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おしゃれは影から

作者: 村崎羯諦

「今年はですね、男性の影に、淡いパステルカラーをつける、ギャップ萌えを意識したデザインが人気になんですよ」


 アパレルショップの影コーナー。店内に並べられた影を物色していた私に、女性店員さんが声をかけてくる。店員さんの影は、春らしい桃色に染められていて、身体がちょっとだけ細く見えると最近話題の、少しだけ胴回りが細い影を付けていた。シンプルながらも一瞬でセンスだと感じさせるような、オシャレ上級者のファッションだった。


「男ものの影ですか? うーん、影を染めたりしたことはあるんですけど、全く違う人の影に取り替えるってことはしたことがないんですよね。色だけ変えるのと比べてもお金がかかるし、それに足元から男性の影が伸びていたらおかしくないですか?」

「いえいえ、そのチグハグ感が最近のトレンドなんです。影と身体のチグハグ感がどうしても気になるようでしたら、影の色をアウターやパンツの色調に合わせてあげると、全体的なまとまりが出てすごく可愛く見えますよ。それにですね、今はちょうどセール中でして、取り替え用の影がすっごくお安くなってるんです。ほら、この高身長の男性ものの影なんて、普段よりも30%OFFで、お買い得ですよ」


 それからも店員さんのセールストークが続き、結局私は勢いに押されて新しい影を買うことになった。試着質で影を取り替えていきますか? と先程の店員さんから聞かれたので、せっかくだからと店内で影の取り替えを行わせてもらった。


 さっきまで自分の足から伸びていた栗色の影を手下げ袋に入れ、私は新しい影とともに街の通りへ出る。男物の影なんて本当にオシャレなの? とさっきまでは半信半疑だったけれど、実際につけて街に出てみると、店員さんの言っていた通りそれほど悪くはなかった。体格はがっちりしているけど、色は女性らしいパステルカラーで、着ている服の色ともマッチしている。それに、男物の影が足元から伸びているからか、以前よりも何だか気が大きくなったような気がして、無意識のうちに歩幅が広くなるのがわかった。


「男性ものの影を付けてるんだ。おしゃれー」


 ショッピングの後に落ち合った友達の優希は、買ったばかりの私の影を見てそう言ってくれた。そんなことないよと謙遜しながらも、買って良かったなと心の中でガッツポーズをする。


 違う人の影をつけるのは怖いと言って、優希は自分の影を少しだけ明るい色に染めているだけ。周りにいる他の人たちも、大半は着色すらしていないそのままの影で、たまにオシャレな若者が、自分の姿形とは違った影を付けているくらい。そういう中で、私の男ものの影はすごく目だったし、周囲からの視線を集めていることがわかる。私は優希との会話に花を咲かせながらも、ちらちらとこちらを見る視線をちょっとだけ意識しつつ、その度に、ちょっとだけ得意な気持ちになる。


 家に帰り、部屋で買っているセキセイインコのピー太にただいまと声をかける。すると、ピー太は床に映った私の影に驚き、いつもの口癖を発しながら、バタバタと翼をはためかせた。


『キンキュウジタイ! キンキュウジタイ!』


 私はピー太を落ち着かせながら、影を変えただけで、こんなに印象が変わるのかと驚きを隠せなかった。それと同時に、今まで周りに合わせたような無難な影しかしなかったことを心から悔やんだ。おしゃれは自己表現だし、自分の印象を変えてくれるお手軽な魔法なのかもしれない。おしゃれは影から。なんて言葉があるけど、まさにその通りだと思う。これをきっかけに、このおしゃれを徹底的に突き詰めることを心の中で誓った。


 それからというもの、私は自分の影を色んな色に染めてみたり、他の男ものの影を買って、頻繁に取り変えを行うようになった。そのうち、影に合わせて、服を決めるようになっていき、それから、髪型も影に合うような髪型をした方がいいかもと思うようになった。


「会うのは一ヶ月半ぶりくらいだけど……なんだか背が伸びてない?」


 行きつけの美容院を訪れた時、担当の美容師さんが私を見るなりそう言ってきた。それは影のせいですよと私が足元の影を指差しながら答えると、美容師さんも納得したように笑って頷いた。影の影響の強さを噛み締めつつ、今までのロングヘアをやめて、ボーイッシュなショートへアにしたいんですと美容師さんに伝える。美容師さんは影に合わせたいという僕の気持ちを汲んでくれ、納得のいく髪型に変えてくれた。


「なんだから、前よりも雰囲気変わったね。前は、もっと女の子らしい雰囲気だったけど、すごくボーイッシュな感じになってる」


 影のおしゃれに目覚めてから二ヶ月後。優希は目を丸くさせながら、そう言ってくれた。影に合わせてファッションを変えるようになったというのはLINEで喋ってはいた。けれど、優希曰く、実際に会ってみると、想像以上よりも男性らしくなっていて驚いているのだという。僕は自分の足元から伸びる男性ものの影を、それから店内の鏡に映った自分の姿を見て、これがオシャレなんだよと少しだけ戯けた口調で答える。


「本人が満足してるんだったら、別に口を挟むつもりはないけどさ……」


 優希はちょっとだけ納得いかない調子でつぶやく。


「でも、いつから自分のことを『僕』って言うのようになったの?」


 影は文字通り僕の体の一部になっていた。この影を買う前につけていた自分の影はクローゼットの奥の方へ収納したまま、何ヶ月も取り出していない。その一方で、影のおしゃれに満足はしていたけれど、それと同時に焦りもあった。ファッションの流行り廃りは早く、前は斬新だった男ものの影だって、色んな人が真似をするようになってしまえば、ありきたりなファッションになってしまう。


 家でSNSをチェックしながら、僕はひたすらファッションについて考え続ける。もっと、もっとおしゃれな影はないだろうか。他の人が真似をしないような、オシャレな影は。


『最近になって巷で流行している影の取り替えですが、私個人としては大変懸念しているんです。影はその人本人の写像であり、その人の人間性、身体、すべてと対応づけられた存在であり、それを付け替えることで何らかの問題が発生するのではないでしょうか?』


 テレビではちょうど昨今の影についての報道特集が流れている。しかし、よく知らないコメンテーターの言葉なんて、今の自分には何にも響かない。そんな小言に付き合っている暇はない。僕にとって今必要なのは、誰も真似をしないような斬新なおしゃれを見つけること。どうすればいいのか。どんな影がおしゃれなのか。そんな問いがグルグルと回り続ける中で、ふと鳥籠の中でくつろぐ、インコのピー太に視線がとまった。


『ええ、確かに取り替えた影から深層心理的な影響を受け、その人の行動や外見に変化があるという調査はしっています。しかしですね、あくまで私個人の考えなんですが、そういった変化が単なる深層心理という言葉では片付かないものなのではないかと思っているんです』


 僕はゆっくりと鳥籠へと近づいていく。愛くるしい影を持ったインコのピー太は、近づいてくる僕に気がつき、可愛らしく小首を傾げる。僕はゆっくりと鳥籠の扉を開き、手を突っ込んだ。いつもとは様子の異なる僕の気配を察知したのか、ピー太がいつもの口癖を叫びながら、騒ぎ始める。キンキュウジタイ! キンキュウジタイ! しかし、ピー太がいくら抵抗しようが、所詮は籠の中の鳥。僕はピー太の小さな影を手でぐっと捕まえ、そのまま勢いよくピー太の身体から引き剥がした。


『私たちはまず先に私たちの身体があって、それに付随して影があると思っています。ですが、この認識は本当に正しいのでしょうか?』


 僕は自分の影を脱ぎ捨て、鳥の影をゆっくりと自分の足元にくっつけていく。影は小さいため、なかなかうまくくっついてくれない。それでも試行錯誤の末、ようやく自分の足元に影がくっつく。私は足元からのびる鳥の影を見て、言いようのない満足感を覚えた。優越感はまるで空を飛んでいるような、そんな気持ち。私がこの影ヲつけていったら、優希はキット目を丸くスルだろう。オシャレは影カラッテ言ウヨウニ、動物ノ影ヲツケタ私ハトテモトテモオシャレダカラ。


『影が私たちの本体である。つまり、私たちの肉体……いや、思考や行動までもが、全て影によって生み出されたあるということです。つまり、影を付け替えた人間はそれにより、その影に乗っ取られてしまう。そういうことがあるんじゃないかとワタシは考えているんです』


 身体ハイツニナク軽ク、背中カラマルデ羽ガ生エテイルヨウ。ソレニ部屋ッテコンナニ広カッタッケ? 調子ガ悪イノカ、思考ガマトマラナイ。ソモソモ私ハナニヲシテイタンダッケ?


『え? あはは、確かにおっしゃる通りですね。そんな人は存在しないと思いますが、仮に動物の影をつけるようなことがあれば、その人は動物の影に乗っ取られて、その動物になっちゃうのかもしれないですね』


 ワタシハサケブ。


 キンキュウジタイ! キンキュウジタイ!

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