第1章 最強の男3
要塞都市ガサの概ね中央に位置する本城の地下一階に、食堂は造られている。
要塞都市というだけあって所属する兵士の数は多い。そのため、かなり広く設けられた食堂は約八百平米にも及ぶ。その食堂の一角に、他よりも上等な造りの机が置かれており、そこには料理や果物がところ狭しと並べられていた。
「ずいぶんと豪華ですね」
座席に着くと、目の前にたくさんの料理が運ばれてきた。
トーストやサンドイッチ、サラダにハムやベーコン、スクランブルエッグ、ヨーグルトや何種類もの果物が盛られた器の他にも幾つかの料理を、調理服を着た兵士が机の上に置いていく。
「いつもではない。昨日までいた兵士達の食糧が余ってしまっているんだ。都市に住む住人達にも配ってはいるのだがな。腐って棄てるくらいなら、みんなで食べてしまったほうがいいだろう」
真向かいに着席するハリソンも苦笑ぎみに話した。
食堂の奥に見える厨房では、忙しそうに料理を作っている姿が確認できる。
聞くところによると、訪れていた兵士や臨時で働く使用人達がいつまでガサに滞在するかわからなかったため、かなりの物資を調達したらしいが、思いの外早く事態が収束してしまったために、あらゆる物資が余っているそうだ。
「とりあえず食べるとしよう。お前は若いから、たくさん食えるだろう」
「若くはないですよ。もうオッサンと言われる年齢になってます」
俺よりは若いだろうと、ハリソンは再び苦笑するとサンドイッチを口に放り込んだ。
ローガンは比較的よく食べる方ではあるが、普段は一般的な定時で食事をするということはない。長年、世界中を放浪しているため、食糧は常に狩りをして調達している。そのため腹が減ったら狩る、といったように食事をするのは不定期だ。1日一食の時もあれば食べない時もある。
ローガンはハムとベーコンを皿に取り分け、口に放り込む。目の前に食事が用意されればもちろん食べるほかない。というよりこの事態の原因は自分にもあるのだと思うと食べざるを得なかった。
ハリソンも年齢の割にはよく食べる。ローガンの記憶が正しければ今年で57歳になるはずだ。朝の稽古もそうだが、まだまだ肉体的な老化は感じられない。
瞬く間に、机の上の料理が半分以上はなくなった。
「ところで、どうして俺をわざわざ朝食にまで呼んだのでしょうか?稽古や食事以外に目的があるのでは?」
ローガンはリンゴを手に取り、そのままかぶりつく。リンゴの甘味と果汁が口に広がる。
ハリソンも同じようにリンゴにかぶりついた。
「ローガン、魔導騎士団に戻ってきてはくれないか?」
リンゴにかぶりつく動作がピクリと一瞬止まったが、そのままかぶりつく。
「戻るつもりはありませんよ」
帝記298年、エンプレスト帝国は第14代皇帝が統治し、全盛期を迎えていた。戴冠から15年、第14代皇帝は39歳と若く、政に精力的に取り組み、一度は衰退しかけた帝国の繁栄を促した。古い政治体制を改革し、国民の生活水準の向上施策を掲げ、インフラ整備や農作物等の収穫量の底上げといった改革をなし、結果、帝国は潤沢な資金を確保することに成功したのだ。
さらに帝国創立300年の節目を迎え、官民の一体化はさらに勢いを増していた。
そんなある日、エンプレスト城の会議室においてある議論がなされていた。
「宰相、いくらハリソン殿の推薦とはいえ、私共は納得致しかねます。どうかご英断を」
会議室には、皇帝を除く帝国の主要な人物達が顔を揃えていた。
帝国宰相アダム、魔導騎士団長オリバー、魔導師団長ダニエル、帝国指南魔術師イザベラ、補給支援部隊長ジャック、エトロ国境警備隊長ジョージ、ガサ国境警備隊長ノア、偵察情報部隊長ハリソン、魔導騎士団最強と称される主席騎士エドワード。
主に魔導騎士団に関わる人物達が議論をかわしていた。
「団長殿、あなたはどのように考えておられるのですか?」
宰相アダムは、魔導騎士団の団長オリバーに顔を向けた。
「宰相、ローガンは義理ではありますが私の息子です。この場にいること自体、相応しくないことです。私は意見できません」
オリバーは首を横に振った。
「それでも、私はあなたに意見を伺いたいのですが?」
会議室にいる面々の表情をゆっくりと確認する。頷く者もいれば首を振る者、表情や態度を変えずにいる者もいる。
「それでは、あくまで“私的”な意見として話させていただきます。
ローガンは魔導騎士団に加えるに相応しいと考えています。なぜなら、ここにいる誰よりも、彼は強い。まだ14歳と若いが、経験を積むことで更に強くなるでしょう。いつか、彼が“世界を救う”と私は信じています」
その言葉に主席騎士エドワードの表情が一瞬ピクリとするが大きな変化はない。
そもそも魔導騎士団に所属する騎士は10人前後しかいない。魔導師の数も限られていることもあり、その中でも、魔導師としてはもちろん、剣士としても秀でていなければならないのだ。その中で、エドワードは魔導騎士団で最高の実力を持ち、歴代でも最強と云われている。その剣技は芸術と例えられるほど美しく、水の魔導を操る彼は、あらゆる敵を戦闘困難に陥れるのだ。
「“世界を救う”だと?バカバカしい。聞くところによると、君の息子は魔導どころか、魔術も使えないらしいじゃないか。14歳で騎士団に入ることすら前例がないのに、魔導を使えない者が騎士団に入るなどもってのほかだ」
激しい口調で反論するのは、魔導師団長ダニエルだ。彼はこの場にいる面々の中で最も高齢ということもあるが、40年以上もの間、皇帝に仕える重鎮である。
元魔導騎士団という経歴を持ち、魔導の知識は他に類をみないほどであった。
「私も同じ意見ですね」
魔導騎士団であり、西の国境を守るガサ国境警備隊長を兼ねるノア。横で頷いているのは、同じく魔導騎士団であり、北のエトロというもうひとつの要塞都市で国境警備隊長を兼ねるジョージだ。
エンプレスト帝国の西にはヤイナ共和国、北にはシロア連邦国が並び、その国境は常に魔導騎士団の騎士が監視しているのだ。
「みなさん、それでも私はローガンを推薦したいのです。彼の実力はすでにそのレベルにある。せめて彼の実力を見て判断していただけませんか?」
そう話すのは、魔導騎士団で偵察情報部隊を束ねるハリソンだ。今年で36歳になる彼の顎には黒々とした髭が蓄えられている。
「ここで話していても決まらないですね。それではこうしましょう」
座席から立ち上がり面々の顔を確認しながら、宰相アダムは決心したようだ。
「もし、団長殿やハリソンのいう通り騎士団に相応しい実力があるのだとすれば、我が帝国において喜ばしい限りです。ですので、エドワード。ローガンと一戦していただいてもよろしいでしょうか?」
その場にいた騎士団長オリバー以外の表情が固まる。
他の騎士ならまだしも、歴代最強といわれるエドワードと戦わせるというのはあまりにも酷であると思ったからだろう。
「エドワード、私からもお願いしたい」
オリバーは頭を下げる。
「俺は構いませんが、団長の表情がしっくりきません。まさか俺が負けるとでも?」
「私は客観的に判断しているつもりだ。ローガンは君よりも強い。ま、ただの親バカなのかもしれないがな」
会議室の面々がざわつくか、魔導騎士団長の表情はまったく変わらなかった。