夢
目を開けると、真っ白な世界を一人で歩いていた。私、もしかして立ったまま寝ていたの……?いや、そんなわけないか。
しかもここ、どこ?周囲を見回してみるとだんだんと白い霧が晴れていき、新緑の美しい木々とキラキラ輝く光が降り注ぐ森の中のようだった。
一体どこかしら。いつ私はこんなところに来たんだろう。
ふわふわと浮いている感じがして、土や草を踏みしめている感覚がない。
それでも私はただ小道をまっすぐ進んだ。
草木が揺ら揺らと風になびいているのに、音という音がまったくないのはなぜ?こんなに静かなのはおかしい。
不思議と怖くはないけれど、呑気に散歩なんてしててもいいのか疑問だわ。
そんなことを考えていると、私の後ろから小さな男の子が走り抜けた。さっきまで音がなかったのに、この子の走る音や息づかいだけは耳に届く。
少年は、サラサラで艶のある黒髪だ。
シャツにベストといった貴族のこどもらしき服装からして、それなりに良い家柄の子だとはわかった。
私が声をかけようとすると、その子が突然振り返って、私を見て「マリー」と名前を呼んだ。
ま、まさかの呼び捨て……!多分5~6歳なのに素晴らしいほどツンツンしてるわ。生意気でかわいすぎる!
でも呆れているような怒っているような、なんとも胸がざわざわするわ。
あれ?なんで目線が同じなんだろう。私だって立ってるのに。不思議に思っていると、その少年が仕方ないという風に私の手を握った。
「マリーはすぐ迷子になるから手を離すな。もう勝手にいなくなるなよ」
そういうと前を向き、私をひっぱってどんどん進んでいく。
やだ、本当にもうかわいすぎるんですけど……!キュンキュンしながら悶えていると、ふと目にした自分の手に驚いてしまった。
ふにふにした小さな手、私ってもしかして今縮んでる!?手と足を確認すると、子供になっているみたいだった。
しかもいつのまにか、ふわふわしたピンクのチュールドレスを着ている。
いつの間に着替えてたの私?
混乱しながらもついていくと、私の意志とは関係なくどんどん時間は過ぎていく。まるで主人公目線の映画を観せられているみたい。
目の前の男の子に私の声はまったく聞こえないみたいだし、呼びかけても返事はない。でも彼とは何かしらの会話が成立しているのか、差し障りなくすべてが進んでいく。
湖で遊んだり、ごはんを食べたり、うさぎを掴まされたり、本を読んだり……
ここに来て私はいよいよ気づいた。「これ、夢だな」と。
夢が夢だとわかるのは初めてだわ。
夕暮れまで男の子と遊び、大きなお城に向かって一緒にテクテク歩いていると、森の向こうから女の人が呼ぶ声がした。
「二人とももう戻っていらっしゃい!」
キレイなサラサラストレートの黒髪の女性。よく見えないけど、美人なことは何となくわかる。あれ、隣にいるのは私のお母様だわ。男の子は私の手を放し、女の人のところに向かって走り出した。遠ざかっていく男の子の背を見つめていると、胸の奥がざわざわし始め、私は気づいたら叫んでいた。
「レオちゃん!私を置いて行かないで!」
その瞬間、はっと息を飲んで目が覚めた。真っ白な天井に薄いベージュで描かれた花模様が目に入る。ここは見慣れた私の部屋だった。
何度も瞬きをして身をよじることで、自分が今まで眠っていたことを理解する。両手で目をこすっていると、エリーの顔がぬっと横から現れた。額や首筋にエリーの手が当てられ、そのひやっとした感覚に身をすくませた。
「マリー様!目が覚めてよかったです!あぁ、まだ熱がありますね。とりあえずお水を持ってきます」
私は何も言わず、部屋を出ていくエリーを視線で追っていた。あれ、こっちが現実っぽい。
身体が熱くてだるい……吐く息が熱くて喉が渇く。
さっきのは夢?そういえば昔、あんな場所に行ったことがあるような気がする。ルレオードに似た雰囲気の街。見渡す限り湖で、大きなお城があって。あの男の子は誰だったんだろう、私は「レオちゃん」って呼んでたな……。レオちゃん……誰だ一体。かわいかったな~、
あぁ、暑い。燃えるわ身体が。私は汗だくの身体が気持ち悪くて、涼しさを求めて上掛けを剥いだ。
体調が戻ったら、お父様かお母様に聞いてみよう。
私が黒髪の人を見たのは、学園に入ってサレオスが最初だと思ってたけれど、もしかしたら違うのかも。こどもの頃にトゥランやもっと東の国に行ったんなら、覚えてなくても当然だわ。
……あれ? 何だろう、頭痛がする。大変、エリーにお薬もらわなきゃ。
私はこれ以上考えるのをやめて、エリーを求めてリビングへと移動した。




