運命の出会い
入学式の日、薄紅色の桜の花びらがあたり一面に舞っていた。
私がマリーウェルザ・テルフォードとしてこの世界に生まれ変わって十五年と少し。
前世で日本人だった頃は桜なんて毎年咲いて当たり前だったけれど、あらためて見るとやっぱり桜ってきれい。
またこんなに美しい景色を見られるなんて、神様に感謝しなきゃね、会ったことはないけれど。
降ってくる花びらを手のひらに集めながら、私は学園の中庭を奥へ奥へと歩いていった。少し強い風にあおられて、プラチナブロンドの髪が大きく揺れる。
入学式が始まる時間までにはまだ余裕があり、私はすっかり桜の花に魅せられて鼻歌でも歌いだしそうなくらい。ただ、丈が短めのボレロにクリーム色のワンピースというお上品すぎる制服は汚さないように気を付けなければ。貴族のお嬢様は、優雅で美しくなければいけないらしい。
しばらく行くと、一段と大きな桜の木の前に人影を見つけた。
制服姿の男の子だ。
近づいていったのはほんの興味本位だった。ところが彼の姿をしっかり目に捉えると、一瞬にして目を奪われてしまう。
そこにいたのは、この異世界に転生してから初めてみた黒髪の男の子だった。
ひらひらと舞うさくら色と鈍く光る漆黒の髪、目に飛び込んできたそれはあまりに映える光景で。
「……懐かしい」
無意識に言葉が零れる。
肩ほどに伸びた黒髪は、銀色の髪紐でひとつに纏められている。真新しい制服だから、私と同じ入学生だ。私よりずっと背が高く、後ろ姿なのに絶対にイケメンだとわかる雰囲気だわ!
あ、うん、もちろん前世にイケメンの友達なんていないわよ?
でも黒髪に桜っていうシチュエーションが、私にはとても感動的で懐かしくて。つい彼の姿をぼんやりと眺めてしまった。
彼は、私の突然の呟きに反応してゆっくりと振り返る。
「あ……」
なんてきれいな顔立ちなの!? 艶やかな黒髪に、吸い込まれそうな濃紺の瞳、そしてスッと通った鼻筋。十代とは思えない大人っぽい雰囲気で、ちょっと儚げなところがまたいい。
私の姿をとらえて、彼の瞳がわずかに揺れた。
(青いタイ……同じ一年生だわ)
どうしよう、知らない人に「懐かしい」って言ってしまった。どう弁解したらいいの!?
そこから動けずにいる私は、白金の髪が風でさらりと流れ頬にかかるのもはらえない。じっと視線を合わせたまま、彼は何も言わずにゆっくりと近づいてきた。
うわぁ……そばで見ると背が高い。百八十センチ近くあるのかな。
視線は鋭く、冷たそうだけれど大きくてきれいな瞳……って、あれ、警戒されている?
「誰だ」
怪しむように目を細めた彼は、私の正面に立つとまっすぐにこちらを見下ろしてそう言った。
おもいっきりイケボだった! 子宮に直撃するっていう感じかしら、身体にズドンと響く美しい低音ボイスに愕然となる。耳に届いた低い声があまりに心地よく、私は返事をするのも忘れて立ち尽くす。
「……」
「どうした?」
茫然とする私を不審に思った彼から生存確認が入る。その顔は困っているようにも見えた。
あああ、やっぱり黒髪っていい、懐かしすぎる。
「あ、あの……ごめんなさい! つい懐かしくて見惚れてしまって」
狼狽える私を怒るでもなくじっと見つめる濃紺の瞳。
うわぁぁぁ、そんなにじっと見つめられると心臓が保たない! 「うぐっ」って変な声が出そうになった。
「懐かしい? それはどういう……」
彼は何かを思い出そうとするかのように、私のことをさらにじっと見つめる。
困った。濃紺の瞳が私にまっすぐと向けられていて、ますます動けなくなってしまう。
でも今さら言えない、懐かしいのは黒髪と桜の花だなんてこと。前世の日本が、とか言い出したら頭のおかしい子だと思われそう。
じっと見つめ合うだけで、時間だけが過ぎていく。ここはもう、逃げるしかない。
「入学式があるので失礼します! すみませんでした!」
まだ時間には余裕があるのに、私は踵を返して猛スピードで走りだした。顔に集まる熱を何とかしようと、手の甲を頬にあてて冷やそうとする。
あああ、何あの子、凛々しい王子様みたいだった! 胸が一瞬でキュンってなって、ほんのわずかな時間しか見つめなかったのに、まだドキドキが収まらない。
たくさんの生徒がいるロビーまでやってきて、私は壁に手をついて立ち止まり、もう一度彼の顔を思い出す。
あれは一体、誰? 胸の奥がざわざわして落ち着かない。
はっ!? もしかしてこれが運命の出会い!?
いやいや、そんな都合のいいことは……でも恋をするなら、あの人がいい。
平凡な学園生活を送る中で、少しずつ仲良くなって恋人同士になって、将来を誓い合うの。
あああ、どんどん理想と妄想が膨らんでいく。今、一瞬でプロポーズまで妄想した。
やばい、止まらない。これはもう運命の出会いだと思い込もう!
でもこのときはまだ知らなかった。
私を転生させた神様が、恋愛ハードモードな神様だってことを。