ご報告
ディックホルムに向かう馬車の中、私はクレちゃんと二人きりで仲良くおしゃべりをしていた。
ヴィーくんとエリーはお砂糖爆弾の凝縮した話を聞きたくなくて、御者席へ行ってしまった。御者を別の馬車に追いやってまで……。
「卒業する来年の春に、結婚式を挙げることになったの」
どこか押し切られた感たっぷりに、でも幸せそうにクレちゃんが報告してくれた。すでに叔父様からミルドワード伯爵家には婚約申込書などの一式が届けられているらしく、婚約のための贈呈品(日本でいう結納の品みたいなもの)もばっちり納められているそうな。仕事が早すぎて震えるレベルだわ。
ちなみに結婚指輪ならぬ結婚腕輪は、街でサレオスに連れられて行ったあの美術館みたいなジュエリーショップで発注済み。約一年がかりで制作されて、お値段はなんと王都のお邸一軒分くらいだとか……。叔父様の愛とこだわりに、私とクレちゃんは正直言ってちょっと引いている。
「おめでとう!あぁ、クレちゃんが公爵夫人になるのね……結婚式が楽しみだわ!」
胸に手を当てて感動に打ち震える私を見て、クレちゃんがふふっと穏やかに笑っている。あぁ、本当に幸せそうだわ。叔父様のごり押し感はあるけれど、無事に結婚が決まって何よりね!
私は婚約式や結婚式のドレスを想像して、妄想の旅がなかなか終わらない。ああ、婚約と結婚のお祝いを今から考えなくては。きっと素敵な新婚生活になるわ、と思っているとにやけた口元が収まらない。
「マリー様、それでね。大事なのはここからよ」
クレちゃんがコホンと咳ばらいをして、急に真面目な話をしだした。
「私たちが来年の春に結婚するということは、それと同時にサレオス様はテーザ様の籍に養子として入ることになるわ。と、いうことはマリー様と結婚できるということなの」
「け、結婚!?いきなり!?」
私は動揺して手に持っていたキャンディの缶を落としそうになる。クレちゃんは私の手を支えながら、じっと私の目を見て頷いた。
「そうよ、だってテーザ様と結婚すると私はルレオードに住むことになるわ。そうなるとマリー様と離れ離れになっちゃう。それはイヤよ!」
「えええ、私もイヤ!」
「となると、卒業前にはサレオス様とマリー様が婚約をして、卒業と同時にルレオードに移住するのがベストなの」
「そうね、私は結婚できるならいつでもいいし、何十年でも待つ自信はあるけれど、でもクレちゃんと一緒にルレオードに行きたいわ」
「でしょう!?だからマリー様、何としてでもサレオス様に求婚してもらわないと!」
「きゅっ、求婚!?だ、大丈夫かしら。まったく想像できないんだけれど……」
あの無表情なサレオスが求婚してくれるのかしら?一体どんな風に?あぁ、妄想だけでも幸せで死にそうだわ!
『マリー、愛してるよ。結婚しよう』
いやぁぁぁ!!!まさかそんな、愛してるなんてそんな言葉がサレオスから飛び出すとかありえるの!?そんなこと言われたらキュン死にするわ!
はっ!?でもそういうのなしのパターンもありえるわね。合理的で冷静な人だもの。そうなると……
『マリー、互いの利益と国益を考慮した結果、俺たちの結婚はそれなりに合理性のあるものだと考えられた。運命の恋ではないがそれなりには好きだ。だから俺の妻になってくれ』
……何かしらこの、キュンが目減りする感じ。あぁ、でももしこんな政略結婚でもサレオスが相手なら絶対に受けてしまう自分がおそろしいわ。むしろ利益を口実に、すぐに書類を提出させてしまいそう。
「ええっと、マリー様そろそろ妄想から帰ってきてもらってもいいかしら?」
正面に座るクレちゃんが、にこやかに微笑みながら尋ねてきた。しまった、待っていてくれたのね!?優しいわ私の女神さまは!
「私とテーザ様は、イリスさんと共謀、じゃなかった協力してテルフォード家の許可をとることを最優先にするわ」
クレちゃんの言葉に、私はある疑問が浮かんだ。
「ねぇ、どうして叔父様は私の味方をしてくれるの?まぁ私って言うよりもクレちゃんなんだろうけれど」
叔父様的には別に私じゃなくてもいいのでは、と思ったのよ。
「テーザ様はあくまで『サレオスの好きにしたらいいよ』という立ち位置よ。それに自分が結婚してすぐにサレオス様とマリー様が結婚すれば、公爵の仕事をサレオス様に任せて隠居できるんじゃないかってもくろんでるみたい」
「隠居!?まだ20代なのに!?早くない?」
「隠居って言ってもおじいちゃんみたいな暮らしをするわけじゃないわよ。私だって領地経営があるし」
「よくわからないけれど、要はサレオスに早く結婚して欲しいってこと?」
「ふふふ、そういうことね簡単にいえば」
「わ、わかった。がんばる!」
「いい?マリー様はこれまで通り、サレオス様のそばから離れちゃだめよ?一緒にさえいれば、もうあとはサレオス様の理性が木っ端みじんになるのを待てばいいだけなんだから」
ちょっと待って、どういう理屈!?一緒にさえいればいいってそんなスマートな恋愛模様あるの?クレちゃんは私を転生させた神様が、恋愛ハードモードの神だって気づいていないのかしら?
私が狼狽えているうちに、クレちゃんは拳を握りしめて気合いをいれている。
「大丈夫よ!マリー様は今まで通りでいいから!ただサレオス様を好きでいればいいから!」
「ほ、本当に?都合のいい女を脱却できるかしら……?」
「ええ、マリー様の中でどういう位置づけかはわからないけれど、あなたは都合のいい女ではないわ、むしろ思い通りにならない女よ!」
「……それってどういう」
「ふふふ、楽しみだわ。絶対にマリー様を私の#娘__かぞく__#にしてみせるんだから!」
おおっ、クレちゃんが燃えているわ!私はとにかく女神であり賢者であり参謀であり……頼もしい親友にすべてを任せることにした。両手を握り合い、ただただ「うん」と何度も頷き合っていた。
冬休み終盤、クレちゃんと別れてテルフォード家に帰ると家族が私を出迎えてくれた。お父様は涙ながらに喜んでくれて、まるで死地から生還したような大袈裟な再会となった。
「マリー!よくぞ帰ってきてくれた!ああああ、何もされなかったかい?サレオス殿下はちゃんと適切な距離を保ってくれたか!?」
私を抱きしめてぐりぐりと頬ずりするお父様は、親バカの化身だった。
「ええ、大丈夫ですよお父様!ちゃんと(私にとって)適切な距離を保ってくれました」
そう言って笑う私を見て、お母様は完全にすべてわかっているかのような美しい笑みを浮かべていた。
「マリーちゃん、よかったわね!大事にしてもらえたみたいで……ようやく一歩前進したわね!」
うん、これだいたい知ってるね、なんで!?私に盗聴器でもついてるのかしら……?
「お姉様!ルレオードはどんなところでした?早くお話を聞かせてくださいませ!」
あぁ、エレーナったら完全に私と背が並んでいるわね。成長にお姉様はびっくりよ。
かわいいエプロンワンピースのお土産をエレーナに渡すととても喜んでくれた。レヴィンにはお菓子やタイを買ってきたけれど、部屋に篭っていたので会っていない。久しぶりに姉が帰ってきたというのに、夕食にも顔を見せないなんて反抗期にもほどがある。
「最近は生存確認として、朝方に弓を撃ち込むようにしてるんですが……」
エレーナがかわいく首を傾げながら笑っていたけれど、とうとうこの子までお母様に似てきたかと思って愕然としたわ。
え、何やってるの?この 弟妹は。
あぁ、エレーナはお土産のメルヘンラブリーなワンピースをさっそく着てくれているけれど、発言が怖すぎる。将来が心配だわ……。
「ふふっ。魔法で弓を弾く音がするので、生きていると思いますよ?」
「エレーナ、ほかの方法を考えてちょうだい」
「え?大丈夫ですよ?私の魔法の矢は、扉もガラスもすり抜けます。何も壊してませんよ?」
うん、あなた兄を壊すところだからね?まずそこに気づこうか。
「エレーナ、違う。そうじゃない。とにかく弓矢じゃなくて、何か穏便で安全な方法に変えてくれないかしら?」
「お姉様は心配性ですね。わかりました」
まだ素直なところは救いようがあるわ。どうかレヴィンのように曲がりくねらないで、いい子のまま育ってほしい。
「あなたたちは心配性ねぇ。男には篭って魔法道具をつくりたくなるときくらいあるわよ。大丈夫よ」
お母様はやはりお母様だった。魔法道具ってプラモデル感覚なの?家族間の価値観が違いすぎる。
その後あっという間に数日が経ち、私は慌ただしく学園の寮に戻ってきた。まだクレちゃんもサレオスも戻っていないみたい。
アイちゃんとシーナと一緒にカフェでおしゃべりして、久しぶりの再会にとても盛り上がったわ。
「はい!これ、クレちゃんと私たちで四人のお揃いなの!」
私はルレオードで見つけたお守りブレスレットを二人に渡した。
「アイちゃんには、執筆のときに原稿の重りにもなるペーパーウェイト兼の家内安全!シーナには、傾国の美女も買っていったという、金運プラス恋愛運守りです!」
「マ、マリー様、これ重すぎます。手首につけたら腱鞘炎間違いなしですわ!」
あれ、アイちゃんがブレスレットを持って困惑している。買ったときは良いかなって思ったんだけど、やっぱりブレスレットにするのは無理があったかしら。
「ご、ごめん、部屋で使って?ブレスレットじゃなく……」
旅先で盛り上がって、絶対にいらないものを買ってしまうパターンだったかも。ごめんアイちゃん!
サレオスは合理的でいいんじゃないかって言ってくれたけど、どうやら私たちにお土産を選ぶセンスはないらしい。
シーナはすでに手首につけて、嬉しそうにしている。
「ねぇ、傾国の美女って自分で買い物する!?売り文句が嘘くさすぎて何だか楽しいわね、このブレスレット!」
はっ!言われてみればそうだわ!サレオス曰く、石自体に魔力が付属してるから紛い物だとも言い切れない微妙なラインだって言ってたけど……。効果あるのかしら?
まぁ、結果的には二人ともお土産をとても喜んでくれて嬉しかったからよしとしよう!
冬休み、シーナはジニー先生の研究室の掃除や片付けのアルバイトをしたらしいけれど、相変わらず進展がないと嘆いている。「やっぱり生徒に手を出すような先生じゃありませんのねぇ」と、アイちゃんが残念そうにしていた。
アイちゃんはというと、ジュールとたまに食事をしたり、本を読んだり書いたりして過ごしていたらしい。なんと実家にジュールを招待して、家族ぐるみで囲い込みに入っていると笑っていた。
私はさすがに、カフェという公衆の場では何もかもを話すことができず、でも察知したシーナとアイちゃんにニヤニヤされた。
「うふふふ……。婚約が楽しみね!」
シーナはまたもや悪い顔をしている。でもやっぱりハンパなくかわいい。アイちゃんはなぜか後半、「おめでとうございます!」と言って泣いていた。
「いやいやいや、泣かないでアイちゃん!早いから、シーナも婚約だなんてまだまだ道のりは遠いから!」
私は慌てて二人に訂正した。婚約なんて何の話も出ていないし、そもそも好きだとも言われなかったことを……!
それを聞いたシーナが眉根を寄せて、不服そうに口を尖らせる。
「ええ~もーなんで!?好きって言えばいいじゃない、サレオス様は何をグズグズしてるのよ。まずはお見合いの件を全部片付けないとって思ってるわけ?それとも言わなくてもわかるって思ってるの?これだからイケメンは困るのよ!」
それ、イケメン関係ある?私は首を傾げた。そこへアイちゃんがずいっと身を乗り出して、目をキラキラさせて尋ねた。
「マリー様マリー様!キュン死にしかけて気絶するってどんな感じなんですの!?ぜひ私の作品に活かしたいですわ!」
おおっ、アイちゃんが本気だ!取材モードに入っている!
「どんな感じと言われても……途中から頭の中でブチブチ何かが切れる音が聴こえていたわ!全身がアツくて蒸発するかと思った」
私があのときのことを思い出して説明すると、シーナが冷静にツッコミをいれる。
「やだマリー、もっとかわいい表現はないの?幸せで蕩けそうだった~とか!」
「うーん、蕩けるとかはなかったかな。とにかくブチブチいってたわ。キュンが脳の血管に詰まって破裂したんだと思うの!」
あれ、何だろう。私はありのままを伝えているのに、女子二名がまったく共感も賛同もしてくれない。
その後も私が一生懸命に説明するも、最終的に「クレちゃんに聞こうか」という結論に至った。
私は絶対、かわいい表現を身につけようと決めた。
 




