セシリアと私
「ねぇ、ご一緒にお茶でもどうかしら?」
この日、授業の合間にセシリア様がお茶に誘ってくれた。彼女は明るいオレンジ色の髪を優雅に靡かせて、妖艶な女王様のようだ。
「嬉しい!ありがとうございます!」
次の授業まで1時間ほど。暇だった私は喜んでセシリア様からのお誘いに乗り、二人でカフェテラスに向かった。
途中、真っ黒なローブにフードを被ったヴィーくんが突然現れてセシリア様が怯えてしまい、怪しすぎて目立つから隠れて欲しいと頼む。
席に着き、温かい珈琲のカップを手にするとつい気が緩んでしまったわ。
私はセシリア様に、先日図書室でロニーくんに会ったことを報告した。
「すっごくかわいい弟さんね!」
私がそういうと、顎に細い人差し指をあてたセシリア様は少し眉根を寄せたように見えた。
「あの子ったら勝手なことして……」
「え?」
でもすぐに美しい微笑みを向けてくれた。
「いいえ、こちらの話よ。私がマリー様たちの話をしていたから、きっと会いに行ったのよ。あの子ったら人懐っこくて」
でしょうね!!!ぜひうちのレヴィンにも見習わせたいと思ったもの。
その後、セシリア様は観劇と刺繍が趣味だそうで、好きなオペラの話をしてくれた。お気に入りの俳優さんがいるそうで、今度一緒に観に行かないかと誘ってもくれた。
あぁ、なんだかどんどん仲良くなっている気がする!しかも私のことを「マリー」と呼んでくれることになり私もセシリアと呼ぶことになった。どうしよう、一気に距離が縮まったわ。クレちゃんに報告しなきゃ!
でも、浮かれていた私は、まさかこの後ドン底に突き落とされることになるなんて思いもしなかった。
観劇の話で盛り上がった後、セシリアが突然フレデリック様の話を持ち出して、私に聞きたいことがあるという。
「ねぇマリー、去年の公爵家のパーティーなんだけどね?あのとき、フレデリック様がマリーにキスしようとしたって噂を聞いたのよ」
「ぶっ!!!」
そ、それはもう記憶の彼方に追いやったアレですか!?蚊がいたことにしてビンタしたアレですよね!?
私は盛大に口から溢れた珈琲を、ハンカチで慌てて拭いていく。
「やだっ、そんなに動揺するなんて!マリーったら……本当だったのね?それで、キスしたの?」
「するわけないじゃない!あんな悪魔みたいな人と!」
絶対に誤解されたくなくて、私は全力で否定した。前のめりすぎて、セシリアがちょっと怯んだくらいに。
「よかったわ!あぁ、でもマリー、気をつけてね?男の人が恋人でもないのにあぁいうことするっていうのは、本気じゃないってことなんだから。フレデリック様だってあなたをからかって弄んでいるだけかもしれないわよ?」
セシリアの爆弾発言に、私は卒倒しそうになった。目の前が真っ暗になってテーブルにもたれかかる。
「マリー?どうしたの?」
目の前にいるセシリアの声が遠い……!今飲んだ珈琲を全部吐き戻しそうなほどに私は動揺している。
「セシリア、その、恋人でもないのにあぁいうことするなんて、ほ、本気じゃないっていう根拠は!?」
今、私の脳内で幸せだった記憶がガラガラと崩れてかけていた。サレオスがキスしてくれたのは本気じゃないからなの!?いや、でもあんなに優しい人が私のことを弄んだだけとは思えない……でもセシリアのいうことも一理あるような気がしてきたわ!
テーブルについた手が小刻みに震えている。
「根拠?そうね、まわりの話や私の経験上かしら?」
セシリアが色気たっぷりの笑みを私に向ける。なんてことなの!?恋愛マスターがこんなに近くにいたのね!?たくさん恋をしてきたのね!?
「セ、セシリアはこれまでそういう経験があると!?」
「んふふふ、やだマリーったら。こんなところじゃ言えないわとても」
あわわわわわ!すでに大人の階段を、というか制覇しているのね!?なんていうバイタリティ、なんていうアグレッシブな恋をする女性なの!?経験豊富なのね!
そういえばシーナも言ってたわ「結婚まで貞操を守ってる女は意外に少ない」って!騎士団でバイトしてそういう情報を仕入れてきたんだって言ってたもの。
「だからね、マリー。ちょっと手を握られたりキスされたりしても、本気にしちゃだめよ?男の人は好きでもない女にだって触れられるの、それは愛情表現とは違うわ。そのうち飽きてしまうの」
飽きる!?サレオスに飽きられるなんて絶対に嫌!生きていけない!
「ど、どうすれば本気になってもらえるのかしら?」
あぁ、恋愛マスターに本気の相談をしているわ私ったら!大人の階段を制覇したセシリアにこんな初歩的なことを聞いてもいいのかしら!?
私は縋るような目でセシリアを見つめた。
「そうねぇ、しばらく距離を置いたらどうかしら?男は追いたい生き物だから、とにかく逃げるのよ。わかった?マリー」
「逃げる……?」
「ええ、逃げるの。隣に座らない、話しかけない、接触しない」
「と、隣に座らない?やだなにその拷問。私、耐えられるかしら」
私が不安に染まっていると、立ち上がったセシリアが勢いよく私の両手を握りしめた。
「しっかりしてマリー!ここが正念場よ!」
「セシリア、私のためにそこまで応援してくれるなんてありがとう」
「当たり前じゃない!これからはフレデリック様に近づいちゃだめよ、逃げるのよ!」
ん?フレデリック様の話なんて今してないんだけれど。私が聞き逃したのかしら?でもセシリアの言うことは間違ってはいないわ。フレデリック様になんて弄ばれたくないもの。
私は力強く「うん」と頷いた。
そしてこの瞬間、タイミングを計ったかのように予鈴が鳴る。
「さぁ、行きましょうマリー!」
「ええ、がんばるわ!」
セシリアのアドバイスを受けてどうしたものかと悩んだものの、私はがんばって実践してみることにした。




