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王子様とポーリンにて(2)

ポーリンの玄関口は、浅い森を抜けた山々の麓にある。


「ふぅ…」


正直、バテ君の追跡を撒いてここまで来れたのは奇跡に近い…ウィンテートの屋敷近くで転移魔法を使おうとした瞬間、目の前にバテ君が現れた時はもうダメかと思った。

それでも持てる知識と魔力を駆使して、待ち合わせ場所に辿り着いたのは、ヴァン王子が指定した時間の一分前だった。


「殿…いえ、ヴァンナちゃん!!」


都へ続くいくつかの街道が交差するポーリンの麓の街は、保養のために訪れる貴族のみならず商人や観光客で溢れかえっている。


「リース。」


可愛らしい容姿の無愛想な表情が何とも懐かしい。


「今日は、お忙しい中本当に申し訳ありません。あっ…」


リースが頭を下げたと同時に、ハラハラと何枚か葉っぱが地面に落ちる。


「…いいや。褒美としては足りないくらいだ。」


ここまで来るのに大分山林の中を分け入ってきたから…顔を上げたら王子が肩に付いたクモの巣を払ってくれていたところだった。


「すっ、すみません。ちょっと急いで来たもので…」


「では行こうか。」


王子は、都とは違うポーリンの雑多な人混みに躊躇なく飛び込んだ。


「あっ、はい。」


緩やかな上り坂を少女とは思えないほどのスピードで歩くヴァン王子の後ろ姿が、数メートル置きに立ち並ぶ温泉まんじゅうの煙で何度も見えなくなった。


「ヴァ…ちょっと待っ、ギャッ」


背中に鈍い痛みが走った次の瞬間――


「きゃぁぁぁっ、申し訳ありませんっ」


リースはバランスを崩して倒れ込み、下を見ると行商の屈強な男と…さらにその下にヴァンナちゃんが埋もれていた。


「だっ、大丈夫ですか?!」


ヴァンナちゃんは、自分の3倍はあろうかという大男よりも早く、それはエレガントに立ち上がった。


「荷はここにある。連れがすまない。」


男は、ケガ一つなく、ピンピンしている美少女にあっけにとられていたが、大事な商売道具の無事を確認すると小さくペコリとお辞儀をしてそそくさと去っていった。


「殿下、申し訳ありませんでした。」


「いや…」


「あ、ちょっと、失礼します。」


スカートに付いていた埃を払ってあげると、ヴァン王子は少し赤くなってムスッとして背を向けてしまった。


「もうよい。」


「は、すみません。」


どうしよう…序盤から失敗してしまった。少しの間気まずい沈黙が流れる…


「行くぞ。時間は限られているんだ。」


「あっ」


手首を捕まれて進んだ小路の先には、一件の温泉まんじゅう屋と川を挟んで大勢の宿が立ち並んでいた。


「ほら。」


そう言って差し出されたのは、あまりの湯気でその実体がみえないけれど、独特の甘い香りは紛れもなく温泉まんじゅうだった。


「食べないのか?」


ヴァンナちゃんはいつの間にか軒先に座って抹茶を啜っている。


「いえ、ちょっと食欲が…」


午前中にウィンテート家で、エミュレー様に会ってからずっと胃の辺りがムカムカする。

ジッとこちらをみる王子の瞳に、自分の黒い心の内が見透かされるのが怖くて、リースは思わず目を背けた。


「あの…それでどうしてここに?」


「この店が一番好みなんだ。」


真面目な顔で、そういう王子が何だか可笑しくて吹き出してしまった。


「何だ急に?」


「いえっ…ふはっ…わたしも今度来た時に食べてみたいです。」


重くて暗い気分が一瞬で吹き飛んで…いつの間にか笑っている自分が不思議だった。


「おかしなヤツだ。…もう行くぞ。」


抹茶を飲み終えたヴァン王子が、立ち上がって川の向こうに並ぶ宿を指差す。


「この周辺はあくまでも、都へ向かう商人や一般の見物客向けの簡易的な宿だからな。かつて集客数で点数を稼ぐことを目当てに、この辺りに宿を建てたメイドもいたことはいたようだが…結果は散々だったらしい。」


「そうですか…。」


メイドの卒業試験では、一週間の期間の内、二日間はセレーネ王妃や国家の要人達が宿泊客となるが、その後は、どんな客をどのくらいとるかは自由になっている。ちなみに満足度によって、値段も宿泊客が決めることになっており、セレーネ王妃達の評価の次に、売り上げ金額が大きな点数を占める。どんなお客様をターゲットにするかは重要だ。


「この辺りには温泉も湧いてないからな。」


「そうなんですか?」


こんなに大きな街だからてっきり温泉がたくさんあるのかと思っていた。


「向こうの山を越えたあの辺り、青い煙が見えるか?」


「はい。」


奥の山の中腹に、細い糸のように綺麗な青い線がみえる。温泉の煙だろうか。


「あそこが、古くから限られた貴族の保養地だった場所の一つだ。ペテルの源泉…今でも長期間に渡って訪れる者は多い。」


「これからあそこへ?」


「あぁ。」


王子は、早速歩き出そうと背を向けた。


「あ、少々お待ち下さい。」


ここは移動魔法だよね…ええと…あの付近の距離と標高と…あと王子も変身してるから運んだ方がいいのかな…ヴァンナちゃんの体重を聞いてもいいかしら…


「いや、魔力は使わなくていい。」


頭のてっぺんから足の先まで、なめるようなリースの視線に気付いた王子が振り返る。道は行き止まりに見えた。


「ここは?」


王子の背後には、柏の木の妖精達が現れ、音もなく透明な橋が架かり、白い羽の生えたシャンパンゴールドの駒をくり貫いたような舟が現れた。


「すごい…!」


「ここでは珍しくない移動手段だ。」


ヴァンナちゃんは、ちょっと得意気になっている。


リリリリッー!


「ん?」


遠くで鈴を転がしたような音がする。王子の視線を追うと少し前方に長い首と足を持つ白銀の鳥のような生き物が見えた。手綱や鞍が付いているところを見るとあれも移動の乗り物なんだろうか。


「綺麗な鳥…」


「あれはカーヤという霊獣だ。珍しいな。まぁ、乗りこなせるのは一部の先住の民だけで、人にはほとんど慣つかない。」


「そ、そうですか…」


ちょっと残念…いつかのシーオンの背を思い起こさせるようなフワフワの美しい毛並み。マジマジとみたら群れの中の一匹に睨まれてしまった。


「行こうか。」


女の子の姿の王子にエスコートしてもらうのも不思議な気がしたが、立ち振舞いの優雅さは、さすが王子様だ。

舟は、ふわりと宙を舞うとあっという間にポーリンの麓の街は小さくなっていった。


「ポーリン全体には、3つの源泉がある。これから行くペテル、アーゼ…それとネハだ。」


王子は舟の上からそれぞれの位置を指した。


「はい。ネハの温泉はオレンジ色の煙でしたね。」


しまった! あの時は、ファルーナ姫に変身して王子の目を欺いていたんだった…! そうっとヴァンナちゃんの顔をみると、左眉がピクリと動いた気が…


「…そうだ。でもネハは、基本的に王族のみに立ち入りが制限されているから、残りのどちらか二つの源泉の近くで宿を建てることになるだろうな。」


当時を思い出したのか、うつむい て王子が浮かべた微笑がちょっと怖い。


「ネハは、メーデ火山も近いし沢山の人が立ち入るのはちょっと危険そうですしね。」


ごまかすように笑うと、王子は少し目を見開いてから頷いた。


「そうだ。あの辺りはメーデ火山が目前で…天然のバリアが張られているから選ばれた者しか近づけない。」


そう言う王子の真っ直ぐな瞳の黄金が鋭く光って…と、思ったら次の瞬間には、不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。

久しぶりの投稿になりました。

読んでいただいてる方、本当にありがとうございます!

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