私の夢
私の夢
人にはそれぞれ夢があると云う 私にも一つの夢がある それは妄想と
云えるかも知れないが・・・ 色々悩んだが勇気を出して
ひとつの小説として表現出来たらと思い ここに筆を残す
ある夏の日 柴又帝釈天参道商店街の中にカフェ「くるまや」がある
何人かの観光客が涼を求めてだろう席についていた「お待たせしました
レモンスカッシュです」店員さんは慣れた手つきでお客様に接していた
「ええ 前はここは団子屋でした 経営者は同じですが」
昔からの客なのだろう話が弾んでいた そんな折 店のドアが開き
初老の人が入って来た「すみません 救急車を呼んでくれませんか」
そう云うなり崩れてしまった 店は騒然となり店員さんは 奥に走って
声を掛けた「さくらさん 大変です」「救急車を呼んで」 そんな中
客の男性が声を掛けた「私は医者です」そう云うと倒れた人の側に行き
脈を測り周りの人に指示を出して人工呼吸を施した
それは救急車が来るまで続けられた その甲斐があって意識を
取り戻して病院に運ばれた「本当にありがとうございました 何とお礼を
云っていいのやら...」さくらは深々と頭を下げた
「いえ 医者としての務めですから...」「ここでは何ですから...
奥で冷たいものでも...」「あけみちゃんお願いね」 店員さんに声を
掛けて 男性を奥に案内した 「ここは昔のままの家なんで...」
「あなたに合うかどうか...」さくらは和式机の上座に座布団を敷いて
「どうぞ」と促した 「恐縮です...] 男性は答えて 云われたままそこに
座った まもなく店員さんがおしぼりと冷たい水を用意して持って来た
「メロンはお好きですか? 美味しいコーヒーがありますので」
男性の嗜好などを尋ねて店に戻った 「どうぞ くつろいで下さい」
さくらは改めてそう云った 男性はメガネを外しておしぼりで顔を拭いた
その時 さくらはハッとして「えっ お兄ちゃん?」 思わずつぶやいた
「何か私の顔に?」男性は驚いて尋ねた 「いえ ちょっと知り合いと
似てましたので...」「びっくりさせてごめんなさい」
さくらは落ち着いて答えた 「こちらには観光で?」「ええ まあ...」
「差し支えなかったら どちらからですか?」「丹後からです」
「京都の?」「ええ へんぴな所ですが...」「京都でも海の方ですね
一度行って見たいと思ってる処だわ」「ええ ぜひいらして下さい
町では一生懸命PRに力を入れてます」 男性はリラックス出来たのか
丹後の見所などを話し始めた その間に冷たいメロンと香ばしい匂いの
するコーヒーなどが机に並べられた それからどの位時間が経ったの
だろうか 男性は意を決したように口を開いた 「失礼ですが
さくらさんですか?」「ええ そうです おばあちゃんですけどね」
「あら あなたのお名前は?」「○○と言います」
「唐突ですが ○○かがりと言うこの女性を知ってますか?」
カバンから一枚の写真を取り出した その写真を見て さくらは
「かがりさんとは昔ここで会った気がするわ それが何か?」
「かがりは私の母です これから話すことは大変失礼なことかと
思います...」「実は母は去年の4月に亡くなりました」
「気持ちの整理が出来た頃に故人の遺品の整理も始めたんです」
「すると母の日記帳が出てきたので 私が生まれた年の前後の
日記を読んで見たんです」「私は物心が付いた時から自分の出自が
分からなかったんです」「それはお気の毒に.」さくらは自分たちの
境遇も重ねて心からそう云った「機会ある毎に母に尋ねても
事情があって一緒になれなかったと云うばかりでした」
「それが日記には信じられない事が書かれてあったんです」
「その晩 寅さんと言う人が泊まる羽目になり一緒にお酒を..」
「そして母は酔って寝ているその人のお情けを頂いたと..」
それを聞いたさくらは心臓がドキドキ高鳴るのを感じながら
恐る恐る尋ねた「それじゃ あなたは兄の...?」
「いえ それが正しいのか分かりません」「何度読み返してもその人とは
その一回限りでした」「日記にさくらさんのお名前とここの住所が
書いてありましたので ただ訪ねてみただけです」「まさかこんな
ハプニングが起こるなんて...」 男性はしみじみそう云った
しばらくさくらは声を出さず懸命に記憶の糸を辿っていた そして...
「思い出したわ」「あの日 かがりさんはお友達と一緒にここに見えたの」
「ちょうどその時兄も偶然その場にいてお互い再会を喜び合ってたわ」
その日の別れ際かがりさんから兄はメモ書きをもらったの」
「そこには”次の日曜日 鎌倉で待ってます”と」「でも 兄はその日
私の小学生の息子を同行させて会いに行ったわ」「その日の晩に
かがりさんから電話があって今日の失礼を詫びてたわ...」
「電話は東京駅からだった」「お会いしたのはそれ一度きり...」
「あのかがりさんがお亡くなりに..」 改めてさくらは男性にお悔やみを
申し上げた それからその場を離れて2階に行き 一通の手紙を
男性に差し出した 「その年にかがりさんから頂いた手紙なのよ」
「中を読んでも?」「ええ どうぞ」男性は読み終わると静かに涙を流した
「母は私を医者にするのに大変な苦労をしました「祖母と姉も私の為に.」
「ある日 私の名前の由来を訊いた時 母は徳洲会の徳田虎雄会長の
名前から拝借したと笑って云ってました」「最初から医者にしようと.」
さくらは知らなかったとは言え兄と縁があったこの親子の葛藤を思うと
複雑な気持ちになった 「じゃ 下のお名前は虎雄さんですか?」
こみ上げるものを感じながら訊いた「はい ○○虎雄です」それから
少し沈黙が続き さくらは神妙な面持ちで言葉を発した...
「あなたは最後まで出自を確かめたいですか?」「その気持ちは
変わりありません」「しかし これは私一人では出来ません 色々な
人の協力が必要なんです 納得が前提で」「分かりました 肝心の兄が
今は何処にいるか連絡も付きません」「他に方法はないのかしら?」
「当人のたばこの吸い殻とか体液があれば可能です」「それと髪の毛も
毛根が付いていれば.」それを聞いたさくらは2階に上がり小さな
桐の箱を持って来た「東日本大震災の後兄から送られてきたものなの」
「中に髪の毛が入っていて手紙が添えられ...」「"もし俺が何処かで
身元不明人として発見されたらこれで照合してくれ"と書いてあったの」
白い和紙に髪の毛が30本ばかり包まれていた
「これは役に立てるかしら?」虎雄氏は髪の毛を手に取り検査した
しばらくして...「おどろいた すべて毛根が付いてます 一本一本
引き抜いたんでしょう」「ああ 良かった」
さくらはほっとしてその小箱を眺めるのだった...
それから二日後
虎雄氏とさくらは東京のNPO法人DNA鑑定センターで落ち合い
鑑定申し込みを済ませた 鑑定には約一週間かかるそうだ
その間さくらは何も手につかない状態だった そして...
一週間経って電話が鳴った
結果はDNAの一致が確認されたと さくらは電話を受けながら
涙が止まらなかった
「お兄ちゃん 良かったね お兄ちゃんの血は繋がってるよ」
「そして...かがりさん ありがとう」
その後 丹後の虎雄氏から家族の写真が送られて来た
そこには寅さんそっくりの子供が写っていた。
(了) amami ナガノ