表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強はオジサン  作者: 日本武尊
13/19

第2章 世界の異変5

明くる日の朝、ローガンは海の上を走る船頭に立っていた。海賊達の操る船は、基本的には帆船であるが、今回はガレー船という櫂を用いたタイプに近い船一隻のみの出航となった。屈強な者達ですら恐れる魔の海域に向かう船に、進んで乗り込もうとする者は多くはなかったが、クロエが呼び掛けると大半の海賊達が名乗りを上げた。頭領としていかに慕われているかがよくわかる。

しかし、船に載せる物資の準備が間に合わなかったことと、櫂を用いた船、ガレー船の特徴を持つ船が一隻しかなかったことが原因であった。魔の海域の特徴はその海域周辺が風の吹かない凪の状態が年中続いているということだ。凪の状態が続く海では、帆船は全くといっていいほど進まないため、ガレー船を選択するしかないのである。


「ローガンさん、魔の海域まではこの船だと約2日はかかります。通常の船よりも帆が小さいので足が遅いんですよ」


「そうか」


船頭に立つローガンにセオはそう告げたが、それを無意識に簡単な返事で返していた。ローガンは気持ちが昂っていた。いつ以来かはわからないが、そんな自分に違和感すら感じている。周囲からオジサンと呼ばれるようになってから、何をするにも虚無感のようなものすら感じるようになっていた。そんな自分が、である。


《随分と楽しそうですね》


「楽しそう?面倒なだけだ」


頭に伝わるように響く女性の声に、囁くような声で返す。船の上では、波や風の音が想像以上にするため気にする必要性はあまりないが、念のためである。


《表情などといった見た目はわかりませんが、私にはご主人様の感情が直接伝わります。隠そうとされても無駄ですよ》


「正直、ここまでする必要はなかったとも思う。だが、何故かやると口にしていた」


《そうですね。私の記憶では、子供の頃以来の感情をお持ちになられてますよ。20年ぶりくらいかと》


「だろうな。じゃなければ、こんな面倒なことはしないはずだ。なあ、この先俺が期待する展開が待っていると思うか?」


《私にはわかりかねます。ですが期待するというのは大切なことかと。それがなければ、人は前に進むことはできませんから》


「前に進む、か。しばらく考えることはしなかったが、俺がお前を“持つ”意味もわかるといいんだがな」


世界を旅し始めて、なぜ己の持つ力と剣が普通でないのか、と考えた時期があった。

帝国で暮らしている間は、他の人よりも強い、というくらいの考えしかなかった。しかし、帝国を出て、旅を始めてからしばらくすると、己の強さに疑問を抱いた。なぜ自分はこんなに強くなってしまったのか、と。自惚れもあったかもしれないが、実際に大陸内において自分よりも強いものに出会す機会はとうとうなかった。ならば世界に、と思い海を渡ったが結局同様であった。

更には、この剣だ。物心つく頃にはすでに手元にあった。義理の父であるオリバー元魔導騎士団長に拾われた際には、傍らに置いてあったと聞いていた。幼い頃から剣を振っていたし、気がつけば剣と会話することができていた。その不思議な現象を不思議なことだと認識したのは随分経ってからだった。初めはどの剣も会話が出来るものなんだと思っていたくらいだ。


「まぁ、そもそも無事に海を越えられたら、の話だがな。流石に海を船もなしに渡るのは俺もお前もできることじゃない」


皮肉っぽく笑うローガンの背に、セオが大きな声で再び呼びかけた。


「ローガンさん!いつまでそこにいるおつもりですか?しばらくは海の景色も変わらないですから。とりあえず船室で休んで頂いても構いませんよ!」


振り返ったローガンは、セオに片手を挙げた。





「ローガンさん!すぐに出て頂けますか?若頭が呼んでます!」


扉をドンドンと叩き、ローガンが島で叩きのめした背の高い男の声が響いた。若頭とはセオのことである。


「どうした?」


時刻は朝7時を過ぎたところだ。船の上ではできることがほとんどなく、海を眺めるか船室で寝ているくらいしかない。

海賊達の食事は朝晩の2回で、朝4時と夕方16時に食事を採る。どうやら、配置変更の時間に合わせて食事があるらしく、12時間交代で船の勤務を回しているようだ。

ローガンの食事は別で用意するという話ではあったが、それを断った。何もすることがないローガンが食事の時間を合わせればいいだけの話だからである。朝食を済ませたローガンは手持ちぶさたになり、船室で筋トレをしていただけであった。


船頭に立つセオに近づくと、ローガンに振り返り、少し慌てた表情で言った。


「ローガンさん、すでにお気づきかもしれませんが、魔の海域に入りました」


船室から甲板に出た段階で、風も波もないことに気がついていた。


「2日はかかると言っていたな?」


「その予定のはずでした。どうやら、我々が考えていた以上に事態に変化があるようです」


セオの話によれば、魔の海域が拡大しているという可能性があるようだ。ギリス諸島から北の海は、豊富な漁場であるため頻繁に航行する機会があるらしいが、その漁場からまだ離れていないにも関わらず、魔の海域を取り囲むように広がる凪の海に入ってしまったようだ。凪の海には、過去に間違って入ってしまい、幾度か経験はあるらしいがこれより先に何があるかはわからないらしい。魔の海域から帰って来られた船がないため仕方がないことだろう。


「ひとまず、帆を畳んで櫂に切り替える指示をしました。これより先に何が起こるかわかりませんので、気をつけて下さい」


気難しそうな表情でそうセオは告げたが、ローガンはいつもの気の抜けた顔で答えた。


「そんなに固くなる必要はない。もとより覚悟して来ているんだ。何かあっても気にするな」


「気にしますよ。もし何かあれば姐さんに合わせる顔がありませんから」


「大丈夫だろ。俺が死ぬときはおそらくみんな死ぬ。はじめから顔を合わせることもない」


ローガンは笑った。上手く笑えているかはわからないほど久しぶりに作った表情だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ