第2章 世界の異変7
海神レヴィアタンの頭部がゆっくりと近づいてくる。その距離は船から約20メートルほど。ローガンの跳躍力をもってすれば攻撃可能な範囲であったが、嫌な予感が過る。突如としてレヴィアタンの尾だと思われる部分が船首の先に現れた。
高さは約15メートル程度か。その振り上げられた尻尾を叩きつけられたら、船首の部分は間違いなく粉々にされてしまうだろう。猛烈な勢いで降り降ろされた尾を、ローガンは表情を変えることなく弾き返した。
「おぉ~!」
その反動で大きく船は揺れたが、船に乗る海賊達にとってそれは大したことではなかった。船の大きさを明らかに超えている海神の一撃を跳ね返したローガンに驚嘆の声を上げたのだ。
弾いた尾は異常なまでに硬く、ローガンですら今までに体験したことのない重さを兼ね備えている。しかし、ローガンに焦りはなかった。再び降り降ろされた尾が船首に叩きつけられるが、今度は刃を立てて切り返す。レヴィアタンの尾の半分くらいを切り裂けたが切断までは出来ない。
『我が身体に傷をつけるか。咆哮を消し去る力といい、貴様は人ではあるまい。神の力を遺す、“人ならざる者”であろう』
切り裂いた尾が瞬く間に修復されていく。ものの数秒で傷は消えていた。
「“人ならざる者”?何なんだ、それは?」
傷が修復されたのを横目で確認し舌打ちをするも、初めて聞く単語にローガンは疑問を浮かべている。
『知る由もなかろう。まあ貴様に話したところで意味もない。どうせ此処までの命だ』
レヴィアタンは再び咆哮をあげる。先程よりも収束された光の帯が、その口から発せられた。ローガンは危険を感じつつも、かわすことが出来ない状況であるため剣を構えた。かわすこと自体は容易なことではあるが、後ろにいる海賊達と船を守らなければならないからだ。
迸る閃光に対して剣を振ると、その閃光とぶつかる瞬間に物理的な重さが右手にあった。これまでは、そういった感覚は一切なかったが、この咆哮はどうやらこれまでとは違うもののようだ。
空いている左手を柄に添え、両手で剣を振った。閃光は消えることなく、上方へ進路を変えて弾き飛んだ。
『これも防ぐ、か。貴様の力だと思うたが違うな。その剣が普通の剣ならば、形を留めておくことすらできんはずだ。どうやら“神の依り代”は千年の刻をも越えたようだ』
レヴィアタンは何故か納得したように言う。ローガンの持つ剣について何かを知っているのは間違いないようである。
「お前は何を知っている?」
ローガンは尋ねた。答えが返ってくると思っていない。ただ好奇心にかられ、無意識に聞いていたのだ。
『“神の依り代”も知らんのか。まあ、無理もない。寿命が100年足らずの人間に、千年の刻は長すぎるわ』
ローガンは両足に溜めた力を一気に爆発させる。船の甲板が割れるように陥没すると、その場にいたはずの姿が消えていた。いつのまにかレヴィアタンの頭頂部に移動したローガンは、剣を突き刺すように構えて立っていた。
「話すつもりはない、ということでいいか?」
いつもの間の抜けた表情はなく、眼光は鋭く殺気を放っていた。
『その速さはやはり“人ならざる者”らしいな。どれ、殺れるものなら殺ってみるがいい。我は海の力があるかぎり滅することはない』
ローガンはフッと笑うと大きく跳躍した。
「お前らドラゴン族は、勘違いしている奴等ばかりだな」
レヴィアタンは上を向くとローガンをその視界に捉える。大きく口を開けると、今までにないような光が収束されていく。
『全力で放つのは初めてかもしれん。塵となれ、“人ならざる者”よ』
空中にいるローガンは体勢を取り直すと、上段に両手で剣を構えた。レヴィアタンは上空に向けて、とてつもない威力を秘めているであろう閃光を放った。それに対し、構えた剣を降り下ろす。
力と力がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が大気を震わせる。次の瞬間、ローガンの剣は閃光を真っ二つに切り裂き、その身体はさらに落下する。
『な、何!?』
さらにレヴィアタンの頭部に迫ると、剣は容赦なくその身を斬り裂いた。クルリと反転し、斬り裂かれた頭部の片割れに着地すると、ローガンはさらに横一閃に剣を振る。十文字に斬られたレヴィアタンを踏み台にして跳躍し、一回転して船の甲板に着地した時には、すでに剣はローガンの腰の鞘に納められていた。
『これほどまで、とは・・・だが我は滅せぬ。海の力が、我を・・・!?』
「お前らは、過信しすぎている。自分の急所も知らないのだろう」
ドラゴンは首の付け根に、核となる生命の源、人間でいう心臓と同じような部位がある。ここを破壊されなければ、早さに違いはあれど回復されていくが、核が失われれば他の生物と同様に死に至る。何体も仕留めてきたローガンだからこそ知る、ドラゴンの急所であった。
切り裂かれたレヴィアタンは、淡い輝きに包まれるようにその姿が消えていく。海賊達は初めて目の当たりにする神秘的ともいえる現象を見送ると、途端に歓声を上げだした。
「兄貴!」
「最高だぜ!兄貴!」
「海神を倒したぞ!」
思い思いに叫ぶ海賊達が騒ぐ中、セオが駆け寄ってくる。
「ローガンさん、やりましたね。海神レヴィアタンを仕留めるなんて流石だとしか言いようがありません」
「まだ気を抜くのは早い。“オババ”は複数確認したと言っていただろう。この凪の海域を抜けるまでは何が起こっても不思議じゃない」
ローガンはいつもの間の抜けた表情で答えた。セオにそう忠告するも、レヴィアタンクラスの敵が複数いたところで、然程問題にすることでもないと感じていた。
一向はセオの号令で、再び北へと進路をとる。海神を倒したことで、海賊達の士気は高く船は前よりも幾分か速くなったようであった。