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恋の代償 (10)

「ここはとても温かいのね。」


ルリアル様の回復は順調で、目覚めてから一週間ほどで外に出られるようになった。


「今薬湯をお持ちします。」


『ラスティート様が特別に調合させたものです。』という喉まで出かかった言葉を辛うじて呑み込む。


「ありがとうリース。」


ルリアル様は、小さな陶器に注がれる深緑色の液体を、ぼんやりと眺めてからゆっくりと飲み干した。


「苦しかった…世界が歪んで身体が炎のように熱くて溶けてしまったかと思えば、氷のように冷たく固くなって砕けてしまったかと思ったわ。ずっとその繰り返しだった…。」


何という苦しみだろう…想像もつかない。


「ルリアル様、何とお詫び申し上げたらいいか…」


どうしてあの時、魔力増幅の薬があるなんて、口を滑らせてしまったんだろう…後悔してもしきれない。


「決してリースのせいじゃないわ。」


ルリアル様は、焦げ茶色の大きな瞳で真剣にこちらを見据えた。


「苦しい時は早く…早くもうここから解放されて楽になりたいと何度も思ったわ。でもその度に私を呼ぶ声が聞こえてね。」


「ラスティート様ですか…」


ルリアル様は少しうつむいた後に、野原の庭園に視線を移した。


「その時は気付かなかったけど、そのようね。」


「…ずっとお側に付き添っておられましたから。」


温かな風と共に、小鳥の囀ずりが遠くで聞こえる。天国のように美しく時が止まったような庭園で、小川の流れだけが絶え間なく瑞々しい音を奏でている。


「私に王太子妃は無理のようね。この身を滅ぼしかけて漸く理解できた。」


「…。」


やっぱりルリアル様は本気だったんだ。


「自分の器には過ぎたものを望んでしまった。立ち止まりもせずに、間違った道を突き進んでしまった罰ね。

でも、私にはどうしても引き返せなかった。お父様が亡くなってから、親しいと思っていた人すら周囲の人間は、どんどんわが家から離れていったわ。財産が底を着いてからは流行りのドレスも買えずに馬鹿にされたり…その内、社交界にも招待すらされなくなった。

それはそれで…もう虐められて恥を掻かなくて済むとホッとすると同時に、私はそんな自分が情けなくてとても悔しかった。いつか必ず見返してやりたいと思った。三年前の宴はどうしても逃せない絶好のチャンスだったの。」


「…。」


私が屋敷でずっと怠けている間にルリアル様はどれほどお辛い思いをなされたことだろう…。


「リース、当時は本当にごめんなさい。宴のドレスにしろ社交界に復帰した時のことを考えても、グリーミュはどうしても外せなかった。リースには新しい屋敷を紹介しようと思っていたけれど、追い出すような形になってしまって。」


「そんな…。」


涙が込み上げて、それ以上言葉が出ない…代わりに思いきり首を横に振った。


「最初はね、王太子妃なんて考えもしなかったの。ただ魔法でヴァン殿下の気を引いて…万が一でも踊っていただければ、必ず周囲の注目を集められる。そうすれば由緒ある家柄の男性との縁談が舞い込むと思ったの。だからセレーネ王妃からお呼びがかかった時は本当に驚いたわ。最初は戸惑ったけれど…それでも、殿下のあの周りの男性とは比べものにならないほどの研ぎ澄まされた高貴な雰囲気…殿下と過ごしているとこれまでにウィンティート家が失った物を全てを取り戻せ…いえ、それ以上に素晴らしい世界をみせてくれるような期待で胸がいっぱいになったの。」


そう言いながら、遠くを見つめるルリアル様の瞳にも涙が浮かんでいる。


「今思うと、なんて愚かだったのかしら…」


ルリアル様は、視線をこちらに戻して力なく微笑んだ。


「ルリアル様…」


相変わらず愛らしいお顔だけれど、病み上がりで痩けた頬に改めて胸が傷んだ。


「ずっと屋敷の中にいたからかしら…何だか眩しくてクラクラするわ。晴れた日の庭園が大好きだったのだけれど…」


「こちらへどうぞ。」



大きな日差し避けの傘を指す。


「ありがとう。もう屋敷の中へ戻りましょうか。」


ゆっくりと席を立つルリアル様のお姿は、まだ何とも頼りなかった。


「ルリアル様…どうか…どうかお幸せになって下さい…!」


当時は、ただただクビにされたことがショックで…今まで一度もルリアル様の心の内を知ろうともしなかった。

どうしてこんな失礼極まりない月並みなセリフしか出て来ないのか…ただ言わずにはいられなかった。


それでもルリアル様は少し驚いた顔をした後に、ふんわりと微笑んでしっかりと頷いてくれた。

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