1円
それは、ある日の仕事帰りのことだった。俺はその日、仕事のことでひどくイラついていた。
「クッソ、あの主任!自分がやらかしたくせに、俺に責任全部なすりつけやがって!ああ、ムシャクシャするっ!!」
あまりにもイライラしすぎて、その辺の電柱や壁を蹴飛ばしていた、時。
「…お?何か落ちてる。金か?」
蹴りを入れようとした電柱の側に、キラリと光るものが落ちていた。その光るものを拾うとそれは…
「チッ、1円かよ!こんなの腹の足しにもなんねーよ!!」
俺はその拾った1円を思い切り道に叩きつけ、革靴でグリグリと踏みつけた。
「せめてそこは100円だろ。1円とか金じゃねーよ!」
その踏みつけた1円にペッと唾を吐き、舌打ちしながらその場から離れた。
◼◼◼◼
翌日の朝。出勤時にあの1円があった電柱側を通ったが、その1円は無くなっていた。
「唾吐いたあの1円を持っていったやつがいるのかな?きっしょ!」
そう思いながら、俺は会社へと向かった。
そして、その日の夜。
仕事帰りに例の電柱側を通ると、昨日俺が1円を叩きつけた場所にまた1円が落ちていた。
「また1円かよ~。いらねーって言ってんだろ!?」
俺は落ちてる1円をまた革靴で踏みつけ、暴言を吐いた。
「チッ!どこのどいつがボロボロボロボロ1円なんて落としてるんだか。いや、邪魔臭くて捨ててんのかな?1円なんて何の価値もねーもんな」
そう言いながら、俺はその1円を石蹴りのように蹴りながら家に向かった。けど、その途中の下水の穴にぽちゃんと1円を落としてしまい「まあいいか」と言って、俺はそのまま家に帰った。
それから次の日。また、次の日の仕事帰りの時にも、1円はいつもの電柱の側に何故か1枚だけ落ちていた。俺はその1円を見つける度に「また落ちてやがる」と舌打ちをして、途中の道まで足で蹴って帰った。
そんな日が4日ほど続いた頃。
「…やっぱ今日も1円が落ちてやがる。さすがに毎日、おんなじところに1円が落ちてるのは気味わりぃな…」
その日の仕事帰りにも、いつもの電柱側に1円が落ちていた。気味が悪くなってきた俺は、その1円には何もせず家へと向かって歩いた。
すると。
「うわ、また1円が落ちてやがる…」
少し歩いたところにまた1円が落ちていた。俺は謎の恐怖を感じ、その1円を無視して早足で歩いた。だが、また少ししたところにも1円。また少ししたところにも1円。また1円…
1円…
1円1円1円…
1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円1円
「うわあああああああ!!!!」
まるで1円たちが俺のことを追いかけるように、俺が進む先に何十枚何百枚何千枚何万枚と1円が落ちていた。俺は怯えながらその1円たちから逃げるようにして走るが、なにかを踏み、ずるっと思い切り道の真ん中で転んだ。
「くそ!こんな時に何だ─よ…」
体を起こしながら、俺は踏んだものを睨むようにして足元を見た。すると─
じゃらっ…
「ひいっ!?な…何だよこれ!!!?」
狭い住宅街の道に、敷き詰められるようにして1円が並んでいた。俺の走ってきた道から、俺が帰る道までびっしりと。
「も、もう勘弁してくれぇっ…」
俺が声と体を震わせながら立ち上がろうとした、時。1円が束になり手の形のようになると、俺の足を捕まえて再び転ばせた。
すると、目の前の道にびっしりと敷き詰められた1円たちが、まるで海のように大きな波を作り、じゃらじゃらと音をたてながら俺の方に向かってきた。
「すみませんすみません、俺が悪かったです。だから許し───」
じゃらじゃらじゃらっ!!!!!
『速報です。昨夜9時頃、○○県○○市の住宅街で、男性の変死体が発見されました。男性の遺体の口内に何故か大量の1円が詰め込まれており、死因はその詰め込まれた1円により窒息死したかと思われ───』