切ないお知らせ
2月上旬。そろそろ卒業式が近づき、学園内は準備で慌ただしい雰囲気に包まれていた。
「来年の今頃は、婚約式の準備で忙しいかもしれないね」
ーービリッ!
そんな恐ろしすぎる悪魔の予言に、思わず力が入ってしまってノートが破れた。サレオスが取っていない授業のときでよかった、物を粗末にする子と思われるところだったわ。
しかしフレデリック様の無自覚イケメン狂言はさらに続く。
「ねぇ、マリー。賭けをしないか」
「賭け?」
今度は何を言い出すんだと私はフレデリック様のきれいな顔を睨む。
「簡単なことだよ。一年待つといったが、それじゃあ卒業と同時に婚約発表ができないよね」
なんでこの人の頭の中では、もう婚約することになってる?まったく理解できない。
「だから、秋までにサレオスに#求婚__プロポーズ__#されなければ、諦めて私と婚約するっていうのはどう?」
「ええ!?」
私は驚きのあまり目を見開いた。そんなの圧倒的に私が不利だわ!
「もちろん、私がマリーに婚約を申し入れたことはサレオスに告げる。そのうえであいつがどうするか……マリーもはっきり知りたいだろう?」
なんておそろしいことを言うんだフレデリック様は!私は気絶しそうになってしまった。
「マリーがサレオスに求婚されれば私は諦める。どうかな?この賭けを」
「やりません」
「君にとってもいいとおも」
「やりません」
「賭けといっても互いに」
「やりません」
ギャンブルをする男は嫌いよ!しかも私を物のように巻き込むなんて最低!
「フレデリック様は私のことを、賭博場でやりとりされるコインか何かだとお思いですか?」
「いや、そんなつもりは」
「絶対にその賭けには乗りません!」
私が断固拒否したことにより、この提案は闇に葬られた。だいたいなんで私が賭けに乗ると思ったのかしら。狂言にもほどがあるわ。
そして今、授業終わりの放課後デートに誘ってきたフレデリック様から全力で逃げた私は、シーナとふたりでカフェテラスにいる。
先日、サレオスと一緒に目撃してしまったジニー先生のことを、やんわりと彼女に伝えるためだった。……自分で言っておいてアレだけれど、やんわりと伝えるって何!?
「クリームを乗せた紅茶っておいしいわよねぇ」
「そうね……」
シーナは、温かい紅茶の上にたっぷりと乗った生クリームをスプーンですくって口に運んだ。とても幸せそうな顔をしているわ。
「もうすぐバレンタインね」
「そうね……」
え、どのタイミングで言えばいいの?でも先延ばしにしても、と私はもうずっとこの思考を繰り返す。
うああああああ!どうする!?サレオスは「別に言わなくてもいいんじゃないか」なんて言っていたけれど、知っているのに黙っているなんてできない。
さっきからずっと珈琲を混ぜ続けている私を見て、シーナが明らかに不審がっている。そうよ、ミルクしか入れていないのに、何十回、いや何百回混ぜているのかしら、不自然よ私ってば。
「あの、マリー?」
「はひっ」
「何か話したいことがあるんじゃ……」
「ふぐっ!?」
――ガシャンッ!
私はまだ一口も飲んでいない珈琲のカップを倒しかける。シーナが慌てて両手でカップを支えてくれて、何とかこぼれずに済んだ。
「ご、ごめん」
「マリー、まさか」
シーナが両手で口元を覆って、目を見開いた。
「あなたまさかっ!」
「はい?」
「妊娠したんじゃないでしょうね!?」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
何言ってるのこの子はっ!?
顎が外れるかと思うくらいに口が開いてしまった。いけない、平常心を取り戻さなきゃ……!
「あははははは!そうよねぇマリーに限ってそんなことにならないわよねぇ!冗談よ冗談!」
「冗談でも言わないで!」
「も~、何か言いにくいことがあるのかなって思ったら、『もしかしてサレオス様ったらとうとう!?』って一瞬考えちゃったのよ~!」
「そんなことあるわけないじゃない!こっちに戻ってきた日からキスだってしてな……」
「へぇ~?そうなんだ。ダメねサレオス様も押しが足りないわね!」
ぐはっ!!!墓穴を掘った!自ら状況を暴露してしまった!!!
でもそうなの。ルレオードではあんなに……って思い出したら絶叫しそうだからもうダメだわ!
手をつないだり、ふいに触れてきたりはあるんだけれど、キスはしていないからその……いや、別にキスして欲しいとかじゃないから!私そんないつでもウェルカムみたいな軽い女じゃないから!!!
はっ!?しまった、暴走してしまったわ!今は私のことじゃなくてシーナのことよ!
「あのっ!私のことじゃなくてね!?ジニー先生なんだけれど」
「え?ジニー先生がどうかしたの?」
「ええっとね、その、こないだ見ちゃったのよ」
私は図書室で見てしまったことをシーナに話した。銀色の瞳が淋しそうに曇ってしまい、私はいたたまれない気持ちになった。
「そっか……」
「うん」
シーナは生クリームを紅茶の中に沈め、くるくるとスプーンでかき混ぜた。
「ごめんね、気を遣わせて。相手がまさか保健医さんだなんて思わなかったけれど、恋人がいるんじゃないかな~っていうのは何となく気づいてたのよ」
「ええ!?いつから!?」
「冬に研究室の掃除のアルバイトをしたときにね。嬉しそうに帰っていくときとか、妙に落ち込んでいるときとかあって。あぁ、恋人がいるのかなって思ったの」
ジニー先生ったらわかりやすい人だったのね。それともシーナが先生を好きでじっくり観察しているから、些細な変化がわかるのかしら?
「あぁ~、でもそうか~」
シーナがテーブルに肘をつき、組んだ手の甲の上に顎を乗せて急に投げやりに話し出した。
「タイプがねー違うわよねー私とはっ。やってらんないわぁ~。キラキラヒロイン系をみんなが好きとは限らないものね~。やんなっちゃうわー」
「まさかローザ先生ってね……セクシー系に陥落したんだって意外だった」
「ね!?あんなマジメな人が裏ではさー。保健医に手ぇ出しててっていうか出されてるのかよくわかんないけど!」
「なんかでも、何股かかけられてるのは気づいてたっぽいよ?」
「ええ~それもう絶対本気じゃないの。巨乳が好きなの?何なの?私もボタン全開で迫ればよかったの?」
「さすがにそれは…いきなり路線変更したら親が泣くよ?」
「そうよね~」
深いため息をついたシーナは、やけ食いだとケーキを注文して食べ始めた。
「どうするの?これから」
「う~ん。今はちょっとへこんでるから何も考えられないわ。じゃあ好きなのやめますってやっぱりできないし」
「うん……」
ジニー先生、目を覚まして!こんなにかわいくていい子があなたを好きですよ!
「も~そんな顔しないでっ!大丈夫よ、私だってマリーに負けないくらいストーカーなんだから!」
ん?なんで私がストーカーの親分みたいになってるのかしら?
「諦めないわよこんなことじゃ!別れるかもしれないし~、目が覚めるかもしれないし~?」
「うん!そうよね!?」
「そうよ!だからね、私のことよりマリーよ!」
「え!?私!?」
シーナは最後の一口を食べ終わり、ふふふっとかわいく笑った。
「サレオス様ともっと関係を深めないと!私がマリーにぴったりの本を見つけてあげるから!」
「ちょっとシーナ、一体何の本を私に読ませるつもり!?」
一転して元気とやる気を取り戻した目の前の美女は、まるでストレスを発散するかのように不敵な笑みを浮かべていた……。




