ポジション争い
「ええっと、マリー様。なぜ私が真ん中なのかしら?」
セシリアのアドバイスを受け、私は今サレオスから離れて座っている。
クレちゃんを私たちの間に挟んでみたのだ。くっ……あんまり離れていないように見えるけれど、一席が限界だったの!これ以上は離れられないの!
あぁ、サレオスもクレちゃんも、二人して不思議そうな顔でこちらを見ているわ。ふふふ、と笑顔を貼り付けた私は「たまにはいいと思って」と答える。
「サレオス様、何したの?」
クレちゃんが首を傾げて尋ねるも、サレオスはまったく思い当たらないと否定していた。うん、そうよね。何もされていないわ。
「マリーなぜそっちにいる。遠くないか」
「サレオス様落ち着いてください、遠くはありません。マリー様、本当にどうしたの?」
クレちゃんの冷静なツッコミに、サレオスが視線を泳がせた。どうやら私たちのヒエラルキーの最上部はクレちゃんらしい。
「き、今日はここに座ることにしたの。ほらたまにはね?環境を変えてみようと思って」
「残念ながら一席じゃ環境は変わらないわ」
うっ、なんてことかしら。私にこの二人を言いくるめられる知略はない!困っていると、先生が入ってきてそのまま授業に入った。
よかった。このままうやむやになってくれれば、この並び方がいつか当たり前に……なって、サレオスが私のことを忘れたらどうしよう!もう二度と隣に座れなくなったら困る!
自分で距離を置いておきながら半泣きの私の前に、クレちゃんからメモが渡された。そこには「何があったの?」と書いてあった。
そしてこの授業中、私とクレちゃんと30往復にも及ぶメモのやりとりが行われるのだった。
私がセシリアとの話をメモで伝えたところ、クレちゃんは「これで離れたつもりだったの!?」と驚きを露わにした。私にとっては断腸の思いで開けた距離だったんだけれど……。
そして休み時間になりトイレに拉致されると、女神であり賢者であり参謀である彼女からコンコンとお説教を受ける。
「いい?マリー様。そんな言葉に惑わされてはだめよ、そもそもセシリアが言ったのはサレオス様のことじゃないしって今はそれは置いておいて」
え?サレオスのことじゃなかったの?
「あのね、サレオス様は優しい方でしょう?言葉足らずで肝心なことを何一つ言わないわりに我慢が足りないという難点はあるものの、マリー様を弄んだりするお方ではないわよ」
「うん、私もそう信じたい。でも不安になっちゃって」
「ええ、そうよね。不安になるのはわかるわ。でも信じてあげましょう、サレオス様もマリー様のことを特別に思っているわ」
あぁ、なんて優しいのクレちゃんたら!私が間違ってたわ!
「それにマリー様、あなたは冷え性なんだから、サレオス様と私の間に座るのがいいのよ。じゃないと風邪ひいちゃうからね」
「クレちゃん、さすがにそこまでひ弱じゃないわ私。でもごめんね心配かけて!」
単純な私は、クレちゃんの言葉によってすっかり考えを改めてしまった。胸がモヤモヤして授業に集中できなかったのよね。あぁ、相談してよかったわ!
教室に戻るとすぐに、私はまたサレオスの隣に座る……つもりだったのにジュールがすでに座ってた。
なんてことなの!?巨大な壁が私の前に!サレオスのことを疑ったばかりに、あっという間にポジションを奪われてしまったわ!あぁ、私ったら調子に乗っていたのね……!私のポジションなんてこんなにすぐに奪われるものだったのよ!
私の気配に気づき、振り返ったジュールが突然ぎょっと目を瞠った。
「テル嬢!?どうした、気分でも悪いのか。真っ青だぞ」
ええ、あなたのせいでメンタルが瀕死の重傷よ。私は俯いて、無言で拳を握りしめる。
クレちゃんが「あらあら」と私の背中をさすって宥めてくれた。半泣きで女神に縋る私は、我慢できずにぎゅうっと抱きついてみた。あぁ、癒されるわマシュマロボディ……!
でもだめよ、ここで甘えては!戦うのよマリー!諦めちゃだめ!
私は奮起して、クレちゃんから離れた。
「大丈夫よ!ジュールになんて負けないから!」
「え、俺なんでテル嬢にライバル視されてんだ?だいたい、戦えないだろテル嬢は」
「誰が物理の話をしたのよ!あなたみたいな巨人に勝てるわけないでしょう!?」
「なら一体何の話をしてるんだ!?」
私とジュールの小競り合いはしばらく続き、見兼ねたクレちゃんがジュールを押しのけて私をサレオスの隣に座らせてくれた。女神、最強だった。
私が隣に座ると、サレオスは心配そうに見つめてきた。
「体調が悪いのか?無理しなくても、寮まで連れて帰ってやるのに」
なんてこと!私ったらこんなに優しい人を疑っていたの!?胸がキュンとしたわ。
「大丈夫、ちょっとポジション争いの必要性を再認識させられただけなの。これからもがんばるわ!」
私の決意表明に、サレオスはきょとんとしている。あぁ、久々に見たわその表情。年相応に見えてかわいい。好き。お嫁さんになりたい。
「やる気はわかったが、やはり無理するな」
彼はそういうと、私の髪をやさしく撫でてくれた。
「マリーが笑ってないと調子が狂う。少しでもつらくなったらすぐに言うんだ、いいな?」
うぐっ……!心臓が痛い!好きすぎてつらいわ!
大きな手でそっと髪を梳かされるのは、ドキドキするけど心地よくて何とも離れがたいわ。
ところが無自覚イケメン攻めを堪能していたら、予期せぬ邪魔が入った。
「何をやってるんだ!」
ご公務で遅れてやってきたフレデリック様が、私たちの背後で仁王立ちしている。現実に引き戻された私は、びっくりして肩を跳ねさせた。
「サレオス、マリーに触るな!」
え、私は大歓迎なのに。フレデリック様は私の髪に触れているサレオスの手を払い、不機嫌そうに睨みつけた。
「フレデリック」
「なんだ!」
「もう授業が始まる。どこかに座ったらどうだ」
「おまえは何でいつもそんなに平然としてるんだ!後で話をつけるから絶対待ってろ!」
あぁ、フレデリック様が怒ってる。いつも完璧笑顔の王子様なのに、サレオスが絡むと感情の振れ幅が大きいわね。そんな彼をものともせず、サレオスは飄々といつも通りに机に向かった。
まさか授業後に本当に話し合いの場がもたれるなんて、このときはまったく思っていなかった……。




