第1章 最強の男6
次の日、ローガンは昨日と同じようにエンプレスト城にある第一訓練場に向かった。
いつもと違うのは、約束した時間に遅れていないことだ。ジョシュアとヘンリー皇子に昨日の話を伝え、自分の代わりに仕立てようと思っているからだ。一応ではあるが、自分なりに考えてみたものの、やはり面倒だとしか感じない。魔導はもちろん、魔術ですら使えないことで不相応だと揶揄されることは当然であり、何より堅苦しい身分は性に合わないのである。
昨日の様子であればジョシュアはともかく、ヘンリー皇子は簡単に丸め込めるであろうという打算もあった。
時刻は午後三時。
第一訓練場には誰の姿もない。
「時間間違えたかな?」
いつもの独り言に、頭の中へ直接“女性の声”が返事をする。
《時間の間違いはありません》
「だよね。二人が遅れることはないはずだけど」
ヘンリー皇子もジョシュアも年下ではあるが、自分よりもしっかりとした性格である。時間に遅れるようなタイプではない。何かあったのか、と考えていた時だ。
《どなたかが来たようですが、二人ではありません》
“声”に言われるのと同時に、ローガンも振り返る。そこに現れたのは予想外の人物達であった。
「ローガン、今日は皇子とジョシュアは来ないぞ」
現れたのは、ハリソンを先頭に、宰相アダム、魔導騎士団長オリバー、魔導師団長ダニエル、主席魔導騎士エドワード、そして第14代エンプレスト皇帝である。
「久しぶりだね、ローガン。元気そうで何よりだ」
エンプレスト皇帝が一歩前に歩み出る。ローガンは頭を下げた。
「お久しぶりでございます」
「ローガン、皇帝陛下の御前であるぞ。挨拶くらいしっかりしないか」
ハリソンが慌てて前に出ようとするが、エンプレスト皇帝はそれを笑顔で制する。
「よいではないか。私は堅苦しいのは好みではない。
それよりもローガン、今日は我々がここに来た理由はわかるかな?」
エンプレスト皇帝の所作は優雅であった。そこに立っているだけで気高く、僅かな言葉ですら洗練されているように感じる。
少しでも関わったことがある者であれば、歴代で最も優れた皇帝と噂される理由がわかるというものだ。
「はい」
ローガンは首を縦に振った。
「早速君の力を見せてもらいたいのだが、あまり乗り気ではないようだね?」
表情に出してはいないはずであったが、皇帝はそのことを感じ取ったようだ。優れた指導者は他人の感情を読み取ることに長けているが、エンプレスト皇帝はその最たる人物であるらしい。
「俺はあまり魔導騎士団に興味はありません。そもそも魔導どころか魔術もできませんので、資格すらないと思います」
ローガンは正直に思ったことを話した。ハリソンは頭に手を当て首を横に振っていた。父であるオリバーは、表情こそ変えないがため息を吐いた。
「興味がない、か。そう思う人もいるということか。実に人とは面白いものだ」
エンプレスト皇帝は笑顔で頷いている。帝国において、魔導騎士団に入ることを希望する子供がほとんどであり、目標である。目の前にいる少年のように、そうでない者もいるという事実は“思考の多様性”を改めて実感し、指導者として考慮すべきことであり、人の心とは面白いものだと感じたからだ。
ローガンは納得してくれたのかと安堵のため息を吐く。
「皇帝陛下、発言させていただいても?」
やり取りを静観していた主席魔導騎士エドワードが前に出る。
「ええ、どうぞ」
「勝手だと思われるでしょうが、私は彼と剣を合わせたい。子供相手に馬鹿げているかもしれませんが、私が最強であることを証明させていただきたい」
エンプレスト皇帝にではなく、魔導騎士団長オリバーに向けた言葉であった。
「ローガン、彼はこう言っているが君はどうかな?私としてはどちらでも構わないが、君の実力には大変興味はある」
エンプレスト皇帝は笑顔をくずすことなく、ローガンを見る。顔は笑っているが、流石は皇帝といったところか。眼は強い圧力を放っている。
「さっきも言いましたけど、騎士団に興味はありませんが、皇帝陛下がそう言うのであれば」
その圧力に気が引けているわけではない。ただ、主席魔導騎士の実力を見てみたいという少年としての好奇心はあったからだ。
「君に無理を言ってしまったみたいだね。そんなつもりはなかったんだけど、エドワードの顔は立ててやりたいとも思ったのでね。じゃあ、二人の準備ができたら始めてもらいたいのだが?」
エンプレスト皇帝は魔導騎士団長オリバーをちらりと見る。オリバーはただ頷くだけであった。
エドワードはさらに前に出て、ローガンの前で立ち止まる。細身であるが身長は高く、ローガンよりも頭一つ分ほど違う。
「少しムキになってしまっている自分が恥ずかしいとも思うが、君の父上は、私より君の方が強いと言っていたのでね」
見た目の通りプライドが高いタイプのようだ。この手のタイプはただ調子に乗っているだけか、そのプライドを守るためにひたすら努力しているか、だ。
「構いません。俺もあなたの強さに興味があるのは間違いないですから」
「興味がある、か。では、君に見てもらうとしよう。準備はいいか?」
ローガンは躊躇することなく、腰の黒い剣を抜く。それを見てエドワードも剣を抜いた。エドワードの剣は至ってシンプルな造りであるが、かえってそれが洗練されたもののように見える。いつものように剣は下げたま自然体で構えるローガンに対し、エドワードも自然体で構える。
「無駄はあまり好きな方ではないが、まずは小手調べといこう」
エドワードは無造作に近づき剣を降る。ローガンは咄嗟に身体を引いてかわすが、その速さに驚く。
決して剣速が速いわけでも、身のこなしが速いわけでもない。起こりがないのだ。予備動作がないため、動き始めが読み取れず、突然目の前に剣が現れたような感覚である。
これ程までに洗練された剣術を目の当たりにし、ローガンは自然と笑っていた。
ローガンは一度大きく後ろに下がると、一気に間合いを詰める。お返しとばかりに剣を振ると、先程のローガンと同じようにエドワードは身体を引いてそれをかわす。
「驚いた。君は14歳にしてこれほど速く動けるとはね」
「まだ速くなりますよ。小手調べって言われたから軽い運動程度です」
エドワードの表情が変わる。その言葉に驚きを隠せなかったらしい。ローガンはその場で跳び跳ねながら答えた。準備運動をしているようである。
「冗談ではないようだね。まだ速くなるのか。面白い」
エドワードの表情が引き締まる。ローガンも跳び跳ねるのをやめると、再び自然体に構えた。
先に動いたのはエドワードである。先程よりも鋭い踏み込みと剣速に、ギリギリで反応したローガンは剣を立てて受け止めた。さらに剣を左右上下に巧みに操りながらの攻撃は、反撃する隙を与えない。まさに、水の流れるが如き打ち込みは、美しくさえ見える。
ローガンは剣術を極めたつもりでいた。実際、こうして剣を合わせていても負ける気はしない。もう少し速度を上げれば、エドワードといえどその速度にはついてこれないはずだ。
だが、剣術の奥の深さを知ることができた。速く動けば、速く剣を振れれば強いものだと思っていたが、それだけではない。エドワードの剣のように、起こりや殺気を極限までなくすことで“より速く見せる”ことができるということを学ぶことができた。
「何を考えてるのかな?」
どうやら他事を考えていることに気づいたようだ。
「エドワードさんって強いなって」
エドワードは首を傾げている。ローガンは笑顔で剣を受けていたことに気づいていない。
「そろそろ本気出してもいい?エドワードさんは強いけど、やっぱり俺の方が強いみたい」
「私も本気を出さないといけないようですね」
エドワードは静かに呟くと、彼の周囲一帯が“重く”なったような感覚を覚えた。
「私は水属性しかありませんので、直接的な身体強化をすることはできません。ですが、空気中の水分を操り私の周囲を包み込むことで、その領域に侵入してくるものをいち速く感じとることができます。より水分濃度を高くすることで、私以外は水中にいるような状態にすることもできるのですよ」
エドワードは自分の能力を説明し、ローガンを降参させようとしているが、それを気にすることなく剣を構える。
「制空圏を支配しているってことですね。確かに、それならあなたに勝てる人はいないと思います」
自身の周囲にいる敵の動きを先読みし、剣を自在に操るエドワードは確かに強い。しかし、ローガンにはそれすら意味をなさないことを本人が一番理解していた。
「でも、それは俺には関係ないんですよ」
ローガンが剣を振ると、一帯の重さのようなものが消えた。対峙しているローガンと、それを発生させていたエドワードだけがそれを感じ取っていた。
「一体、どういう・・・」
ローガンは今までとは比較にならないほどの速度で動いた。その場にいた誰もが捉えることのできない速さでエドワードの腹部に剣を当てていた。
「この剣は、魔力そのものを斬ることができます。つまり、俺の前では魔法や魔術、魔導すら無効なんですよ」
ローガンの黒い剣は、小さな時からずっと一緒だ。記憶にはないが、魔導騎士団長でローガンの義理の父であるオリバーの話では、ローガンを見つけた時には剣を握っていたらしい。
「それまで、のようですね」
静観していたエンプレスト皇帝が声を掛けた。その表情はやはり変わらず笑顔を保っている。
「君の強さはわかりました。エドワード、あなたもよろしいですね?」
ローガンが剣を引くとエドワードも剣を収め、皇帝の言葉に頷いた。




