罪滅ぼし
目覚めると、エリーとリサはサレオスからすべて聞いていて、魔力量を上げる影響で熱が出ていることを知っていた。命に別状はないけれど、無事に目覚めた私を見てとてもほっとした顔をしていた。
「私ってどれくらい眠っていたの?」
あれだけ気持ち悪くて吐きそうだったのに、目覚めてみれば少し身体がだるいだけで気分も悪くなかった。心配して来てくれたクレちゃんが、私が眠っている間の話をしてくれた。制服のままだから、授業の合間みたい。
「18時間くらいですね。二、三日は目覚めないかもって話だったのに、びっくりしたわ。でも早く目覚めてよかった!」
「そうなのね」
リサがカーテンを開けると、そろそろ太陽が真上に昇るかという頃だった。サレオスが私をベッドまで運んでくれたらしく、寝顔を見られたことが恥ずかしすぎる。いや、気絶したときも見られたから今さらなんだけど……。
しかも今回は気分が悪くて唸っていたというし、顔色も悪かっただろうし、乙女のイメージは守れなかった。ショックすぎる。
「マリー様、夕方になるとサレオス様が来てくれるからね」
私が淋しさのあまりクレちゃんをベッドに連れ込もうとすると、苦笑いで宥められた。
夕方になると、少しまだだるさは残るものの、起きあがって果物を食べられるようになった。リサに身体を拭いてもらって、髪はエリーが水魔法できれいにしてくれたからさっぱりして気持ちいい。
「マリー様、もう無理はしないでくださいね?万が一のことがあれば、リサは天にお供しますよ?」
「リサ、重い!でもごめんなさい心配かけて」
どうしよう、うちの侍女の愛が重い。ちらっと隣を見ると、ヴィーくんも「うんうん」と頷いていたからきっとこっちも重いんだろう。もっと気軽に生きて欲しいと思う。
西の空が赤紫色に染まってきた頃、授業が終わったサレオスがお見舞いに来てくれた。エリーに声を掛けられ、まだベッドの中にいた私はのそのそと身を起こしてガウンを羽織る。ところがそこに、寝室の扉が開く音がしてサレオスが普通に入ってきた。
「マリー、気分はどうだ」
「え!?」
いやぁぁぁ!ちょっと待って、ここ寝室!なんでエリーは入れちゃったの!?私まだ寝巻きのままだし色々なことが追いついていませんけど!?
慌てふためいた私は、右側にゆるく編み込まれた髪を手のひらで撫でつけて整える。
「なんでこっちに!?今リビングに行くからちょっと待ってて!」
焦った私は慌ててベッドから降りようとするけれど、身体がだるくてすぐに動けない。
「あれ、靴がない」
ルームシューズを探すけれど、いつもある場所にそれがない。ぷらんぷらんしている素足が心もとなく、恥ずかしさと焦りが雪だるま式に膨らんでいく。でもその間にも、サレオスはもう目の前まで来てしまった。
「ちょっ……来ないで、私が向こうに行くから!」
「もう俺がここにいるのに?起きなくていい、まだつらいだろう」
彼は何のためらいもなくいつも通りで、でもベッドから脚を投げ出して座っていた私をぎゅうっと抱きしめた。
「ひゃっ……!」
いやぁぁぁ!心臓が破裂する!ここ、ここ寝室なんですよちょっとぉぉぉ!?倒れる前みたいに全身が熱を持ち、一気に緊張が走った。
「無理をさせてしまった。早く目覚めてよかった」
掛けられた言葉に、私は即座に反応した。早く目覚めてよかった……、よかったわ身体を拭いて洗浄した後で。いやほんとに。目覚めたときの汗だくでなくて本当によかった。
はっ!ちがう、そうじゃないわ。
私ったら自分のワガママでサレオスに心配をかけてしまったじゃないの。途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ご、ごめんなさい心配かけて。もう大丈夫よ、ありがとう……だから向こうで待っててくれない?」
サレオスは少し腕を緩めて顔が見える距離になってくれたけれど、未だに腕で私の身体を囲っていて何だか距離が近い。そしてリビングに移動してくれる気配はまったくない。あまりに心臓がバクバク鳴っていて、耐えきれずに視線を逸らしてしまった。
すると彼は当然のようにベッドに腰掛け、片方の手で私の頬に触れ、ありえない距離で健康状態を確認されてしまう。
「ちょっ……近いっ、そんなに心配しなくても大丈夫だから!」
むしろあなたによってキュン死にさせられそうですから!また意識がなくなりそうですから!
「まだ顔色が悪い。熱もありそうだな」
サレオスは長い指で私の頬の熱を確かめているけれど、熱があるのは間違いなくあなたのせい!この過剰接触のせいで一気に熱が上がったのよ!?お願いだから至近距離で見ないで!
「もう元気だから、大人しく寝ているから心配しないで。そして離れてほしい……!」
とにかくベッドの上から降りて、リビングに行かなくては。好きすぎてまた気絶してしまうわ!
「無理するな」
いやいやいや、今、この状態がかなり無理なんですー!病み上がりにこの距離はダメ!心臓がドクドクバクバク鳴ってるもの!何か背中とか頭とかどんどん撫でられてますが、これは大丈夫でしょうか!?
「ねぇ……」
「なんだ」
え、もしかしてこれは私が作り出した幻覚だったりして。そうよ、落ち着いて。落ち着くのよマリー!上がったのは魔力量じゃなくて、妄想スキルなんじゃないかしら。
私がそんなことを真剣に考え始めていると、サレオスが私の両手を自分のそれで包み込み「まだ休んだ方がいい」とまっすぐに見つめて言った。
……ルレオードで話したときから感じてたけれど、何だかこんな風に瞳の奥をじっと見つめられるのが多い気がする。
冷めた怖い目つきじゃなくて、ちゃんと温度があるというかあったかい感じがする。
「マリー?」
うわぁぁぁもう限界!目を合わせられない!幻覚おそるべしだわ……!
そのまま後ろに卒倒しそうになり、グラっと身体が揺れた瞬間サレオスの腕に支えられ、ベッドの上にゆっくりと寝かせられた。
あわわわわ、何か押し倒されてるみたいになってますけど、大丈夫ですか!?
「本物……なの?」
「何の話だ」
まさか新手の罠かしらと思ってじっと瞳を見つめるけれど、ふっと笑うだけでサレオスは何も言わない。無自覚イケメン攻めが飽和状態なのかしら?私は両手で顔を覆い、迫りくるキュンに悶えた。
指の隙間からちらっと見れば、いつまでも見慣れない美形が目の前にいる。彼の腕は私の顔の横にあり、これはもう誰か入ってきたら完全にそういうことをいたす前の状態に見えなくもない。やばい、やばすぎる。
「あの……そこを退いてくれませんか」
どうにか喉から声を絞り出した私は、キュン死に寸前もいいところで頭痛と眩暈がしそうだった。でもまったく彼が動く気配はない。
「どこにも行くなと言ったのに?」
「はぃ!?」
そんなこと言ったかしら……!?とうとう煩悩が口から勝手に出たの?私は思い当たる節がなくて、ただ瞬きだけを繰り返す。いつ言ったのか思い出そうとするけれど、目の前に好きな人がいるこの状況では頭が混乱して何も考えられない!おでこにキスされたことで、さらに眩暈が押し寄せた。
あぁ、そうだわきっとこのサレオスは幻覚だわ。そう思い込もうとしていると、寝室のドアをノックする音が聞こえた。
「マリー様~入りますよ~」
エリーの呑気な声が聞こえ、私はビクッと全身を跳ねさせた。サレオスはすぐに起き上がって何事もなかったかのようにベッドサイドに立つ。
私は破裂しそうな心臓をどうにか落ち着かせようと胸を押さえ、ゆっくりとベッドの上に座った。
エリーとリサはカートをコロコロと押していて、こちらに近づいてくる。
「マリー様、何か食べないとよくなりませんよ。サレオス様もお茶をどうぞ」
二人はてきぱきと準備をして、ベッドに座った私の膝の上には温かいリゾットが乗ったトレイが置かれる。この湯気やにおい、現実だわ!
心配性なリサが「食べさせましょうか」と聞いてくれたけれど、そこまで重症じゃない。私は自分で食べると言って、スプーンを握った。
私がもぐもぐしていると、なぜか三人が生温かい目でじっと見てくる。観察されているようでものすごく食べにくい。エリーに視線で問いかけると、にっこり微笑まれた。最近、エリーのお母さん化がすごい。あまりに見られるので気まずくて、私は気になっていたことを何気なく口にした。
「気を失ったときはすごく気分が悪かったんだけれど、もう食事も摂れるし思ったより回復が早くてよかったわ。自分ではわからないんだけれど、今ってもう魔力量が上がっているのかしら?」
「「「……」」」
ん?私の言葉に、三人の纏う空気が一気に変わった。顔は笑っているけれど、みんな視線を合わせてくれない。え、なんなの?何か隠しているような、都合の悪いことでもあるような。
「どうしたの?」
「あぁ、えっとその~あぁ、私は仕事がありますので失礼します!」
「わたくしも、ちょっと人生に関わる緊急事態が発生している気がそこはかとなく押し寄せるので失礼いたします」
エリーとリサは明らかに動揺して、まるで逃げるように寝室を出て行ってしまった。ベッドサイドの椅子に座っているサレオスは、無言を貫いている。
「ねぇ、もしかして」
「……」
嫌な予感がする。私はいったん、サイドテーブルにリゾットのお皿を置き、サレオスに問いかけてみた。
「マリー、まだ寝ていた方がいい」
うん、あからさまに話題を変えたわね?
「サレオス、本当のことを教えて。私、目覚めるの早かったわよね、一体どうなったの?」
じぃっとサレオスを見つめるけれど、その表情は冴えない。これはもう間違いないわ、おそらく……!
「すまない、一割くらいしか上がらなかった。やはり聖属性だから魔力量は大幅には増えないようだ」
私は絶句した。サレオスに手間をかけさせて、倒れてみんなに心配かけたのに結局そんなに効果がなかったなんて!現実ってどれだけ厳しいの!?がっくりと肩を落としてしまった。
「ごめんなさい、私がポンコツなばかりに……!」
「いや、そういうわけじゃない」
これで役に立つ女になるシナリオは完全に破綻した。あぁ、お嫁さんになるって遠いわね。でも一割でも増えたんだから、手伝ってくれたサレオスには感謝しないと。
私はベッドの上に正座して、膝の上に手を揃えて謝罪と感謝を伝えた。
「本当にごめんなさい。心配かけたのに……でもとにかく増えたことは嬉しいわ。ありがとう」
うん、増えたのは増えたのよ。前向きに考えましょう!私は一人納得し、何度も頷いた。でもサレオスは私の両手に自分の手を重ね、申し訳なさそうにする。
「いや、たった一割のためにこんなに苦しい思いをさせてしまって俺の方こそすまない」
「あ、そのたった一割っていう表現、泣いちゃうからやめて?残虐性が漏れてるから」
「本当にすまないことをしたと思っている、もともとマリーには向いていないしあんまり意味がないかもとは予想済みだったのに」
いやもう、完全にわざと言ってるわね!?私は無言でサレオスを見つめた。
「すまない、マリー。その、冗談だ」
なぜこのタイミングで冗談を言ったのかしら……完全にタイミングが間違ってるわ。スキルを無自覚イケメン攻めに振りすぎて、冗談の方はほぼゼロなのね?慣れないことはしない方がいいのよ?
「あ」
苦笑いするサレオスの顔を見ていると、私ははっと気が付いた。
「どうした」
「優しかったのは、これが理由ね!?」
なんてこと!サレオスがおかしくなったと思ったけれど、罪悪感からの罪滅ぼしだったのね!おかしいと思ったの、あんなに急に優しくしてくれるんだもの、恋愛ハードモードの神様がとうとう私にほだされてくれたのかと思ったじゃない!幻覚でも何でもなくて、単純に「ごめんね」ってことだったのね!
「いや、そういうわけじゃ」
「サレオスはむしろ私のワガママに付き合ったのよ?身を挺してまで罪滅ぼししてくれなくていいわ。申し訳なくて逆に恥ずかしいわよ」
あぁ、私ってばサレオスに気を遣わせるなんて。また菓子折りの出番だわ。
「マリー、とりあえずリゾットの続きを食べるか。……食べさせてやるから」
「私の言ったこと聞いてた?」
うん、あなたの罪滅ぼしで、私キュン死にしちゃうから。また倒れるから!
私は結局、自分でリゾットをしっかりと完食し、あたたかいお茶を飲んでまたベッドにもぐりこんだ。サレオスはずっとベッドサイドに座ったまま、私の頭をなで続けてせっかく意識の戻った私をまた朦朧とさせるというおそろしい罪滅ぼしをおこなって帰っていった。




