第7話 きっかけ
この世界は北海、東海、西海、南海の四つの海に分かれている。
北海には魔物が棲み。
東海には軍事国家が多く。
西海には大きな財力を持つ貴族が暮らし。
南海には独自の文化を持つ熱帯砂漠地帯が広がっている。
そのうち北海は、到底人間が生活できない極寒の地であるため、実質人が生活しているのはそのほか三つの海域となる。
魔法学校は北海を除く各海に複数存在している。
なかでも軍事国家の多い東海には軍事力を求めて必然的に魔導師が多く、屈指の魔法学校であるテリオス魔法学校も東海のアスファレス国に位置していた。
アスファレス国とは現在、世界で唯一の中立国とされる国だ。
覇権を巡り侵攻を繰り返す各国にとっては不可侵領域であり、決して欲望のままに荒らさないことを暗黙の了解としていた。
それゆえ比較的治安も安定しており、戦火にさらされない平和な国であることは間違いなかった。
「おうそこの若いの! 飯でも食ってけよ!!」
「ありがとう。また今度ね」
「おや、あんちゃん魔導師かい? いい魔具入ってるよ!」
「今度お邪魔させてもらうよ」
「今夜の宿にどうだい!! 安くしとくぜ!!」
「ごめんね。旅人じゃないんだ」
店が立ち並び活気に溢れるこの街は、旅人の休息所でもある。
疲れた体を休め、腹を満たし、装具の補給をする。
中立国であるがゆえに国の隔たりなく人々が行き交うアスファレス国は、そんな旅人や商人が経済の中心であった。
そんな町並みを眺めながら、ルベルはふらりふらりと歩く。
ここはアスファレス国でも大きな街のひとつだ。
国籍も目的も様々な人が集まるこの場所に商機を見いだした商人たちがこぞってモノを流す。
そのため物流も盛んとなり、時には珍しいものが持ち込まれることもあった。
特に何か目的があるわけでもないが、今日は暇つぶし程度にこの街に来ていた。なんなら珍しいものに出会えることを期待して。
「ここもだいぶ変わったなぁ」
この街に来るのはこれが二度目だった。
一度目はもっと昔、これほどまでに発展してはいなかった頃に訪れていた。
その頃に比べれば立ち並ぶ店も人も多く、もちろん流れるモノも多様化している。
ちなみに今日のこれまでの戦果は現在手首に巻いている魔具だ。
鈴を模した音の出ない飾りと赤水晶のソレ。
街に入ってすぐの店で一目惚れした。
魔法学校に入学してはや一ヶ月。
魔力測定の日に言われた「なんでもいいから魔具をひとつ持っておけ」という指示を、今になってようやく達成できたわけだが。
悲しいかな、現在ルベルは魔法が使えない。
学長にかけられた魔法のせいで。
あの日以来、学長の言いつけ通り魔法を解くことに躍起にならず、授業でも私生活でもおとなしく魔法のない生活を送っていた。
だから実技の授業はもっぱら見学だ。周囲からは案の定好奇の目で見られている。同じ状態に置かれた愉快な仲間たちとともに。
学長に設定された期限まであと二月ほどある。
この魔具の活躍はもう少し先のことになりそうだ。
そんな街中で、誰もが活気のある顔をしているなか。
本当に偶然だった。
ふと、鬼気迫る表情で辺りを見回す少女が目に入ったのは。
(あれ、あの子ってたしか…)
色素の薄い茶髪に、意志の強そうな双眸とやや冷たい雰囲気。
可愛いというよりは綺麗な少女。
いまは学校ではないため臙脂のリボンの制服姿ではないが、間違いない。
「”優秀な魔導師”嫌いのあの子だ……」
たしかに一度、あの魔力測定の日に顔を合わせている。
思いっきり嫌悪の視線を向けられた気もしたが、テリオス魔法学校の同輩だ。
何やらただならぬ空気を感じたルベルは通りから外れ、彼女に近寄った。
「ねえ、何かあったの?」
これは、ただの気まぐれだ。
ただなんとなく、目の前に転がっていた偶然に身を任せてみようと思っただけ。
「なによ……って、あなた、」
ルベルの呼びかけに振り向いた彼女。
しかしそこに立っていた人物が予想外すぎたらしい。
大きく目を瞠り、そして隠しもせずに眉根を寄せた。
あの時、Bクラスだと言ったルベルに向けたのと同じ表情だ。
「………何の用? 悪いけど今立て込んでいるのよ」
名はたしかエルシアといっただろうか。
相変わらず負の感情をまっすぐにぶつけてくるその言動は清々しく、逆に好感が持てる。
「何か困ってるみたいだけど、よければ力になるよ」
「結構よ。あなたには関係のないことだわ」
取りつく島もないとはまさにこのこと。
問題を抱えているのは間違いなさそうなのに、ここでルベルの手を借りる気はさらさらないようだ。
まあ当然のこと。予想通りすぎる。
二人が会ったのはたったの一度だけ。しかもかなり険悪な空気だった。一方的にだが。
だからといって、ここではいそうですかと大人しく引き下がるかどうかはまた別の話だ。今日のルベルは興が乗っていた。
「そんなに邪険にしないでよ。下心もなんの魂胆もないよ。……といっても信じてはくれないだろうけれど」
「当たり前じゃない。あなたが私に手を貸す理由がないもの」
「心からの善意だって言っても?」
「胡散くさすぎて話にならないわ」
「随分な言いようだね…」
「人助けをしたいのなら他を当たってくれるかしら。あなたに構っている暇はないのよ」
鬱陶しいと言わんばかりにきっぱり断った彼女はどこかへ行こうとして。
「エルシア!」
第三者の声が呼び止めた。
通りの向こうから駆けてきた青年。
初めて見る顔だ。こちらもエルシア同様顔には焦りを浮かべていた。
「向こうにはいなかった。ここにも戻ってきてないようだな」
「ええ。向こうの通りも探してみましょう」
「そうだな」
「誰かとはぐれたの? それとも行方不明?」
「いや友達が突然……って、え? だれ、お前…」
するっと会話に入ってきたルベル。
青年は一瞬反応したものの、すぐに怪訝な表情になった。言葉以上にその目がお前誰だと訴えている。
「こんにちは、ぼくはルベル。そんなことよりも何があったの?」
「……えっと、」
「話を聞く限りだと、君たちの友人がいなくなったんでしょ? 自分からいなくなったの? それとも誘拐とかの事件性あり?」
「だからあなたには関係ないと、」
「君たちの様子からしてなかなか見つからないんだよね。だったらこういう時は少しでも人手が多い方が効率がいいし、見つかる可能性も上がるんじゃない?」
「それは…」
エルシアは眉根を寄せて顔をしかめた。
ルベルの言い分は尤もだ。急を要するこの状況で、一人でも人手が増えるに越したことはない。
しかし気にくわない”優秀な魔導師”の手を借りるのは癪だ。
だが今は自分のプライドよりも友人のことを優先すべきではないのか。
詳しい事情を知らずとも、そういった葛藤がエルシアの表情から見てとれた。
だがそうやって葛藤していたのもほんのわずかな時間だった。
ひとつ息を吐いたエルシアは、今度はルベルの目をまっすぐ射抜いてきた。
「ルベルと言ったわね。悪いけれど、手を貸してもらえるかしら?」
目にはありありと不服の色が浮かんでいるというのに、己のプライドと友人を天秤にかけた結果、もうそこに迷う余地はなかったようだ。
自分の意志ははっきり持ちつつも。
それが取るに足らないと判断すればあっさり捨てる。
自分の中での優先順位をしっかり持っているその性格に好感度が上がるばかりだ。
「もちろん。ぼくにできる範囲で手を貸すよ」
果たして今のぼくに何ができるのかは知らないけれど、という次ぐ言葉は飲み込んで。