恋の代償 (5)
あらすじに登場人物紹介を付け足しました。
「アッハ…! 振られた…これで全滅…。」
ロデンフィラムに滞在していた期間にフィリは複数の男性と同時にお付き合いしていたことが恋人達にバレてしまったらしい…。
目の前のワイングラスから飛び出した赤い透明な魚が翡翠色のレースのような美しい手紙に変わり…フィリはそれを躊躇なくグシャグシャにして破り捨てた。
「どうしたの? リースまで渋い顔をして。」
そういえばフィリが落ち込んだりした時はいつもホリーのお店にいる気がする。
「いや、最近周りが失恋した人ばっかりだなぁと思って…。」
ウィンテートの家に一旦戻ると言った時のエミュレー様のあの表情…。
いくら交流のある婚約者の妹だからって、ラスティート様もあれではルリアル様への愛情がだだ漏れではないか。
ルリアル様もまさか本気でヴァン王子を慕っていたなんて…。最初は半信半疑だったけれどその後のバテ君の分析は妙に的を得ていて…恐らくそのお気持ちは間違いなかったんだろうと思う。
「リースはどうなの?」
フィリは久しぶりの料理の味を噛み締めるかのように少しずつカラフルな野菜の前菜をつついている。
「え?」
バテ君とは別に恋人でもないし、何だか気まぐれなペットに馴つかれたみたいで…。
「イーリス様よ。」
「え? あぁ…イーリス様は…告白せずとも既にフラれているっていうか…」
拒絶されることはないにせよ…イーリス様にいくら分かりやすいアプローチをしてもそのお心には全然響いてないのは明らかだった…。
分かっていても口に出してしまうと我ながら改めて言い様のない切なさが込み上げてくる。
「…フィリはもう新しい恋人が欲しいの?」
「ええ、できるだけ早急に。」
フィリの目はたまに一瞬だけ肉食獣のように鋭く据わる時がある。
「じゃあ、ナズナの結婚式で見つけたらいいじゃない。もうすぐメイド見習いを卒業したらハロックル様とすぐ式を挙げるんだったわよね?」
「…。」
今まで一言も喋らなかった謹慎が解けたばかりのナズナの箸がピタリと止まった。
隣のフィリは首を横に振って吐いたため息は多少芝居がかっていた。
「まさか…」
「はい、婚約は解消になりました。」
「えぇっ?!」
嘘でしょ…ナズナはともかくハロックル様はとにかくナズナにベタ惚れという感じだったのに…。
「…ナズナが振ったの?」
「いいえ、むこうから。」
「う、うそぉ…。」
とんだ地雷を踏んでしまった…。
「いいんです。私が浅はかな行動を取って父に勘当されてしまったから…。でもこれではっきりしました。結局あの人はうちの家名を継ぎたくて私と婚約してただけなんです。」
ナズナは表情を変えずに淡々と話した。
「まさかそんなこと…」
ハロックル様はいかにも誠実そうでそんな風には見えなかったのに…
「ヒドい話だわ。こんなに純粋な子の気持ちを弄んで。」
フィリはナズナの頭をよしよしと撫でている。
「こ、こうなったら、もうみんなでポーリンに行って巫女様に恋愛成就の祈祷を…」
――――――――――!!
重たすぎる空気を挽回しようとした瞬間…岩壁越しのカウンターにロイヤルブルーと紅色の髪の見覚えのある男女が並んで座って…
「どうしたのリース?」
相変わらずフィリは一瞬の顔色の変化も見逃してくれない。
「何でもありませんっ!ってあれ? さっきのナズナ敬語が移っちゃたかな~? アッハハハ~…」
何あのリジェットの真剣な横顔…しかも若干頬も上気してこころなしか赤く染まって見えるわ。ハロックル様の表情はわからないけど…ていうかフィリもナズナも絶対に振り返らないで下さい…。
「そういえば次の試験の場所はポーリンだわ。」
ぼそっとナズナが呟く。
「えっ、そうなの?」
「ええ、一週間だけポーリンで三人それぞれ宿を開くの。」
フィリは大いに面倒くさそうに言った。
「宿?」
「ポーリンの街にとっては毎年恒例のお祭りみたいなものなのよ。王宮殿のメイド様が一流のおもてなしをしてくれるってね。
期間中は現地も賑わうしすっごく歓迎されるんだけど、私達にとっては料理に掃除にその他もろもろ…そう! 宿も一から自分達で考えて魔法で建てなきゃいけなのよ…!それはもう準備が大変で大変で…」
「宿まで?!」
「そうよ、お庭なんかも含めて全部ね。」
「うわぁ…」
何だかスケールが今までと違うわ。さすがはメイド見習いの卒業試験ね。
「…って何でリースは急に魔術の教科書を開いてるの?」
「えっ? ちょっと気になるところの復習を…」
一時的に視界から対象の人物を消す魔法の…
「ちょっとお手洗いに…」
「ままままってナズナ!! よかったら近距離の転移魔法を私に試させて! 今度覚えてくるようにロド様に言われてるの!!」
あ、あと一歩外に出たらあの二人が見えてしまう…! ナズナの両手を掴んで何とか食い止める。
「リースも大変なのね。うん、どうぞ。」
ナズナは目を閉じて両手を広げた。
「本当にありがとう! 帰りは左手の小指を三回まわしてね!」
シュ~!!
ナズナが煙になって消える。
「おぉ~! リースももう立派な魔術師ね…」
フィリは関心して拍手を送ってくれた。本当は視覚魔法を使いたかったんだけど…私も心臓に悪いからもう二人を見たくないし…
「話が戻るけど、宿を一から建てるとなると魔力はどうするの?」
メイドの魔力で大がかりな建物を造るのはちょっと無理があるのでは…
「そう! だから魔術の研究生一人とペアを組んで協力してもらうの。メイドの私たちからスカウトしなきゃいけないんだけど、私もナズナもこの通りツテがなくなっちゃって…リースっ、お願い! 私たちに誰かいい人を紹介しっ…あれ? そのお方は?」
隣に現れたのは白金のシャツに桃色の刺繍が入ったダークグレーのロングスカート姿のバテ君だった。




