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悪役令嬢はシナリオを知らない(旧題:恋に生きる転生令嬢)※再掲載です  作者: 柊 一葉
未書籍化部分

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見てはいけないもの

私は今、画集をぺらぺらとめくっている。ロニーくんに運んでもらってまで借りた画集は結局どれもハズレで、また別の画集を探しに図書室に来ているのだ。

でも、正直言って、私は今、画集をめくっているだけ。まったく絵の内容が頭に入ってこない。


だって……!


「マリーは一体何を探しているんだ?」


真横から、というか真上からサレオスの低いイケボが耳に直撃する。そう、私たちは椅子に座っているの。でも、でもね。なぜひとつの椅子に、一緒に座っているのかしら!?


この椅子は一人掛けにしては大きいけれど、さすがに二人で並んで座るとかなり密着する!女の子ふたりなら余裕で座れるけれど、サレオスと私が座るとあまりにゼロ距離すぎた。


おかしいわ。一体なにが間違ってこうなったのかしら?




放課後になり、図書室に行くと伝えたら「一緒に行く」と言ってくれて。本当はセシリア様と一緒の予定だったんだけれど、サレオスを見た瞬間に彼女は怖がって「用事を思い出した」って帰っちゃったの。本当は優しい人なのに、誤解されているみたい。


それで二人で図書室に来て6階で画集を探していたんだけれど、サレオスがなぜか奥にあるひとり掛けのこの椅子に座ってしまって。ひとりで座りたい気分なのかしらと思って、私が他の椅子を探そうとしたら手を捕まれたの。


「どこに行く?ここに座ればいい」


平然と!平然と言ったのよこの天然キュン殺し犯がっ!!!一瞬どこか遠くの世界が見えた気がする、気絶してたんじゃないかしら私。肩なんて完全に重なってるし、これって大丈夫なの!?私がサレオスに寄りかかって画集を見ているように思われない!?


ここまでの回顧で脳内をフル稼働させていると、いつものイケボが耳に侵入してきた。


「マリー?何を探しているか聞いたんだが」


やだやだやめて!顔をのぞきこもうとしないでっ!絶対真っ赤になってるから!顔が熱いから!真夏くらい熱いから!


「何を探してるかって……?」


私はぎりぎりの精神状態で返事をする。


「あぁ」


今、私はあなたのイケメン攻めから逃れる方法を探しています、なんて言えるかぁ!


「その、ルレオードに似た街を探しているの」


「似た、とは?」


「ルレオードに行ったときに、似た街に来たことがあったなって思って」


シーナに話したように、昔見ただろう街を探したいという話をした。


「それを見つけて、どうする気だ?」


なんとなくとげのある声色をするサレオスに、私は不思議に思ってすぐ隣を見上げた。


いやぁぁぁ!顔が近い!ダメ!平常心、平常心!じゃないと私、抱きついちゃうかもしれないわ!

私はすぐに顔を画集に戻し、また意味もなくぺらぺらとめくり始めた。


「どうって、どうするつもりもないけれど……単純にどこだったかなぁと思って。あのっ、ほらあれよ、あれ。あれだから。気になるだけだから」


そう、あわよくば一緒に行きたいとか、新婚旅行で行きたいとか思っていないから。あ、そうだ。ルレオードに似た街なら、ルレオードの人に聞いた方が早いじゃない。ここにサレオスがいるんだから、画集をめくるよりは早く見つかるんじゃ?


「サレオス、知らない?」


私はつい期待を込めて、じっとサレオスの瞳を見つめた。


「……さぁな。ルレオードに似た街と言われても、トゥランの国内はわりとあんな感じだ。もっと具体的に覚えている建物や風景があればわかるかもしれないが」


う~ん。実物を見れば思い出すかもしれないけれど、あ、なんだったかな。私は必死で記憶を掘り返した。


「お城」


「城?」


「真っ白で、四角くて、湖の上に浮いている感じの、あれ?海だったかしら池だったかしら、とにかく水の上に浮いているように見える、すっごくきれいなお城とレンガづくりの街」


「思い当たらなくもないが、絵で描かれているかはわからないな」


ふと視線を画集にやったサレオスは、私の手に自分のそれを重ねて次のページをめくった。私は全身がビクッと跳ねる。


ぐっ……!こういう!こういう突然の触れ合いがもうダメなの!心臓が破裂する!


「マリー、なぜまた戻す!?」


キュン死にしかけている私は、動揺のあまりせっかくめくったページをまた前に戻してしまった。


「はっ!?ご、ごめんなさい!私なんだかおかしくて、暑くて死にそうというか」


私は画集をバタンと閉じ、両腕でぎゅうっと抱え込んだ。そのまま無言の時間からしばらく過ぎると、サレオスが私の髪を撫でて言った。


「熱はないようだが」


「ひうっ!?」


熱を測っているのか自分の額を私の頭に寄せてきた。

いやぁぁぁ!公共の場での過剰接触は無理ですー!


「ちょっ!お願い離れて……というか離れます!!!」


限界までキュンが飽和した私は、サレオスの腕を跳ね除けて、ここから抜け出そうと全力で立ち上がった。


そして全速力で画集のあった本棚に向かい、持っていた画集を差し込んだ。背伸びして腕を限界まで上げているのに、画集の端が棚に乗っかる程度にしかならないのが悔しい。

もたもたしていると、天然キュン殺し犯に背後をとられてしまった。


「まだこれ見ている途中だっただろう?」


「ひぐっ……!」


私の右手に重ねられたサレオスの手は、差し込もうとした画集をまたこちらに引き戻そうとした。


あなたは身長があるんだから、画集の上の方を持って!私の手に重ねないでっ!キュンが喉につっかえて、変な声が出たじゃないの!!!


「もう、いいの……!」


私の力、というよりも身長ではサレオスに逆らって画集を差し込むのは無理だわ。誰か脚立という道具をください!キョロキョロしてみたけれど、周囲に脚立らしきものはない。


「あぁ、背が足りないのか」


そういうと優しさが裏目に出た彼は、私のウエストを支えてひょいっと持ち上げ、本棚に届くようにしてくれる。


「なっ……!?」


ひぃぃぃ!脚がぷらぷらしてるー!びっくりして画集が手から滑り落ちる。サレオスは私を下ろすと、床に落ちたそれを拾ってくれた。


「あ、ありがとう……」


手渡されたものを見つめるも、これってまたさっきの繰り返しになるんじゃと嫌な予感がした。おそるおそる黒髪の王子様を見上げると、口元を押さえて笑いを堪えていた。


笑ってる!散々私をキュン死に寸前まで追い詰めておいて、笑ってるー!!!


価値観が違いすぎる!私がこんなにドキドキして死にそうなのに、まったくもって動揺してない。


悔しくなった私は、どうにかして手の届く位置に画集を挿しこもうと、すでに詰まっている目の前の本を無理やり圧縮してスペースを空けた。そして目的を達成したと思ったら、今度は頭の横にサレオスの腕がスッと伸びてきてびっくりしてしまう。


何だろうこの感じ、壁ドンならぬ本棚ドンみたいな……。背後にぴったり立たれてしまうと、ものすごく緊張する!

どうしよう気絶するかも。フレデリック様だと無になれるのに、サレオスが真後ろにいるって思うと頭に熱が集まって倒れそうだわ!


「ひ、人が来たら」


「ん?」


私が逃げればいいんだろうけれど、身体が硬直して一歩も動けない……!サレオスから離れてもらうしかない!


でも彼はまったくどこかに行く様子もなく、本棚にある別の本を引き抜いては見て、引き抜いては見てを繰り返している。しかもいつの間にか、左腕が私の首元に回っていて逃げられないようになっていた。


はぅ……!後ろからのハグに近い状態ではないかしら!?前みたいに技をかけられて首が締まる感じじゃないわ!


うぐぅぅぅぅ!ドキドキして死にそう。胸の前で抱えた画集を、潰しそうになる。でもサレオスは全く動揺していない。いつも通り飄々と自由に行動しているわ……!


「サレオス」


「なんだ」


「なんだじゃなくて!人が、来たら、困る」


「こんなくだらない本しかないところに、絶対に誰も来ない」


「私のお気に入りの歴史書があるんですけど!?このコーナー!」


あまりの言われように、私は図書室だということは忘れて、声を上げて喚いてしまった。恥ずかしいやらキュンとくるやら、もう何が何だか……!余裕で対応できない自分に腹が立ってきたわ。


「うう~……」


この密着状態に耐えられるほど、私は強くないのよ!お祈りポーズで、ただひたすらにドキドキに耐える。これ今何の時間なの!?ご褒美ですか!?フレデリック疲労がたまった私へのご褒美ですか!?


そろそろキュンの限界かと思っていたころ、サレオスが急に手のひらで私の口元を押さえた。


「んっ!?」


(今度は何!?)


半泣きでゆっくりとサレオスの方を振り返れば、彼の視線は本の隙間から見える階段へ向けられていた。この本棚は背板がないから、本が入っていないところは向こう側が見える。


(ん?)


私はジェスチャーで、「しゃべらないから離して!」と伝えた。手を下ろすと、サレオスは私の手を引き、別の大きな本棚の後ろに移動して身を隠した。するとすぐに、誰かが歩いてくる足音がした。カツカツと高く鳴るのはヒールの音。それに重たい革靴の、低い足音もする。


私はサレオスと一緒に、本棚の陰にそっと身を隠すようにして立った。


あれ?なんで隠れているの?何かいけないことでも……してた!多分してた!なんか不必要に密着していたもの!どうしよう、顔が熱いわ。私は頬を両手で押さえ、必死で熱を冷まそうとする。


「ここなら誰もこないわ」


どこかで聞いたこの声……って、保健医のローザ先生!?


「もうこんなこと、やめにしないか?」


あれ?あの人……ジニー先生だ!なんで!?


二人は親しい関係なのか、その距離はとても近い。ローザ先生がその白くて華奢な手を、ジニー先生の腕に添えるようにして触れていることからも、ただの同僚とは思えない。


「んふふ、あなただって納得してたじゃない。嫌なら別れる?」


えええええ!!!この二人付き合ってたの!?でもローザ先生って一人じゃ満足できないとか何とか言ってなかったっけ?


私は動揺のあまり、口元を押さえてオロオロしてしまう。どうしよう、盗み聞きになっちゃってるわ!


「ひどいこと言うんだな。こんなに君を愛しているのに」


いやぁぁぁ!!!シーナ!ごめんなさい!私が謝るのも変だけれどなんかごめんなさい!!!


本棚の陰からのぞいている私たちには気づかず、二人は抱き合って濃厚なキスを始めてしまった。


おふっ……初めて人様のキスを目撃したわ。これって見てもいいのかしら。いや、ダメよね!?


私はくるっと背を向けた。これ以上、見ちゃいられないわ!とにかく二人がいなくなるまで、ここでひっそりと、と思っていたらとうとうイケナイことが起こり始める気配がした。


「あなたのことも気に入っているのよ」


「そんなこと聞きたくない」


あわわわわ!こっちが聞きたくない!見たくない!私には刺激が強すぎるー!!!


私が大パニックを起こしていると、階段の向こう側からバサバサっと本が崩れる音がした。


「何!?」


ローザ先生たちは、その音に気づいて慌てて走り去る。やはり見られてはいけないという自覚はあったのね。こんな公共性の高い場所で大胆なことをいたしていたのに……。


二人が去ってしまえば、またこのフロアに静寂が戻った。


はっ!?サレオス?


私が見上げると、ふっと笑っていた。


「あっちの本棚を魔法で崩した。人がいたと勘違いして逃げてくれたな」


「あ、ありがとう」


あぁ、よかった。もうほんと、図書室であれこれするのはやめてほしい。アリソンといい、ここってそういうスポットなの?巡回を強化してもらいたいわ。


「別の画集でも、借りるか?」


私がほっとして息をついていると、サレオスが尋ねてきた。一気に疲れてしまった私は「また今度にする」と答えた。


「そうか。ここに来るときはひとりで来ないようにしろ。俺やクレアーナたちと一緒じゃないと危ない」


「うん……そうする」


返事をしてから気づいた。ん?ひとりで来ちゃ危ない図書室って一体何?


とにかくもう今日は帰ろう、そう思った私はサレオスの後について階段の方へと向かう。そして。私は今日見たことを、シーナに伝えるべきかどうかを悩みながら寮へと帰っていった。


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