第3話
翌週土曜日
連日の雨によって桜はほとんど散ってしまっている。
あれから春樹と矢野が連絡をとり合い、当日の予定を決めた。(瑞生は一切関与していない)
集合は14時、矢野宅の最寄り駅改札前となった。
のだが、現在13時・沢野祓魔相談所にて
沢野瑞生…………未だに寝巻きである。
春樹は「15分までに出ないと間に合いませんよ〜」と言って先に家を出てしまった。
果たして瑞生は約束の時間に間に合うのだろうか…………
……………………………………
間に合わなかった……
「すいません矢野さん…30分も遅れてしまって」
「遅れた割にはきちんとした服装ですね……」
矢野の言葉に春樹はため息をつく。
「瑞生さんはこういう人なんです。サッと着替えて来ていたら、歩いてても間に合ったはずですよね?」
「いや、そうなんだけどさぁ、仕事はきちんとした格好でやらないと、社会人としてちょっとダメかなっていう心がけだよ。矢野さんならわかりますよね?そういうの」
悪びれる様子はない。
「共感を求められても困ります…。というか、それで遅れるほうがダメなんじゃ……」
「そうですよ。『社会人として』朝寝坊からの遅刻はダメでしょう」
「はい、すいません…」
瑞生から先程のような威勢は無くなっており、今はまるで塩をかけられたナメクジのように縮んでしまっている。
「よく引き合いに砂糖が出てきますけど、浸透圧の話だから小麦粉とか片栗粉とかでもいいらしいですね」
「なんの話だ?」
「なんでもないです。早速ですけど行きましょうか。矢野さん、案内してもらえますかね?」
「わかりました。付いて来てください」
……………………………………
道すがら、矢野が話し始めた。
「そういえば私、薄くですけど魔物が視えるようになったんです。
聞き方が良くないかもしれないんですけど、私に何かしたんですか?」
矢野は二人に疑いの目を向ける。
「まあ、少しだけね。別に大したことはしてないんですけど、怪現象の原因は視えた方がいいかなと思いまして。
勝手にしちゃって悪いなーと思ったんですけど、矢野さんの体質だといつかは視えるようになってたと思います」
「別に構わないんですけど…できれば先に言っておいて欲しかったです。びっくりしちゃったんで。
……と、着きましたよ、そこのアパートです」
矢野が指差したのは築40年ほどのアパート。
こまめに塗装されているのか、パッと見たところボロい印象は受けないが、窓枠や階段からは多少の年季が感じられる。
「あーなるほど。矢野さんの部屋ってあそこですよね、二階の一番奥の」
「えっ、そうですけど、なんで?やっぱりいるんですか?」
「あのレベルのやつはどこにでもいるんですけど、あそこにいる奴はちょっとトゲトゲしてるというか、敵意をばらまいてる感じがするんですよ。
この目で見ないことにはなんとも言えないんですけどね」
「矢野さん、一旦一緒に覗いてみませんか?もしかしたら見覚えとかあるかもしれませんし。
怖いのであれば僕と瑞生さんだけで行きますけど」
「是非!一緒に行かせてください!!」
矢野は目を輝かせて即答した。
……………………………………
「じゃあ開けますね」
瑞生がドアノブに手を伸ばすのを、矢野は固唾をのんで見守っている。
ガチャッ……キィィーー
「いるな」
「いますね」
扉の先には一匹の魔物がいた。
高さは70cmほどで、ダルマの様な形をしている。
後ろ向きであるため顔の様子は窺えないが、薄暗いオーラを放っている。
「えっ。嘘、私視えない…」
「あのくらいのレベルだと、やっぱり一般人には厳しいですね」
「ああ、レベル1だな」
魔物は基本的にレベル1〜4で分類される。
簡単に説明すると以下の通りになる。
レベル1 : 多くの魔物はこれにあたる。一般人には視えないことがほとんどで、被害を出すことは極稀。(というよりも被害を出せるほどの力を持っていないことが多い)
レベル2 : 一般人に視えるくらいの魔物で、その中でもあまり害を及ぼさないもの。
レベル3 : 一般人に視えるくらいの魔物で、害を及ぼす可能性があるもの。または、小さな被害を出したもの。
レベル4 : 大きな被害を出したもの。または、小さな被害を出し、さらなる被害を出す恐れがあるもの。
また、知性を持つ魔物はネームドとなり祓魔協会に保護されたり、監視下に置かれたりして管理される。
ちなみに祓魔協会とは、祓魔資格の発行や魔物の管理、祓魔師に対する援助などを行う、世界的な組合である。
「レベル1の魔物が被害を出すなんて珍しいですね」
「ちょっと大きくなってるな」
「あの、さっきから話についていけてないんですけど、ほんとにいるんですか?」
自分の視えない魔物の話をする二人を、矢野は訝しむ様に見つめた。