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王子の回想

あの劣等生のメイドのことが頭から離れなくなったのはいつ頃からだったろうか。

思えばリースとは出逢いからして特異なものだった。王族や一部の魔術師しか立ち入ることのできない城の最上階に突然現れて、しかも当の本人は全く自らの魔力の強さに気付いておらず、「怪しい者じゃありません」と何度も主張して泣き出して…。

当時を思い出してふと書類に走らせていたペンを止めると、自分でも驚くほど自然に笑みが溢れた。


あの頃はただのメイドが自分よりも高い魔力を持っているかもしれないという事実が受け入れられず、彼女の存在がただただイラ立たしかった。本人が無自覚というのもさらに神経を逆撫でした。


自分は幼い頃から教育の一環として魔術がこの国を、世界を統べる最も有益な手段であるということを嫌というほど教え込まれてきた。

だからこそこの国は莫大な予算を費やして優秀な魔術師を育てることに尽力し、結果的にアルシェンバーユは今や世界一の強国になった。


けれどもそれは諸刃の剣でもあった。


父である国王陛下は、この国の魔法使いの呪術によって言動を操られ次第に心身をも蝕まれ…今では長い眠りにつかされている。


だからこそ自分は誰よりも、たとえ世界一と謳われるこの国の魔術師筆頭の者よりも高い魔力とそれを使いこなす術を手に入れる必要があった。そのためには寝る間も惜しんで魔法書を読み漁り人知れずくり返し危険な鍛練にも挑んできた。


それなのにこうも易々と…リースと出逢った時は、これまでの努力を全て嘲笑わられたかのような屈辱的な気持ちになった。

それからはイーリスに毎日彼女の動向を報告させた。その内容は予想を遥かに超えて…何というかデキが悪いというにはあまりにも…とにかく王宮では見たことのないようなタイプだった。

それでも少しずつ躓きながらも彼女なりにメイドとして王宮での生活に必死に喰らいつこうと奮闘する様は新鮮で面白く…認めたくはないがだんだんとリースに強い興味を引かれていったのは事実だった。


「イーリスか、入れ。」


「…失礼します。」


ノックの前に、その気配で分かる。一部結界を解いてイーリスを部屋に招き入れた。


「先日訪問のあったクラニアート国の機密文書を解読した内容です。我が国に魔術の研究生としてスパイを送る計画もあるようですが…事前に防ぐように処理いたしますか?」


「…今は捨て置け。受け入れてからいかようにもこちらで利用できる。お前に任せる。」


「かしこまりました。」


イーリスとは昔から用件が済めば必要以上の接触は避けてきた。私の影で仕事を行っていることを知る者は王宮でもほんの一部だ。


「お前、リースのことをどう思っている?」


すぐに立ち去ろうと背を向けていたイーリスは少し驚いたように振り返った。


「もちろん今や優れた魔法使いの一人だと思っております。まだ未完成な部分も多いですが、魔力の高さからしても将来はこの国になくてはならない存在になるかと――」


「いや、そうではなくてだな…」


「といいますと?」


きょとんとしてこちらを見るイーリスの頭からつま先までをまじまじと見つめる。

甘いマスクに均整の取れた体躯…どこかミステリアスな雰囲気は女性には魅力的に映るかもしれないな…


「あの、殿下?」


「もうよい。行け。」


「は、かしこまりました。」


いつの間にかリースがあの男に恋心を抱いていたことを不快に感じた。そう…それがつまらない嫉妬心からだと自覚したのはつい最近のことだ。


信じられなかった。自分はいずれ国王になる身だ。王宮でもレリアはじめ洗練された貴品ある女性たちはいくらでも見てきた。魔力が高いとはいえあれほど欠点だらけの女に心奪われるとは…認めたくなかった。


「この私のプロポーズを簡単に断ってくれたな」


ネハル湖でリースにプロポーズした直後に、近くに潜んでいたバテと目が合った時…頭に血が上って気が付いたらリースをこの胸に抱き寄せていた。渡したくなかった。他の男になど触れさせたくない。このまま私だけの胸の中に閉じ込めてしまいたいと…本気で思った。


あどけない子供のように素直に泣き笑いする彼女を…高い魔力を誇示するでもなくただ、魔法で城門の装飾がしたいと純粋に目を輝かせる彼女が心から愛おしいと…皮肉にも求婚を断られたあの日に自覚した。

一度認めてしまえば想いは溢れ出てもう自分では止められない。


「どう責任を取ってもらおうか…」


いくら平静を装っても自分の中身はもう変わってしまった。幼い頃から個人的な感情など無駄なものと押し殺して…その内何も感じなくなっていったはずだったのに、自分にこんなドロドロとした激情が眠っていたとは…。


『今日は最北の島キラーファでリースとバテが2人で魔術師筆頭のロドの特別指導を受けている』と、イーリスの報告メモを握り潰して青白い炎で焼いたヴァン王子は、夕闇迫る北の窓辺に立ちながら不適な笑みを浮かべた。


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