3. 恋愛
男は、供物台に載せられた2つの宝玉を、壇上の女に掲げた。
『転生』と『時間跳躍』だ。
その姿に、女は満足そうな、妖艶な笑みを浮かべる。
「あと残すは、『酒池肉林』であるな?」
「左様でございます。『酒池肉林』、またの名が『幼馴染』『隷属少女』と呼ばれる宝玉にございます。」
「ほう。」
女は、期待に熱を帯びた吐息をつく。
「して、その宝玉は何処に?」
「はっ、目星はついているのですが。」
言葉の歯切れが悪い。
「『時の流れ』という大渓谷の向こうにありまして。
その渓谷は、年月を重ねるごとに、広大に、さらには深くなっているようでございます。」
「なんと。それは厄介な。」
口に手を当て、暫し思案を巡らす。
「遥か東に霊山がある。その麓に、この世の森羅万象を知る、仙人が棲んでおると。」
呟くように女が言った。
男にとって、それは勅命に他ならなかった。
◆
選抜した数十名の強者は、その道半ばに命を落とし、霊山に辿り着いたのは、男たった一人だった。
手持ちの荷物も捨て、残ったのは刃の欠けた剣だけだった。
「よく来たの。」
洞穴に棲む仙人は、囲炉裏に手を当てながら、朗らかに言った。
その声に、身構えていた男の緊張の糸は切れ、力の抜けた身体の重さに堪え切れず、崩れるようにその場に座り込んだ。
「老師、教えていただきたい。『時の流れ』の大渓谷を越える術を。」
少し休んで落ち着いた男は言った。
「そうさのう。」
蓄えた白髭を撫でつけながら、仙人は答えた。
「方法はひとつ。諦めることじゃ。」
その予想外の、気の抜けた答えに、男は呆然とした。
「あきらめる?」
「そう。『時の流れ』は、これからその姿をどう変えるか、予想がつかん。
もしかしたら、広がり続けるかもしれんし、昔みたいに橋の架けられるくらいに狭まるかもしれん。
そもそも、そんな長い間、人間、生きてはおれん。」
囲炉裏の火を整えながら仙人は言う。
男は、仙人の言葉を理解することはできた。
しかし、決してそれを受け容れることはできなかった。
「俺は。
俺は、『時の流れ』を越えなければならない! 最後の宝玉を手に入れなければならない! これは、我が主君のため! これまで失ってきた仲間の命に報いるため! そして、我が運命に決着をつけるために!」
残響のなか、仙人は囲炉裏を見つめている。
「宝玉なら、方法はある。」
うなだれていた男は、顔を上げた。
「『時代の流れ』の対岸にあるという『酒池肉林』は無理じゃが、代わりになる宝玉は存在する。それは、『親愛』じゃ。」
「親愛……」
「そうじゃ。
一方的ではなく、互いを思う、はっきりとしない、もっと曖昧なもの。
一方的なら、『酒池肉林』の対をなす『BL』の宝玉もあるが、それについてはよく知らん。
とにかく、『親愛』を捜し求めるのじゃ。」
これからのことはわからないが、男は、首皮一枚残った心地がした。
「それで、老師、その『親愛』は?」
その問いかけに仙人は、困った様子で首を捻った。
「さあ。なにせ、曖昧じゃからのう。」