったようで、だんだんと呼吸が苦しくなってきてしまう。
「マリー、大丈夫か」
あまりに緊張感を漂わせる私に、サレオスから生存確認が入った。大丈夫かと問われても大丈夫かどうかはわからない……!
「大丈夫」
見栄を張ってどうにか笑顔で返したところ、サレオスは「そうか」と笑って頬にキスをした。
「ひうっ……!」
そしてさらに顎を持ち上げられて、柔らかい唇が重なった。私はやっぱり対処できず、ただぎゅっと目をつぶって身を強張らせるだけ。こ、こんなときどうすれば……!?
なんで?なんでいつもいきなりなの?もっと「今からするよ!」みたいな合図はないの?
キスが終わるとまた、彼の手はまた私の手の上に自然に置かれた。わ、私もう死ぬかもしれないわ。喉から声を絞り出すようにして問いかける。
「サ、サレオス……」
「ん?」
おそるおそる隣を見上げれば、いつものように涼しい顔をしている。え?今、私にキスしたよね?なに、私の妄想だった……?いやいやいや、にしてもおかしい。
「今、なんで……」
「だめなのか」
いやぁぁぁ!優しい目で見つめないで!柔らかく笑わないでぇぇぇ!だめじゃないから、大歓迎だけど心臓が爆発するから!
「ううっ……!」
ああああ!心臓が痛いっ!キュン死にするぅー!仕留められるっていうか仕留められてしまったわ!私は俯いて、押し寄せたキュンに悶えた。そんな私を見て、サレオスはふっと小さく笑っている。
な、なぜこんなことに……?まるで恋人同士みたいだわ!おかしい。この間、倒れたときから何かおかしい。
腕が回されている肩も、握られた手も燃えそうな勢いで熱い。え、私ってサレオスのお嫁さんになることが目標だけど、成就した日には新婚生活で死ぬんじゃないかしら……。
しばらくの沈黙の後、あまりに私が硬直しているせいで、サレオスが私の肩と手を解放した。
「そんなに警戒しなくても、もう何もしない」
私はようやくほっとして緊張が緩み、それでも少し残念な気持ちが……ってこれじゃあ何かして欲しいみたいじゃない!私ってすごく欲張り!!!
胸の前で両手を握りしめ、何度もかぶりを振って平常心を取り戻そうとする。ちらり、とサレオスを見れば、ずっとこちらを見て笑みを浮かべていた。なんか今日、ごきげん?めずらしいわねこんなに笑ってるの。何かいいことでもあったのかしら……?
肩が触れるほどの距離で並び、いつも以上に穏やかに笑うサレオスは私の目にはいいが心臓に悪い。
「落ち着いたか?」
うっ!それを尋ねるということは、私の心が乱れに乱れていたことを知っていましたね!?
「お、落ち着かない……かも」
「それは困ったな」
「っ!?だっ誰のせいだと!?」
私の必死の形相がおかしいのか、サレオスは笑いを堪えていた。
「すまない」
「じゃ、じゃあ責任とって」
お嫁さんにしてください。
うわぁぁぁぁぁぁ!!!そんなこと言えないっ!!!言いたい!でも言えないぃぃぃ!
「し、しばらくこのままで……お願いします」
私はできる限りの接触を図ろうと、サレオスの肩にもたれかかった。心の中では「馬車が揺れるから、そう揺れるからこうしているの私は」と必死で言い訳を繰り返した。ぐっ……小心な自分が哀れ!
でも彼は優しいから、眠ったふりをする私の髪を撫でてくれた。
はぁぁぁ、なんて幸せなの!触れている左半身があったかい。やっぱりこの人は私の幸せそのものなんだわ。
それに理由はまったくわからないけど、お嫁さんになる未来に近づいたような気がする!早くクレちゃんに報告したいわ!
あぁもうお城になんて着かなければいい。このまま二人でずっと一緒にいたい。それからお城に着くまでずっと、思いがけない幸せに舞い上がっていた。




