第1章 最強の男2
コンコン。
ローガンの宿泊する部屋の扉が叩かれる。
時刻は午前6時。部屋の前に誰かが立ち止まる気配ですでに頭は覚醒していた。脇に立て掛けていた剣を握るとベッドからゆっくりと起き上がる。
「旦那、おはようございます」
扉の向こうから宿屋の主人が、声を押さえながら呼び掛けた。他の宿泊客に気を使っているのだろう。
腰にダガーを収めたベルトを巻きつけ扉を開けると、すまなさそうな表情を浮かべた宿屋の主人が立っていた。
「朝から悪いね。国境警備隊のお役人さんが旦那に用事があるって来てるんだ」
「わかった」
ローガンはそのまま部屋を出る。
荷物はとくにないため、剣とダガーさえ携行していれば、そもそもの支度は必要はなかった。
宿屋の表に出ると、二人の兵士が立っており、一人は三十代後半、もう一人は二十代後半くらいの男達だ。
「あなたが、ローガン殿ですか?」
「ああ、そうだ。こんな朝から何のようだ?」
ローガンは淡々と答えた。だいたいの予想はついているからだ。
「警備隊長ハリソン様がお呼びになっておりますので、お迎えに参りました」
三十代後半の兵士は表情を変えることなく話しているが、若い兵士は怪訝な表情を浮かべていた。
国境警備隊長であり魔導騎士団に名前を連ねる、いわば、都市ガサで一番の傑物が名指しで呼び出そうとしているローガンの出で立ちが、あまりにも不相応だからだろう。
黒い上下の衣服は擦りきれており、全く整えられていない身嗜み、隙だらけの表情で立つ男の姿は世辞も言えないほどみすぼらしい。
「じゃあ、行こうか」
ローガンは若い兵士の表情を気にすることはない。
兵士達をあしらうかのように、スタスタと歩き始めた。
少し慌てた様子でついてくる三十代の兵士はローガンに声をかける。
「我々が案内いたします」
「気にするな」
全く意に介することなく歩いていくローガンに、兵士達は困惑するしかない。
無言で都市ガサを歩く。朝は昼間の賑わいはまるでない。人通りはほとんどなく静寂そのものだ。しかし、あと三時間も経てば、街のあちこちに市場が開き、普段の活気が出てくる。
警備の要ともいえる砦は、街のどこからでも確認することができる。砦よりも城と表現したほうが相応しいほど立派に造られており、約一万平米はある敷地の周囲に三階建ての城郭が設けられ、その内部には五階建ての本城がある。
本城の頂上階からは都市ガサとその周囲が一望でき、外敵の存在をいち早く察知することができるのだ。
しばらく歩き、城郭をくぐり抜ける。その際に、城郭の出入口にいた兵士に制止されたが、迎えにきた三十代の兵士が説明していた。ローガンはそれを無視し構わず中へと入っていた。
「ハリソンさん、久しぶりですね」
本城と城郭の間に、正面から見て横長に広い敷地がある。そこに白い顎髭を蓄えた、逞しい男が立っている。白黒の装束に白金で加工された軽鎧は魔導騎士団の正装であり、帝国においては畏敬の象徴である。
「久しぶりだな。相変わらず、といったところか。ところで幾つになったんだ?」
ハリソンはおもむろに片手を挙げた。
それを見て、傍らに控えていた兵士達がローガンとハリソンにそれぞれ駆け寄っていく。その手には剣が握られていた。
ローガンはそれを黙って受け取り確認する。どうやら訓練用に刃が潰された剣のようだ。
「35になりました。で、これは?」
「朝の稽古に付き合って貰おうと思ってな。わざわざ呼び出したのだ」
ハリソンは自然に剣を構えた。
「拒否権はなし、ということですか」
ローガンは剣を右手に持ったが、だらりと手は下げたままである。
「そういうことだ」
ハリソンは何かを呟くように剣を構えなおすと、いきなりローガンに切りかかる。右下からの切り上げだ。
剣をだらりと提げたまま、身体を右に転身させそれをかわす。
「いきなり身体強化って本気じゃないですか」
普段と変わらない口調で話すローガンに焦った様子はまるでない。
「そうじゃなければまともな稽古にならない、だろ」
ハリソンは切り上げた剣を右に引き直し横凪ぎの一閃を繰り出すが、それを下から剣を合わせ受け流す。
常人からしてみれば目にも止まらぬ速さであるにも関わらずローガンは冷静に対処していた。
ハリソンは雷系の“魔法”を得意とする魔導騎士だ。
身体に雷を纏わせることで、極限まで反射速度をあげる身体強化を付与させているのだ。最初に呟いたのは雷系の身体強化“魔術”である。
そしてハリソンの“魔導”は雷を操ることで、周囲の生物反応をレーダーのように感じ取ることができるものだ。その範囲は数キロ先までに及ぶ。圧倒的な魔力量と繊細な技術を兼ね備えていなければならない。
ローガンがガサに来たことも、この“魔導”により知ることができたのだ。
「さて、もう少し付き合ってもらうぞ」
ハリソンは連続して剣撃を繰り出すが、ローガンはそれを見事に捌いていく。
見守っている兵士達は驚きを隠せずにいた。
帝国において絶対的な強さを持つ魔導騎士の攻撃を、表情を変えることなく捌いていくからだ。
彼ら、帝国に所属する兵士からすれば信じられない光景であった。
「まだまだ余裕といった感じだな。ではこれならどうだ?」
間合いを取るように下がると、左手を前に向ける。
その左手がバチっと輝き無数の雷が迸る。ローガンは左に大きく跳躍しそれをかわすが、ハリソンはそれを読んでいたらしく、その着地点に一気に詰め寄り剣を振る。
ハリソンの剣が標的を捉える瞬間であった。ローガンは崩れた体勢から身体を捻るように回転させると、下からハリソンの剣を弾き飛ばした。異常なまでの速度であり、ハリソンですら剣を弾かれた瞬間がわからないほどだ。
「無詠唱で上級魔術は少しやり過ぎですよ」
ローガンはいつの間にか体勢を直し、ハリソンの首に剣を向けていた。やはり、その表情に焦った様子はなく、むしろいつもの隙だらけな表情だ。
「軽く捌いておいて、やり過ぎも何もないだろ。まったく、お前の強さは相変わらず規格外だな」
「軽くじゃないですよ。結構焦りましたから」
剣を下ろし、顔の前で左手を振りながら答えた。それを見て、ハリソンは笑みを浮かべた。
「わっはっはっは。“結構焦った”か。まあいい。朝の稽古は終わりだ。よし、朝食の支度はできているか!」
唖然とした表情で見守っていた兵士の一人が、その声で我に帰りハリソンに駆け寄った。
「食堂のほうで、まもなく準備ができるかと」
ハリソンはそれに頷く。
「ローガン、お前も食べていけ。拒否権はないぞ」




