第1章 最強の男7
それより一年後の帝記299年、第14代エンプレスト皇帝は原因不明の急性心不全で逝去し、第15代エンプレスト皇帝にヘンリー皇子が即位した。また、歴代で最も若い魔導騎士の誕生もあった。ジョシュアである。
彼は13歳で三つの魔導を使役し、研鑽された剣術はすべての重臣達を納得させるだけの実力があった。
エンプレスト帝国は大陸の約四十%の土地を占有しており、豊かな資源を有していた。そのため、大陸内における貧富の格差は広がる一方であり、他国との小さな紛争は頻繁に起きていた。第14代エンプレスト皇帝は、類い稀なるその手腕で国を更に豊かにしていくのと同時に、他国に支援を送りつつも、国家間における上下関係を良くも悪くもはっきりさせてしまったのだ。その不満を持ったエンプレスト帝国を除く六つの国々は、第14代エンプレスト皇帝の逝去を知るやいなや、結託して帝国への侵略を開始した。
魔導騎士団長オリバーを筆頭にエンプレスト帝国軍は六国連合軍の侵略を阻止していたが、圧倒的ともいえる兵数差により、徐々に後退を余儀なくされた。
15歳となったローガンは、各国を転々とする生活を送っていた。ヘンリー皇子が即位する際、改めて魔導騎士団への加入を要請されたが一蹴した。興味がないことは相変わらずであったが、幼なじみとも言えるヘンリー皇子が相手であったため、遠慮はなかった。
しかし、六国連合軍の侵略で、ローガンの立場は一変した。偵察情報部隊を率いるハリソンは連合軍の侵略をいち早く察知し、魔導騎士団へ加入させるため各国を転々とするローガンを見つけ出した。同意を得られたころには、すでに劣勢に陥っていた帝国軍であったが、魔導騎士となったローガンの活躍により、盛り返すことに成功した。
ローガン参戦から約半月で各地で起きていた戦闘は終戦を迎え、六国連合軍の人的損失は多大なものとなり、争いを仕掛けた側にも関わらず、帝国軍に対し和平交渉を持ちかけた。
第15代エンプレスト皇帝はこれを快諾し、帝国は大陸内における地位を更に高めることとなった。
「戻るつもりはありませんよ」
ローガンは躊躇うことなく断った。何事にも縛られることなく世界中を放浪する生活が性に合っているからだ。
「何より、今の帝国に俺は必要ないですよ。皇帝は先代以上に評判が高く、魔導騎士団はジョシュアが団長となって名実ともに大陸最高の戦力があります。今さらこの帝国に楯突くような国は、少なくともこの大陸にはありません」
六国連合軍との戦争から20年、第15代エンプレスト皇帝に即位したヘンリーは、名君として大陸に名を広めた。若いながらも、その政治手腕には目を見張るものがある。
和平交渉の際には、六ヵ国が不利となるような条件は一切なく、今後も各国は帝国との関係をより良いものにしていくというような条件で交渉を終えた。現在は七ヵ国での同盟協定を結んでおり、エンプレスト帝国は大陸の盟主といえる立場となっていた。
「確かにその通りだ。だが、国同士の話だけではない。今、世界中で起きている現象は油断できるものではなくなっているんだ。先日現れたとてつもない魔力反応もそうだ」
ローガンが倒したドラゴンの件である。つい最近まで、ドラゴンのような神獣と呼ばれるクラスの魔物は滅多に現れることはなかった。しかし、ローガンは今年に入ってすでに6体を確認していた。
「世界中を転々としているお前なら、この異常に気がついているはずだ。世界は危機に瀕している。頼む、お前の力で我が帝国を救ってくれないか?」
ハリソンはテーブルに両手をつき頭を下げた。要塞都市ガサの警備隊長で魔導騎士団の重鎮が頭を下げている光景は、周囲にいる兵士達には異様でしかないだろう。
「頭を下げられても困ります。俺は魔導騎士団に戻るつもりはありません。ですが、俺なりにその件を調べることくらいならしておきます。それじゃダメですか?」
ローガンはエンプレスト帝国がどうなろうが興味はない。しかし、ハリソンが頭を下げていることに対しては無下にすることはできない。
「そうか。そこまで断られては無理にというのは、な。お前は意外に頑固者だからこれ以上は言うまい」
「じゃ、そういうことで。朝食ありがとうございました。また機会があればご馳走してください」
立ち上がり、ハリソンに頭を下げると城を出る。
《ご主人様は口数が少な過ぎます。世界中を旅しているのも、困っている人を助けるためですよね?魔導騎士団に入れば、それだけ動きづらくなるわけですから》
“声”は一人になったローガンに問いかける。
「そんな格好いいものじゃない」
《照れなくてもいいじゃないですか。ご主人様は見た目は良くありませんが、良い人であることは間違いありません。私が保証します》
「一言余計なんだよ、お前は。捨てていくぞ?」
《ご主人様のお好きなように。これから、どちらへ向かわれるのですか?》
「とりあえず、西の大陸の“オババ”のところへ行く。あの人なら何かわかるはずだ。いつか捨ててやるから覚悟しておけ」
《楽しみにしています》