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恋の代償 (6)

「バテ君! 何でここに?!」


「僕が近寄れないように魔術を使ったでしょ。お陰で探すのにちょっと時間が掛かっちゃったよ。ヒドイなぁ、リースは。」


これ以上この人のお遊びに付き合っていたらイーリス様にまでバカップルだと思われてしまう。宮殿内までくっついて来られるのは何としてでも阻止しなければ…


「ちょっともうこれ以上私に付きまとわな――」


ボワンッ


「リ~ス~! すごいわっ! 成功してたわよ! しかもトイレの入り口じゃなくて気付いたら便座に座ってたからそれはもうスムーズに用が足せ…きゃぁぁぁっ!!」


「待って! 逃げないでナズナ! 帰る場所も間違ってないからっ! こちらはバテ君。同じ魔術の研究生なの。」


「え?」


◇◇◇


「ハロックル様、どうかなさいましたか?」


「い、いや…すまないリジェットさん…ちょっと幻聴が…」


「…大丈夫ですか? ロデンフィラムから戻ったばかりのところを申し訳ありません。」


けれどもそれを気遣っている余裕はない。


「いや…それで話って?」


「ええ、折り入ってお願いがございます。」


メイド見習いの卒業試験…何としてでも一位で通過してレリア様に認めていただかなくては。絶対にフィリには負けたくない。


◇◇◇


「はじめまして。魔術師研究生六年のバテです。」


バテ君はフィリとナズナを交互に見ながら天使のような微笑みを振り撒いた。というか先輩だったのか…子供っぽいからてっきり後輩だと思ってた。


「あなた様が…あらゆる魔法試験において最高成績を修めて史上最速で六年生に飛び級したという…天才魔術師と名高いあのバテ様ですか?」


フィリの肩が興奮で震えている。まさか…人違いじゃあ…


「いやぁ、照れるなぁ。」


うっそ…! そんなにすごい人だったなんて…思わず隣をみるとバテ君はうつむいて注文の青いサングリアを口に含んだ。


「私はフィリと申しますっ! 突然で申し訳ありませんが、二ヶ月後のメイド見習いの卒業試験で私と組んでいただけませんかっ?」


「メイドの卒業試験?」


首を傾げたバテ君にフィリはそれはそれは丁寧に説明を重ねた。前半の不貞腐れた態度が嘘だったかのように完全に輝きを取り戻した表情からは時々息を呑んでしまうくらい魅力的な笑顔が溢れた。


「いいですよ。」


バテ君は即答した。


「本当ですか?!」


フィリの瞳がお星さまのようにキラキラと輝く。


「うん、面白そうだし。ただし…」


バテ君は飲み干したグラスの果実を軽くつついた。


「ただし…?」


一同の動きが一瞬止まる。


「リースも参加するんだったら僕も参加します。」


「え?」


そう言いながらバテ君に軽く肩を抱かれて…同時にフィリの笑顔が引きつって疑いの視線がこちらに向けられる。


「えっ、違う違う! そんなんじゃないから!」


腕を振りほどきながら思わず首をブンブン横に振る。


「…バテ様。申し訳ありませんがメイド一人につき、魔術師は一人しかお願いできないんです。」


「うん、そうだったね。」


バテ君はナズナの方をみてニコニコと笑った。


「えっ」


ナズナがフォークを落とす。


「まさか私とナズナで組めってこと?」


「そう!」


バテ君は無邪気に笑った。


「リースっ、お願いっ!」


フィリが盛大に頭を下げた。

どうしよう…今はウィンティートの家のこともあるのに…でも…ナズナもハロックル様に振られたばっかりで可哀想だし心配だから仕方な…


「ちょっと待って下さい。」


ナズナが小さく呟いた。


「どうしたの? 私の事なら別に気を遣わなくっても――」


「わたしもバテ様がいいです。」


「え?!」


今何て…


「私もバテ様のご評判は密かに伺っておりました。研究生にして既に宮廷魔術師筆頭の候補の一人でいらっしゃるとか…こんな機会滅多にないもの。」


ナズナの淡々とした口調に開いた口が塞がらない…


「ナズナ…こんなに自己主張ができる子になって…私も自分のことのように嬉しいわ…! でも悪いけどこれだけは絶対に譲れないの。本当に申し訳ないけど今回はリースで我慢してちょうだい。」


フィリはナズナの両肩に手を置いて顔を近付ける。


「…フィリはロデンフィラムでリースとずっと一緒だったんでしょう?きっと私より息もピッタリで作業しやすいはずだわ。リースは魔力の高さはピカ一だし今回は一番相性の良いフィリに譲ってあげるから…」


ナズナも負けじと肩に置かれたフィリの両手を掴んでさらに顔を近付けた。


「ちょ、ちょっと二人とも黙って聞いてれば…三年間で築き上げてきた友情は一体どこへ――」


「友情は友情。仕事は仕事よ。」


「同感です。」


「なっ」


フィリはともかくナズナってこんな性格だったっけ…? フィリとリジェットの間で相当揉まれたのかしら…。


◇◇◇


(※リジェット視点です)


「バテを?」


ハロックル様のロイヤルブルーの瞳が見開かれた。


「ええ、紹介していただきたいんです。」


そんなに驚くことだろうか…


「…う~ん、かなり気まぐれなヤツだからなぁ。最近授業もあんまり来てないし。」


ハロックル様は正面に向き直り人差し指で顎の辺りを掻いた。


「今年の試験も絶対一位で通過したいんです。」


二年連続で一位になればきっとレリア様も私の実力を認めくれるだろう。思わず前のめりになってしまったのでハロックル様にはちょっと身を引かれてしまった。


「…わかった。話はしてみるけどあまり期待はしない方がいいかもしれない。」


「…ええ。唯一無二の素晴らしい魔力をお持ちだけれど、とても気難しい方で同級生でもまともに話ができるのはハロックル様くらいだと伺って。」


説得できる自信が100パーセントあるかといえば嘘になるけれど…今回の試験は最高のパートナーを得ることが必須条件だ。全身全霊できっと口説き落としてみせる。


「気難しいというか…あいつは興味のない事はとことん無視する男だからね。授業やたとえ魔術の講師であっても奴の気に留まらなければ口すら聞かないんだ。まるでその人間が見えていないんじゃあないかっていうくらいにね。」


ロイヤルブルーの瞳が少し心配そうにこちらを覗き込む。


「それでも大丈夫?」


「…。」


随分と舐められたものだわ…私ではバテ様の興味を引くのは無理とでも言いたいのかしら。


「もちろんです。」


少し腹が立って強い瞳で見つめ返すとハロックル様は諦めたように少し笑って頷いてくれた。


◇◇◇


(※リース視点です。)


「ぃやったぁぁぁぁ~!!」


フィリが引いた小さなくす玉から無数のバタフライフラワーが宙を舞った。

くじひとつとってもバテ君も芸が細かいんだから…コインとかでサッと決めたらいいのに。


「うぅっ」


ナズナの非常に誠に残念そうな顔ったら…。


「よろしくフィリさん。」


「まぁ、こちらこそ! バテ様と組めるなんて本当に光栄ですわ。私のことはフィリと呼んで下さい。」


バテ君とフィリがお互い満面の笑みで握手を交わしている横でナズナは少し泣きそうになっていた…地味に傷つくわコレ…。


◇◇◇


(※再びリジェット視点です。)


「ホリー君遅いね。」


「さすがに自分のお店だと来づらかったかしら…。」


30分くらい遅れると連絡があったが、もうお店に入ってからかれこれ一時間以上経つ…。


「いや、お店の抜き打ちチェックのつもりで来店したいからここがいいって本人が言ってたんだ。変装してくるらしいよ。」


ハロックル様は入り口の方をみた。私の用事はもう済んだし接客について勉強もしたいから先に帰ろうかしら…。


「そうだハロックル様、私に渡したいものって?」


「あぁ、そうそう。忘れない内に先に渡しておこう。この前ロデンフィラムに行ったときにファルーナ姫様がこれをリジェットさんにって。」


「まぁ! 綺麗な赤真珠とピンク珊瑚のブレスレッ――」





「ハロックル様。」





背後から聞こえた凍るような冷たい声の主は確かに同級生のライバルのものと思われた。


「フィリ?」


まだジュエリーケースを手にしたままのハロックル様とほぼ同時に振り替えるとお馴染みのメンバーに…一人涼しげな薄水色の髪と瞳を持った青年が立っている。


時が止まったかのように固まる一同の中、最初に動いたのはハロックル様だった。


「ナズナ! よかった、謹慎が解け―――」


「っ、触らないで下さいっ。」


「えっ」


4人の中では一番奥まった場所にいたナズナにツカツカと歩み寄りハロックル様がごくごく自然にナズナの頬に触れようとした瞬間…その右手が勢いよく弾かれた。


「ハロックル様、ずっとナズナ一筋だと思っていたのに…残念ですわ…」


フィリがナズナを守るように二人の間に立ちはだかった。


「え?」


「そうですよ…私もさっきの光景を見るまではイマイチ信じられなかったけど…これではっきりしました。さすがに今の行動はどうかと思います。」


「は?」


リースはナズナの横で彼女の腰に軽く手を添えた。


「綺麗なブレスレットだなぁ。赤真珠はロデンフィラム原産のものだね。彼女へのプレゼント?」


青年はいつの間にかハロックル様の座っていた椅子に軽く寄りかかっていた…それにしても何て澄んだ美しい声…


「バテ?!」


え、今何て…まさか…


「あなたがバテ様?!」


「はじめまして。」


爽やかな笑顔と軽やかな身のこなしはいかにもお堅くて気難しそうな想像上のバテ様とは大分異なっていた。


「はっ、はじめましてっ! わたくしはメイドのリジェットと申します!! 不躾ですが少々お時間をいただけないでしょうか?」


背後にいたフィリの眉がピクリと歪む…どうやら先の展開を察知したらしい。


「残念だったわね、リジェット。」


「は?」


「今度の卒業試験、バテ様は私と組んで下さるの。」


「なっ、何ですって?!」


思わず立ち上がった勢いでいくつかのグラスがガシャリと音を立てた。


フィリは半分放心状態のハロックル様の横を通り越してバテ様の腕に自分のそれを絡めてニッコリと微笑んだ。


「リジェットはハロックル様と組んだらどう? プレゼントを贈られるくらい親しい仲みたいだし。」


「なっ」


フィリとバテ様が組む…最も恐れていたことが…ショックで次の言葉が出てこない。


「ハハッ、それはいい!! 一度ハロックルとは手合わせを願いたかったんだ。まさかこんな形になるとは思いもしなかったけど。」


バテ様は無邪気な少年のように笑った。


「な、なに言ってるんだ…僕はそんな…」


ハロックル様もナズナに手を叩かれたショックなのか頭が混乱しているらしい…


「わたしもそうしたらいいと思います。まだ婚約解消になってから日も浅いのに…正直ハロックル様には失望しました。」


リースはうつ向いてまるでナズナの言葉を代弁しているかのように言った。


「へぇ~…それじゃもしかして二股でもしてたのかな? やるなぁ、ハロックルも。普段はあんなに優等生で真面目くさってるのに人は見かけにはよらないもんだなぁ~。」


「バ、バテッ! お前いい加減なことを…」


「最低ね。」


フィリは二股どころじゃない自分のことを棚に上げて言った。


「本当ねっ。」


その場の雰囲気に流されやすいリースも興奮気味にはっきりと言い放った。


「いいんです。もう私とは何の関係もない人ですから。もう行きましょう。お邪魔でしょうから。」


ナズナの顔には全く表情がない。


「ナッ、ナズ…」


トドメを刺されて力なく絞り出されたハロックル様の声を掻き消すように隣の美青年が元気良く立ち上がった。


「さてっ! 次は薬草スイーツのお店だったっけ? 楽しみだなぁ~。」


「えっ、まだ付いてくるの?」


「僕は傷ついたご婦人を慰めるのが得意なんでね。ナズナちゃんのために一曲歌ってあげるよ。」


「別に傷ついてませんので結構です。」


「もちろんバテ様も一緒に行きましょう。そのお美しい声で奏でる歌をぜひ聞いてみたいですわ。」


店を出ていく一同の騒がしさの後には小粋な音楽が流れはじめて…打ちのめされた男女二人の無言の空間を虚しく彩るばかりだった…。

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