気になるのは……
秋になると後期が始まり、選択授業が多くなった。魔法演習中心のクレちゃんやサレオスとは同じ授業が半分くらいに減り、私とアイちゃんは座学中心。淋しいと落ち込む私に、クレちゃんとサレオスがお昼は一緒に食べようと言ってくれた。
「ねぇ、ここ座ってもいいかしら?」
校庭の木々が色づき始めた頃、まったく接点のなかったシーナ・マレット男爵令嬢に話しかけられた。この日は世界史の選択授業で、歴史好きな私のお気に入りの授業だった。
歴史はいい。だって教科書には、名だたる将軍や騎士が絵付きで登場する。背中から肩にかけての筋肉がたまらない。よく「剣士たるもの背に傷を負ってはならん」というが、私もそれに完全に同意する! やはり背中はキレイであってこそ、筋肉の美しさが引き立つのよ。
そんな私の趣味を知ってか知らずか、彼女は相変わらずひとりぼっちな私に声をかけてくれた。アイちゃんはこの授業は取っておらず、したがって私の周りには誰もいない。
私はシーナさんの優しさをありがたく頂戴して、隣に座ってもらう。
「マリーって呼んでくださいな。シーナって呼んでもいい?」
そういうと、彼女は眼球が落ちるんじゃないかと思うほど目を見開いた。
あれ、友達作るときってまず呼び方からじゃないの? しまった失敗したのかしら。
「ええーっと、わかった。マリーね。よろしく!」
うわっ、すごい良い子だった。入学式の日、仲良くなれそうにないなんて偏見を持って本当にごめんなさい! 自己紹介のときより落ち着いた印象を受けて、やっぱりすごくかわいい。嬉しくてついつい頬が緩む。
私たちは仲良く授業を受けて、たまに教科書の絵で笑いあった。意気投合した私たちは、このまま放課後にカフェテラスへ向かった。これは仲を深めるチャンスだ、と私は密かに拳を握りしめる。
カフェテラスでドリンクを注文し、眺めのいいテーブル席へ移動した。まさか私に、クレちゃんアイちゃん以外の友達とカフェテラスでお茶する日が来るなんて……。感動で涙ぐむ私を見て、シーナがちょっと引いている。
「ええっと、マリーは感動屋さんなのかな? 大丈夫?」
「大丈夫かと聞かれると大丈夫じゃないわ。今すぐにカフェテラスにいる全員に、『私、お友達ができました』って言ってまわりたいぐらいには動揺してる!」
胸に手を当てて喜びを噛みしめる私に、シーナは苦笑いを浮かべている。なんだか年上のお姉さんみたいな感じがするわ。はぁ、美少女って癒される。連れて帰りたい。
「うーん、マリーはゲームとだいぶ違うわね」
シーナが首を傾げながらそう言った。ゲーム、って……。
「え……。シーナは、知ってるの?」
驚きで声が少し震えている私。シーナはにっこりと笑って、紅茶を一口飲んだ。
「やっぱりマリーも? 私もこのゲームやってたんだよね~。気づいたらここに転生してて、やったぁヒロインじゃんって思ったんだけどちょっとストーリー通りに進めなくて」
呆然とする私をそのままに、シーナはどんどん話を進めた。シーナがヒロインだったんだ、どうりでかわいいと思った。
なんとシーナは元キャバ嬢で、交通事故で意識を失ったらこの世界に転生していたらしい。
「私、一人暮らしだったのよ。あの汚部屋で腐海を親が片付けたかと思うとゾッとするわ。娘を亡くして悲しんだと思う。でも……あの部屋を見たら涙も引っ込んだでしょうね。想像しただけでこっちは涙が出そうだわ」
なんだろう、ものすごく同情した。
「せっかく転生したんだからストーリー通りにやらなきゃ、って意気込んだんだけどカラ回りしちゃって。私の中でヒロインのイメージは、甘ったるいしゃべり方をするぶりっ子っていう印象があったからそうしなきゃって思い込んでてね~。
でも私の性格と違いすぎて、早い段階で「もうやめよ」って思ったのよ。推しに会いたくて図書室に通い詰めたのにイベントは全然発生しないし、ってゆーか推しがどこ行っても見つからないし、もうシナリオなんて無視しようかなって。だから今は、普通に生きてるの!」
ケラケラと笑いながら、世間話でもするようにシーナは話す。私のこともすごく気になってたんだけど、話しかける勇気はなかったんだとか。
「え、マリーはどこまで知ってるの? けっこうやり込んでた人?」
シーナの問いかけに、私は首を横に振る。
「私、なんにも知らないの。妹がこのゲームをやっててフレデリック様が推しだったわ。ねぇ、私ってゲームのキャラなの? それともモブ?」
私の発言に、シーナが驚いてまたまた目を見開いた。本当に大きい目だな。ヒロインってすごいわ! どうなってんの顔のバランス。
「うわぁ、何にも知らないんだ。そりゃイベントも起きないはずだよ。そもそも私がどこのルートにも入ってないし、マリーは普通の良い子だもんなぁ。……そっかぁ」
あれれ、なんか一人で納得しちゃった。え、教えてくれないのかな?
私は聞きたいような、聞きたくないような、なんだか混乱してきた。
「あ、ねぇ。マリーはよくサレオス様と一緒にいるけど、彼が好きなの?」
シーナの直球の質問に、私は思わず紅茶をこぼした。好きって、好きって言っちゃうの? ここで!? あわわわわ、口に出すってそんな……!
オロオロする私に対して、シーナはあははと軽く笑ってすぐにハンカチで紅茶を拭いてくれた。
ごめんなさいと何度も謝る私。布巾じゃなくて、ハンカチで拭かせちゃったよ。ホントごめん!
「フレデリック様じゃないんだぁ。まぁ、ゲームを知らないならそれでいいんじゃない? だってここはマリーにとって現実でしかないし。あ、もちろん私にとってもね!」
爽やかに笑う彼女は、ただかわいいだけの女の子じゃなかった。サバサバしてて、かっこよく感じる。やっぱり私、シーナと友達になりたい!
「あの……ひとつだけ教えて欲しいことがあるんだけど」
「ん? 何? ポジション? それともサレオスルート?」
ルートがあるってことは、やっぱりサレオスはゲームに登場するキャラなんだ……。
私はシーナの瞳をじっと見つめる。紅茶でやや手がベタついているが、今それは置いておこう。
「サレオスの寿命って長い?」
「は?」
「健康に長生きできるかな? それだけは知りたいの!」
これまで起こったことをシーナに説明すると、ときどき机に突っ伏して笑ってた。でも私の質問の意図は理解してくれたみたいで、最後には私の欲しい答えをくれた。
サレオスがストーリーの途中で死ぬことはない、と。
ありがとうシーナ! ありがとうシナリオライターさん!
喜びを噛み締めた私は、浮かれに浮かれてカフェテラスを後にした。
これからバイトがあるというシーナに全力で手を振って、クレちゃんとサレオスがいるはずの教室前へ向かう。
二人は授業が終わったらすぐに出てきた。廊下で私は思いっきりサレオスに抱きつくという妄想であまりある衝動を抑えた後、クレちゃんのマシュマロボディに抱きついた。
はぁ……サレオス、私のことをクレちゃんごともらってくれないかなぁ。




