恋の終わらせ方 (1)
荒れ果てたウィンティート家の庭の、小さなベンチに座っていたのは、まだ線の細いエミュレーだった。
「エミュレー様…」
(言い訳をして逃げることもできたのだが…何故だかそれができなかった…)
「リース、よく来てくれたわね。」
エミュレーの声に力はないが、わずかに精気のようなものが感じ取れる…
「エミュレー様…この間は、ご無礼を申し訳ありま――」
「とりあえず、ダサいからこれ取ってよ。」
エミュレーは、自身の左の首元を指して、リースが以前かけた、自害を封じる魔術の呪縛刻印を指した。
「あ、あの…」
「たかが男1人のために自害なんてしないわよ。冗談じゃないわ、私はまだこれからだもの。」
「は、はい…わかりました。」
ササァァァ――
「…。」
(何と声をかけたらいいのか分からない…)
「あの、エミュレー様、どうして急に私を呼ばれたんですか?」
「…悪いことしたなぁと思って。」
「え?」
エミュレーは、庭の萎れた小さな花の一つに目を移した。
「リース、あともう一つお願いがあるの。」
「え?」
「魔法で、今日だけ私を特別に綺麗にして欲しいの。」
「え?」
意味が分からず、リースが思わず顔を上げると、エミュレーの瞳は至って真剣だった。
「これから、ラスティート様にお会いしてくるわ。昨日から帰国なさっているらしいの。」
「あ、あのエミュレー様…」
(まさか、今さら着飾ってルリアル様に対抗しようとしたって…)
「私から振ってやるのよ。」
「え?」
「あんな意気地無しはこちらから願い下げだわ。」
横を向いたまま、エミュレーは淡々として口調で言った。
「不本意だけど、今のわたくしの弱った姿…自分のせいだとあの人に思われたら悔しいもの。だから魔法で…お願い、リース。」
「エミュレー様…」
口調こそ昔のままだが、エミュレーの声は僅かに震えている。
(この人は、本当にラスティート様のことを想っていた…)
「すみません、エミュレー様。わたしはメイドの一年生を終えたところで、魔術の研究生になってしまったので、二年生で習うヘアメイクや服飾系は全くで…」
具体的なイメージがあれば、それを現象化させる魔法は発動できるんだけど…
「うそっ! 天下の宮廷魔術師が出来ないの?! ここにきて役に立たないなんて…さすがはリースね!」
「プッ…ヒドいです!エミュレー様!」
「フッ…冗談よ!」
(あの大嫌いなエミュレーと笑い合っているなんて、信じられない。)
「あの、エミュレー様…助っ人を呼んでもいいですか?」
「…仕方ないわね。お願い。」
「少々お待ち下さい。」
王宮殿に意識を移して呪文を唱えると、幸いにも一番の候補者とコンタクトが取れた。
「リース、お呼び?」
「アイーラさん! 突然すみません。」
ファルーナ姫に変身した時に、お世話になった侍女のアイーラさんは美容系専門のメイドだった。
転移魔法でウィンティート家に来てもらったのだ。
「いいえ、いつか今度はリースの役に立てればと思っていたのよ。」
「こちら、ウィンティート家の次女、エミュレー様です。この方を美しくドレスアップしたいので、ご協力お願いします。」
「まぁ、名家のお嬢様ですわね。承知したわ。」
アイーラさんは詳しい事情も聞かず、エミュレーを眺めて何枚かのラフスケッチのデザイン画を描いてくれた。
「「「これがいいわ!」」」
3人の意見は一致した。
いざ、魔法をかけようと、リースは王子からプレゼントされたステッキを天に掲げる。
「リース…大丈夫なの?」
魔法をかける前に、エミュレーの顔に緊張が走る。
「お任せ下さい。」
この女を最高に綺麗にしてあげたい…リースは不思議と本心からそう思った。
「まぁ、美しい馬車まで…」
輝くマゼンタが差し色の、薄紫の白馬車は、エミュレーの今日のドレスと良く似合う。
「リース…ありがとう。今まで…本当にごめんなさい。」
頭を下げたエミュレーが信じられない。何だかいたたまれなくなって…
「わっ、私のことは構いませんから、早く向かって下さい。魔法の効力は夜の12:00までですから。」
「まぁ。異世界のおとぎ話みたいね。」
「あれ好きだったんです。」
シンデレラ…清らかな心を持った乙女の一発逆転人生劇…子供の頃からずっと憧れたものだけど、今、分かったのは、魔法をかけるおばあさんの立場も相当楽しい。
「失礼いたします。」
アイーラさんは、血色が良く見えるようにエミュレーのメイクを手直しして、薄紫のバスティラの蕾を左に流した巻髪に沿えて五分に咲かせた。
「ありがとう。」
今までに見たこともない、柔らかな笑顔を残して、馬車に乗り込んだエミュレーは、我ながら鳥肌が立つほどに美しかった。