王子のお相手 (3)
(ヴァン王子視点)
「きゃっ! 殿下…?!」
「失礼! ルリアル嬢、あいつ…」
ルリアル嬢が扉を開いたまさに目の前に転送するとは…
「もうこちらにいらしていたなんて、申し訳ありません、殿下。こちらへどうぞ。」
ラスティート邸ほどではないが、造形美を追求したようなアンティーク調の室内は、並の貴族より余裕のある暮らしぶりを伺わせる。
「ルリアル嬢、ここで家庭教師をなさっているそうですね。」
「ええ、お陰さまで。最初は不安でしたが、実際始めてみたら思いの外楽しくって。ここに来てから体調も以前よりも良いくらいです。」
そういう言って微笑む、ルリアル嬢の表情はとても柔らかだった。
「ルリアル嬢…本当に申し訳―――」
「どうか謝らないで下さい、殿下。あのような愚かな行動をとってしまったのはわたくし自身の責任です。本当に何とお詫び申し上げたらよいか…どんな罰でもお受けいたします。」
決意したような真っ直ぐな瞳がこちらに向けられる。
「いや、咎めなどありません。」
「殿下…」
ルリアル嬢が少し思い詰めたような表情になったので、安心させるように目をみて頷く。
「申し訳ありません殿下…あの…あのお方は…」
ルリアル嬢の罪悪感と深い情が混ざったような面持ちで…言いたいことはすぐに分かった。
「もちろんラスティートにも咎めはありません。」
そう言うと、ルリアル嬢はホッと息を吐いて頭を下げた。
「頭を上げて下さい。私の方こそ結局あなたに何も―――」
「いいえ。ウィンティート家がスムーズに社交界に復帰できたのも殿下の後押しがあったからです。セレーネ王妃様の離宮で、殿下にお会いした時に教えていただいた情報はとても貴重でありがたく…本当に感謝しております。」
「ルリアル嬢…」
しっかりとした物言いに心から安堵した。彼女はもう大丈夫だろう。
「ところで…リースは宮廷ではいかがですか?」
「えぇ。研究生ながらにとても優秀な魔術師で、皆も将来を期待しています。」
「そうですか。それは良かった。それでその…間違っていたら申し訳ございませんが…」
「?」
今度のルリアル嬢の戸惑うような表情からは、何が言いたいのか全く分からない。
「殿下は、もしかしてリースのことがお好きなのではないですか?」
「…まさか。何をおっしゃるかと思えば…」
様子を伺うようにこちらを覗き混んでいた焦げ茶色の大きな瞳がやがて少し見開かれた。
「殿下…それは私のカップです。」
「っ!…失礼!」
軽く咳払いをして、一呼吸おいてから魔法で新しいカップに紅茶を注ぐ。
「…ルリアル嬢は、何故そのようにお考えに?」
「いえ…ただ以前にお会いしている時もそういえばリースの話題が多かったなと思っただけで…私の思い違いでしたら大変失礼いたしまし…ふふふっ。」
「ルリアル嬢…」
「申し訳ありません。殿下のそのように困ったお顔…ふっ…はじめて拝見いたしました。」
肩まで揺らして楽しげに笑う彼女をみて嬉しい反面、何とも複雑な気分だ…
「殿下…一つお伝えしたいことがございます。」
話題を変えてひとしきり宮廷内のことを話終えた後、決意したようにルリアル嬢は口を開いた。
「リースの母親についてなのですが…」
「母親?」
「ええ。母の親友でウィンテート家で侍女頭をしていたミリィという女性です。」
そういえば…ウィンティート家に寄り添うように並んだ墓石に、以前リースと墓参りしたことがあったか…
「その女性が何か?」
「『イリーナエル』…リースの母親の本当の名はイリーナエルというようです。」
―――――――――――!!
「なぜウチで偽名で働いていたのかは分かりませんが…偶然聞いてしまった母との会話と…私物のイヤリングの小さな刻印を目にしたことがあって…」
「…。」
「殿下?」
「…いや、続けてくれ。」
「リースはこれから国内外の表舞台にどんどん出ていく魔術師でしょうから、どうか…どうか殿下に守っていただきたいのです。このようなことを厚かましく殿下にお願いできる立場でないことは重々承知の上でのお願いなのですが。」
「…心得ました。話してくれてありがとう。」
解けない呪いのようにずっと頭から離れなかったその名前…
しびれを切らした小さな生徒達が部屋に飛び込んできたのを眺めながら…受けた衝撃よりもその事実が妙に腑に落ちる感覚になっていくのが不思議だった…