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恋の終わらせ方 (2)

(エミュレー視点)


何となく、ラスティート様のお気持ちが自分にないことは分かっていた。

けれどそれでもいいと思っていた。成り上がり貴族の彼は、ウィンティートの家名が欲しいのだろうから、それを与えてあげることのできる自分の身が誇らしくさえあった。


「眩し…」


馬車のカーテンの隙間から、午後の黄金色の陽射しが差し込む。ふと小窓から外を覗くと、いつもの見慣れた田舎の風景が広がっていた。春はたんぽぽに菜の花…夏はラベンダーに真っ赤なダリア…秋は淡い色とりどりのコスモスとシオン…今は、真っ白なファンシリアの花畑が広がっている。

確か、嫌々ながら最初のお見合いに向かった時もこの花が咲いていたような気がする。


「不思議ね。」


あんなに、心踊らせて何度も通った道なのに…いつからかこんなに色褪せた景色になってしまった。


ラスティート様と初めてお会いした時は、別に胸がときめいたりとか…特別そういうことはなかった。体格がいいばかりでどこか垢抜けない容姿はさることながら、貴族になったばかりの彼の振る舞いは、社交界で出逢う紳士達のそれには到底及ばなかったし。

想像以上に立派なお屋敷には正直心が動いたけれど、田舎のど真ん中の土地というのも不満だった。


「ふふっ…」


ただ、プレゼント攻撃には参った。貿易商だけあって珍しい調度品や高価な宝飾品の数々…誰に指南を受けたのかセンスも抜群で、貧乏貴族を絵に描いたようなウィンティートの屋敷は急に華やいだ。それは、貴族としての自尊心を満たしてくれるものだったし、単純に、ラスティート様の優しいお心遣いが嬉しかった。今思えば全部…そう、あれもこれも全部がルリアルのためだったんだけど…。

リースに言っても信じないだろうけど、一番嬉しかったのは毎週のように送られてくる花束だった。芳しく美しい生花は、心を明るく優しくしてくれる。お会いした時にその話をしたらラスティート様は花束だけでなく、大きな花木や鉢植えの苗までたくさん手配して下さった。あんまりたくさん送られてくるものだから、自分なりに寄せ植えやアレンジメントを造って、四年前の宴以来、復帰した社交界でご婦人方にプレゼントしたらとても好評だった。

お庭の手入れも使用人に任せることもできたけれど、ラスティート様からの贈り物だと思うと、自然と愛しさが湧いて自らの手で育ててみたいと思った。


『エミュレー』


昨日の夜、声が聞こえた…空耳だと思った。

ふと、しばらくぶりに外の風に当たりたくなって玄関を出てみると、庭は見事に荒れていた。ラスティート家からの使用人はみんなクビにしてしまったし、ターネットお姉様も最近はじめた内職や他の家事で手がまわらなかったようだったから、当然のことだと思った。

何となく花壇の隅に気配を感じて、歩み寄ったら一輪だけ薄く丸い青紫のマルルムの花が、辛うじて咲いていて…仄白く光ってみえた。


『待ってたわ、エミュレー』


私には魔力もないし、妖精の類も見えたことがない。長い間部屋に閉じ籠っていたせいで、頭がおかしくなっていたのかもしれない。

けれども確かに聞こえた。笑っているような温かく優しい声だった。


「私が終わらせて差し上げないと…」


あの人は、このままでは決してルリアルに求婚しようとはしないだろう。仕事では、即決即断の威厳に満ちた人なのに…普段はどこか臆病で自信なさげなあの人…実直で謙虚で…尽きない向上心と少しの劣等感と…細く少し垂れた目のフニャフニャとしたあの笑顔…できれば私がお側でお支えしたかったな…。


ラスティート邸に到着した時は、完全に陽は沈んでいたけれど、リースの魔法のお陰で全く寒くは感じなかった。



(リース視点)


「食事の支度まですみません。」


アイーラさんは、何も聞かずにウィンティートの屋敷の掃除とお腹に優しそうなスープまでつくってくれた。ターネット様は自室で休んでもらっている。


「いいえ、簡単なものだけどね。お風呂は沸いた?」


「はい、ウーデンの実とバスティラの花も浮かべておきました。」


我ながら気が効く使用人になったものだ。


「アイーラさん、もう遅いので転移魔法でご自宅までお送りします。」


「ありがとう、リース。悪いわね。」


「いえこちらこそ。本当にありがとうございました。」


空気を読みつつ、テキバキと今この家に必要な家事をこなすアイーラさんは格好良かった。

それにしても、ヴァン王子からもらったこのステッキのお陰で、魔法の発動がとてもスムーズだ。


「エミュレーは、そろそろ帰ってくるかしら…」


「ターネット様。」


眠っていたはずのターネットが、リビングに姿を現す。時計を見ると夜の11:00をまわっていた。


「大丈夫です。馬車はこちらに向かっています。あと10分…いえ、5分もすればお着きになると思います。」


「ありがとう、リース。」


ターネットは、深い安堵のため息をついた。


「あの、ターネット様、私もそろそろお暇しようかと…。念のため食器棚にもう一ヶ月分の薬草ドリンクと高カロリーグミを入れておきました。グミは長期保存ができるので非常食にもなりますし…味も色々あるのでよかったらまたいつでもお持ちしますので…」


何で、自分は最後にこんなグミの宣伝をしているんだろう…


「まぁ、リース。エミュレーには…」


「いえ、私は…」


ずっと、私はラスティート様のお気持ちを知っていたのに、何もできなかった。エミュレー様に合わせる顔もないし、慰めの言葉なんて思いつかないし…ここは早く立ち去って…


ギィィ―――


音がした玄関の方に視線を移すと…

項垂れて老婆のように背筋も丸く…今にも人を呪い殺しそうなオドロオドロしい雰囲気の女が…


「ギャッ! 化け物ッ!!」


顔を上げた瞬間、メイクも崩れ果てて、水分でベタベタのグチャグチャのエミュレーがこちらを睨んでいる。


「…何ですって?」


怖っ…!! まさか少し早く魔法が解けてしまったのかしら…でも玄関の扉の隙間から見える馬車は、まだその煌やかな形状を保っていた。


「エミュレーっ!!」


背後から駆け寄ったターネットが、エミュレーに思いっきり抱き付く。


「おねぇさま…」


「お帰りなさい。よく戻ったわね。」


あまり感情的にならないターネットの声が震えている。


「痛いわお姉さま…離して…すぐお風呂に入りたいの。」


「あっ、ちょうど沸いてます! エミュレー様。」


やっぱり、到着と同時に湯船に浸かれるようにというアイーラさんの指示は的確だった。


「…ありがとう、リース。」


エミュレーに掛けた魔法が、キラキラと光の粒を散らしながら解けていく。


「エミュレー様…」


アイメイクが崩れて、目の下から頬へ何本もの黒い筋を走らせて、悪魔みたいな顔になったエミュレーは酷く疲弊してみえたけれど、決して弱々しいばかりではなかった。


(魔法使いになって良かった…)

狭い廊下に光の道を描きながら湯殿へ向かうエミュレーの後ろ姿に、リースはその夜、初めてそう思った。

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