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亡国の悪魔は今日も嗤う  作者: 夏風邪
第二章 魔法学校擾乱編
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第18話 悪魔というもの



 どうするべきか数瞬迷ったのち、一応状況だけでも確かめるべく、声のした方へと足を進めてみれば。

 そこには学校ではすでに有名人となった少女が、本を床に散らして座り込んでいた。


「いたたた……」


 そこかしこに散らばった本やら荷物やらを拾い上げながら少女に近づく。

 どこかに頭を打ったらしく、おでこをさする少女は俯いていた。


「大丈夫?」


「………!」


 ルベルの声に少女はパッと顔を上げた。

 その拍子に綺麗な金髪がさらりと揺れる。


 髪と同じ色をした瞳がルベルを映し、次の瞬間にはふわりと微笑んだ。

 まるで花が咲いたように、少女の周りだけキラキラした空気が降り注いでいるような錯覚さえした。


「うん、ありがとう。大丈夫だよ」


 ヘレン・フローレンス。

 一年Aクラスの生徒で、学年主席。


 入学してすぐの魔力測定で初めて姿を見て以来、学校内でもちょくちょく目にしていた。

 その容姿から姿を追わずとも自然と目に留まり、彼女に関する話題も自然と耳に入ってくる。聞いたところによると、どこかの国の上流貴族出身でもあるようだ。


 悪い噂は一切なく、男女問わず高い人気を誇っている。

 まさに才色兼備を絵に描いたような少女だ。


「えへへ、恥ずかしいところを見られちゃったね。ちょっと躓いちゃって……。えっと君はたしかBクラスの、ルベルくん、だよね?」


「ぼくのこと知ってるんだ」


「うん。隣のクラスだし、結構目立つからね。かっこいいって女の子たちに人気なんだよ。それと、なんていうか……わりと男の子からも人気かな?」


「へえ、それは初耳」


 きっとルベル以上に男女どちらからも人気がある彼女に言われても、へえ、以外の言葉は出てこなかった。


 自分の容姿が中性的という自覚はある。その造りが平凡でないことも知っているし、人にどう映っているのかも知っている。だが、それだけだ。

 特別嬉しいだとか誇らしいだとかそういった感情はない。

 正直なところ、他者にどう見られているかなんてルベルの中ではさほど大きな問題ではないのだ。

 

 それでも一応苦笑まじりに笑ってすべてを流した。

 笑っておけば大抵のことは流れてくれる。


「ここにいるってことはルベルくんも読書? 世界史に興味があるの?」


 ちょうど表紙が見える形で本を持っていたためタイトルが見えたようだ。

 ちなみに表紙には『南海の魔法学変遷』と書かれている。結構分厚くて重みのある書物だ。


「まあね。それとぼくのことは呼び捨てでいいよ。同学年なんだし」


「そうだね。じゃあ遠慮なくルベルって呼ばせてもらおうかな。私のこともヘレンでいいよ」


「うん。よろしくヘレン」


 そう名前を呼べば、ヘレンは嬉しそうに表情を綻ばせた。

 こういうところが人の好感を擽るのだろう。素直にかわいいと思えた。



 そうこうしているうちに今度は足音が近づいてくる。

 かと思えば書架からひょっこりと小柄な少女が顔を覗かせた。

 

「ヘレンみっけ。探し物は終わった?」


「あ、ティノ。待たせてごめんね」


 ティノと呼ばれた少女はヘレンの知り合いのようだ。燕脂のリボンをつけたテリオスの制服を着ている。一年生だ。

 見るからに仲の良さそうな少女たちの友情を邪魔するほどルベルも野暮ではない。


「じゃあぼくはこれで。気をつけてね」


 抱えていた本を持ち直し、踵を返す。


「あ、うん! ありがとうルベル」


 後ろから聞こえたお礼に軽く手を上げ、ルベルは先ほど座っていた場所からもう少し離れた書架の影に腰掛けた。

 この辺りはもともと人気(ひとけ)がないが、やはり誰もいない静かな空間というのは落ち着くものだ。


「……ヘレン・フローレンスか…」


 一度辺りをゆっくり見渡し、それから手に持つ本の表紙に視線を落とす。

 題名の文字を指の腹で撫でながら、思い出すのはやはり今しがたのこと。


(光の再生魔法と、あとは悪魔学、だったかな…?)


 床に散らばった本を拾う際にチラリと見た本のタイトル。

 この図書館は基本的に貸出返却手続きは本人が行い、又貸しもしないようにとのルールがある。

 だからあの本たちはヘレンが手に取った本。ヘレンの興味関心が向いた分野ということになる。


 光の再生魔法の方はどうでもいいが、悪魔学のような不穏な分野に関しては彼女には不似合いのように感じたので印象深かった。

 


 そもそも悪魔に関しての書物は少ない。

 あったとしても基本的な内容ばかりで、深く触れているものはほとんどないと言っていい。


 それは悪魔という存在について解明されていないことが多すぎるからだ。

 解明しようにも、この世界では悪魔の出現率がかなり低い。それゆえ、その実態を知ることが困難なのだ。

 それに比べ、同じく魔界に棲む魔物の類はよくこの世界にも出現するためか、その生態だったり対処法だったりを記載した書物が多数存在している。


 悪魔と魔物はどちらも魔界に棲む悪の象徴だ。括りとしては同じになる。

 しかしその両者に違いがあるとするならば、それは明確な意志があるか否か。言葉を交わすか否か。知恵が働く狡猾さがあるか否か。

 いわば悪魔は魔物の上位互換と言える存在である。


 悪魔についてはいまだに謎が多い。

 ただひとつ分かることは、悪魔は人間の血肉を好み、魂を好むということだ。

 そしてひとつの事実として、時々悪魔がこの世界に姿を現した際には、必ずと言っていいほど人間に惨事が降りかかる。

 それは大量虐殺だったり、国の滅亡だったり。

 後に残された惨たらしい惨状が、それが悪魔の所業であることを物語っているのだ。


 故に、人間は悪魔を恐れる。憎む。嫌悪する。



(……さて、君の場合はどれなんだろうね)



 ヘレン・フローレンスが悪魔に向けるのはどんな感情か。


 誰が何を思おうと基本的に興味はないが、悪魔に関する感情には触れてみたいと思う。


 それは純然たる興味から。好奇心から。

 人が心の内にひた隠すその感情に、触れてみたいと思う。



(”憎悪”はとろりとした蜜のような甘さに、”恐怖”はねっとりと熟した果実のような甘さになる、だったかな……)



 人間の激情は悪魔にとっての蜜となる。

 まずはそこから解明しない限り、悪魔による被害は永遠に続くことだろう。


「まあ、そこに辿り着くまでが大変なんだろうけどね」


 どこで誰が悪魔の被害に遭おうと所詮は他人事だ。

 知っているからといって、その事実を教えてやる義理もなければ責務もない。


 人間が滅びようが、悪魔が滅びようが、すべてはどうでもいいことだ。

 己にとって大事なことはただひとつ。



(ぼくにとっての”大切”さえ守れれば、あとはどうでもいいんだよ)



 ───シャリン。



 耳の奥で鈴の音が響いた。

 クツクツと喉の奥底から笑うように、心底愉快だと言わんばかりに。




《──…お前は本当に、人間のくせに悪魔のような思考よな》



「人間、ね。お前の方こそこういうのが大好きなくせに」



《ああ。お前はいつだってそうだ。ワシによく似た、実に心地よい無慈悲さよ》



「あは、ぼくを何処ぞの殺戮悪魔と一緒にしないでほしいなあ。こんなにも普通の人間(・・)だっていうのに」



《クク、すでに狂っておる奴が何を()かすか。冗談にすらならんわ》



「あー…何だろう。お前に狂ってるって言われるとちょっとショックかも」



《なぁに、ワシもお前も初めから狂いきっておるわ。でなければとうの昔にお前を喰ろうておるぞ》



「それもそうだね。ぼくだって狂ってなければとっくの昔にお前を封じてるよ」



《納得できたようで何よりだ。お前のクソほど捻じ曲がった根幹なんぞそう人には理解できんものよ》



「……お前、なんか今日はやけに喧嘩売ってくるのはなんなの」



《つまらぬことを吐かすからよ。自己理解なんぞとうに済ませておるだろうに。お前の茶番に付き合うてやれるのもワシくらいのものよ》



「はいはい、ありがとうございました」




 ───シャリン。




 無意識のうちに左耳に触れながら、気づけば口端を吊り上げていた。

 まるで悪魔のようなその表情は、今この瞬間にも自分が自分であることの何よりの証明となる。

 


「あーあ、ぼくもどっぷり染まったものだ……」



 唇を動かしただけの小さな呟きは、誰かの耳に届く前に霧散していった。





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