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不気味なライバル (4)

深呼吸をしてからドアをノックすると、少し経ってからグリーミュが出てきた。


「何か御用でしょうか?」


相変わらず無表情で無愛想だ。

背丈はリースよりも少し低いくらいだったが、体格が良く、距離が近いとさらにどっしりとしていて迫力がある。


これで(つか)み合いのケンカになったら完璧に負ける…。


リースは本能的にそう思って一歩後退る。気持ちの揺らぎを悟られないように小さくコホンと咳する。


「あの、あなたキッチンの鍋のスープを捨てた?」


グリーミュは少しうつむいて小さい声で答える。


「はい…いけませんでしたか?」


あっさりと認められると拍子抜(ひょうしぬ)けしてしまう。


少しの気まずい沈黙の後、たまらずリースが口を開く。


「あれは…あれは今まで重宝(ちょうほう)していたのに断りもなく捨てるなんて…それにうちの家計では今朝のような食事を毎日出せるわけじゃないでしょう?」


グリーミュは目線を下げたまま遠慮がちに話し出す。


「…野菜と果物はラスティート様にいただいた花束の中に食べられるものがいくつかあって、花が散った後、種か採れたものはそのまま庭に植えてあります。特にペンテンというハーブ菜は摘んでもすぐ1日20㎝ほど伸びるので毎日でも食べられますし、香りも良く食物繊維の多い食材です。他に根菜のロルクは一週間、果実のピータも二週間ほどで収穫できます。これはもうラスティート様のお計らいとしか言えないのではないでしょうか?」


「はっ?!なっ、何でそんなこと知っ…」


「肉は市場に行く途中の牧場に直接買い付けに行きました。市場の3分の1程の値段で買えますし、特に内臓は部位によって無料で頂けることもあります。」


「なっ、なっ、内臓…」


「差し出がましいとは思いましたがどうかご容赦下さい。」


グリーミュは気がつくと真っ直ぐとこちらを見ている。

心なしか分厚い眼鏡の奥の瞳がキラリと光ったような気がした。スゴい…。どこでそんなこと覚えたんだろう。リースは慌てて目を逸らしながら、


「わ、分かったわっ。今回は目を瞑ってあげるっ。

でっ…でもこれから何かキッチンの物を処分したりするときは私に声を掛けてっ。」


と言ってそそくさと逃げるように裁縫室を後にした。


◇◇◇


 慌てて玄関のドアを開けると庭が随分と賑やかなことになっている。


しかしそれは見るからに家庭菜園という感じでもなく、果実を実らせた樹木とハーブ野菜、(ほころ)び始めた花々がバランス良く配置されている。



 ヤバい、ヤバいヤバい…とんでもない娘が来てしまった…。



グリーミュが作ったパスタソースを温めながらリースは今まで感じたことのない焦燥感(しょうそうかん)に襲われていた。


()げ臭いわよ。」


背後からエミュレーが現れる。


「ぎゃっ、あわわわっ」


慌てて火を止める。底が焦げてしまったが、パスタに使う分くらいはありそうだ。


「相変わらずドジな娘ね…そういえば手紙は来てない?」


「へっ? いいえっ、どなたからですか?」


エミュレーの頬が(ふく)らむ。何かまずいことを言っただろうか…。


「またラスティート様からお菓子とお花が届いていますよ。」


ターネットがダイニングに現れる。

後ろからグリーミュが両手いっぱいに花束を持ち、お菓子が入っているらしいバスケットを両腕にぶら下げている。


花束にちょこんと添えられたメッセージカードをターネットがエミュレーへと渡す。


エミュレーは深いため息を付くとそのまま黙って昼食の席に着いた。

  

◇◇◇


「ラニャ食べたくない。」


その日の夕食でエミュレーが(つぶや)いた。


食卓はグリーミュのお陰で朝食よりもさらに品数が増えて豪華になっていた。


久しぶりに聞く悪魔の呪文のような言葉にリースの顔がひきつる。


「何かおっしゃいましたか?」 


グリーミュが聞き返す。


「このスープのラニャが食べたくないの。全部取り除いて。」


グリーミュは一瞬驚いた顔をしたが


「かしこまりました。」


と言ってキッチンに消えて行った。


どうしよう…手伝った方がいいだろうか。

いくらグリーミュが優れた召し使いでもこんな細かいものを取り除くのは無理だろう…。そうだ、いくら手伝ったって無理なものは無理なんだから…。スープをぶっかけられるのは可哀想だけど、この家にいるなら不機嫌な時のエミュレーの洗礼は避けられない。

たとえラスティート様が現れても、性格なんてそんな簡単に変えられるものじゃない。


4、5分経っただろうか…グリューミュが新しい皿を持ってきた。湯気が立っているところをみると別の新しいスープでも作ったんだろうか。


「まぁ…キレイに取れているわ。」


ターネットが感心したというような声を上げる。


「まっ、まさかそんな」


リースは遠巻きに思わず食器を覗く。


「うっ、嘘?!」


スープはどうみてもさっきと同じスープなのにキレイにラニャだけなくなっている。姿がないばかりか独特の香ばしい匂いまでなくなっている。

エミュレーは不満そうな顔をしながらも、しばらくスープ皿を見つめて大きなため息を付くと、


「負けたわ…あなたにドレスを任せていれば安心ね。よろしく頼むわ。」


と言って静かに食事を続けた。


◇◇◇


 夕食後、リースはたまらずグリーミュを呼び止めた。


「あの…さっきはどうやったの?」


「何のことですか?」


「とっ、とぼけないで。ラニャのことよ!どうやったらあんなキレイに取り除けるの?」


「…。」


「も…もったいぶってるの?」


グリーミュは気味が悪いけれど今後のために何としても聞き出さなくては。


「主人の心の(わずら)いを察するのは侍従(じじゅう)の基本…。ラスティート様は東方の島国へ出向かれているそうですよ。」


「へっ?」


グリューミュは不適(ふてき)な笑みを浮かべると足早に裁縫室に消えていった。


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