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恋の代償 (7)

「リースは発音が全然ダメだねぇ~。」


バテ君はトゥルシーティーを啜ってそう言いながら薬草スイーツの盛り合わせにはあまり手を付けなかった。


こっそりバテ君に教えてもらった通りに魔法を唱えたつもりだったんだけど…

まさか消すはずの対象人物が目の前に現れてしまうなんて…この人まさか嘘を教えたんじゃないだろうか。


「ナズナ、ちょっと食べ過ぎなんじゃあ…」


お陰でナズナには悪いことをしてしまった…事実を知るにしてももっと別の方法があっただろうに…。頼んだばかりのスイーツの半分はもう消えている。


「好きなだけ食べなよ。後で僕がお腹を壊さないように特別な薬剤を調合してあげるから。」


バテ君はナズナにやさしく微笑む。


「まぁ! バテ様は魔術だけでなく他の分野にも幅広い知識をお持ちなのですね。さすがはスチュワート大臣のご子息ですわ。」


「…スチュワート大臣?」


高位の魔術師の名前なら一通り知ってるんだど…


「えっ?! リースは知らなかったの?! バテ様のお父様はこの国の全ての軍警察のトップなのよ!」


「え? そ、そうなの?」


フィリは信じられないといった表情をした。

そういえばヴァン王子もバテ君の父親がどうとか言ってたっけ…


「最後の試験でバテ様とパートナーになれるなんて…私は本当に幸運です。」


フィリはあまりスイーツには手を付けずに輝くような笑顔をバテ君に向けている。


「こちらこそ。フィリの想像を僕が何でも形にしよう。ネハル湖畔の水中でもメーデ火山の頂上でも…それとも雲の上にでも宿を創ろうか?」


「まぁ…!!」


バテ君てばどこまでが本気でどこまでが冗談なんだか…とりあえずこの二人は別格としても、ナズナのためにも何とかリジェットにだけは負けないように頑張りたいけど…


「って、ナズナ?!…泣いてるの?!」


「え?…あれ…」


スイーツを頬張ったまま顔を上げたナズナの目元には溢れ落ちないのが不思議なくらいの水溜がプルプルと浮いて…まばたきをした瞬間に一気に幾筋もの滝になって流れ出した。


「無理もないわよ。いきなりあんな場面を見せられて…」


それを言われると胸が痛い…フィリはナズナを引き寄せて抱き締めた。


「…ナズナもハロックル様のこと好きだったのねぇ。」


「違いますっ…っく…ちょっと驚いただけっ…で…」


しみじみ言ったフィリの胸を押し返してナズナは鼻をかんだ。

それはショックだろう…まさかあのリジェットと…ナズナとは全然性格も違うのに…やっぱり男の人は見た目が良ければ中身なんて二の次なんだろうか…


「好きなだけ泣いたらいいよ。お望みなら一晩中でも僕の胸を貸してあげようか?」


「ちょっとバテ君!!」


ナズナの肩に手を伸ばそうとするバテ君の手を叩くと…その指先からピンク色の小鳥が羽ばたいてナズナの反対側の肩に止まった。


「…っく…かっ…かわいい…」


小鳥たちはナズナに頬擦りしながら歌うように囀ずっている。同時に目の前ではダンドゥガ国のシーラの密林の妖精達がくるくると輪になって躍りながら薬剤を調合し始めた。


「まぁ…!!」


フィリが感嘆の声を上げる横で気持ちが緩んだのか束の間の笑顔を見せたナズナがさらに号泣している。


「こんな…。」


バテ君はいつの間にこんな高度な遠距離の召喚呪文を唱えて…?!

思わず息を呑んだ後に顔を上げると一瞬だけ不適に微笑んだバテ君と目が合って何故だか背筋がゾクリと冷えた。


◇◇◇


「おまたせっ! ごめんごめん、女の子の格好にしたらホロスウィアで写真やらナンパやらモデルのスカウトやらで身動きが取れなくなっちゃて…終いには気づいたら香水のキャンペーンガールをやってて…。」


ホリー君は幾重にもレースが重なったフリフリのスカートにフローラルな香りを撒き散らしながら現れた。


「…遅いわよ。」


ハロックル様は以前として頭を押さえたまま項垂れている。


「ほんとにごめんなさ…って何で二人ともそんな暗い顔してるんですか?」


きょとんとしたホリー君の表情は恐らく男性だったら誰でもふるい付きたくなるような美少女だった。


「っ…あの付け入る隙のないチームプレイは何だったんだ…」


ハロックル様の鈎状に折り曲げられた右手が震えている。


「女子が3人も集まればあんな感じになるものです。殊に恋愛がらみの場合は…」


王宮殿に上がる前は私もよく被害を受けた。町で一番人気だった男性に色目を使っただとか誰々の彼をたぶらかしただとか…本当にいい迷惑だった。


「でもそもそも婚約破棄を言い渡したのはハロックル様じゃなかったのですか?」


ハロックル様はほぼナズナのために奔走してファルーナ姫を探し当てたというのに誤解を受けたままでは少々可哀想な気もするが、自分から別れを切り出しておいてあまりにも未練がましくはないだろうか…。


「…。」


今回は間接的な被害だったが、私だってこの人と居たせいであっという間に二股を掛けられた挙げ句に友人の婚約者を盗ったみたいな女にされてしまった。


「ちゃんと説明しなくてよろしいのですか?」


正直フィリとバテ様が組むと聞いたショックで頭が一杯で色恋沙汰なんてどうでもいいのだがこのまま帰る訳にはいかなかった。


「説明するも何も…僕はナズナにとって何の関係もない人なんだって…」


自分で言って自分でショックを受けたらしいハロックル様はついにテーブルに突っ伏してしまった。


「あっ、ちょっとリジェットさん!ハロックル様を泣かさないで下さいよっ。」


うわ…何だかまた面倒くさい時間が始まりそうな気がする。フィリとバテ様のことをホリー君に告げたらなおさらだろう…。

それでもパートナーを頼むなら一通り魔術を学んだ六年生がいい…何よりあのバテ様の口ぶり…悔しいがあのお方を諦めるとなると次はハロックル様しかいないかもしれない。


光栄にもロデンフィラムのファルーナ姫様からいただいた素晴らしいブレスレットはしばらく陽の目をみることもないだろう…。美しい赤真珠との別れを惜しみつつ、リジェットはジュエリーケースをパタリと閉じた。


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