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恋の代償 (4)

「ターネット様、お食事です。少しお休み下さい。」


ニ週間経ってもルリアル様は目を覚まされなかった。


「リース、ありがとう。もうメイドではないのに申し訳ないわ。」


「いいえ。」


ルリアル様が倒れた当日の夜に到着したターネット様は顔色も真っ青でしばらくは食事も喉を通らなかったが…ようやく軽食だけは召し上がれるようになっていた。


「エミュレーは?」


「さきほど別棟に向かわれました。」


「…。」


ターネット様の悩まし気な溜め息は別の意味も含んでいた…ラスティート様はこのニ週間全ての仕事をキャンセルされて片時もルリアル様の側を離れようとしないのだ。


◇◇◇


「ラスティート様…今はルリアルも苦しがっている様子もありませんし…わたくしが代わりますから少しお休みになって下さい。」


手袋はしているもののラスティート様の両手はしっかりとルリアルの右手を握り締めていた。


「…ラスティート様!」


今の彼には婚約者である私の声も届いていないようだった。


「あ…」


ようやくこちらに向けられた愛しいお方の瞳は涙で滲んでいた。


「わたくしが代わります。いい加減お休みになって下さい。このままではあなたが倒れてしまいます。」


ラスティート様はろくに食事も睡眠も取っていないようだった。


「エミュレー様…お心遣いありがとうございます。しかし私が手を握っている間は不思議と苦しまれる様子が少ないのでこのままにさせて下さい。」


「ラスティート様…。」


優しいながらも有無を言わせない強い口調に胸の奥が抉られゆっくりと自分の顔から表情が消えていくのが分かった。


◇◇◇


「ちょっとウィンテートの屋敷まで戻るわ。」


「エミュレー様。」


ターネット様が少しずつでも気力を取り戻されているのに反してエミュレー様の顔色は日に日に悪くなっていった。


「お母様の形見のブローチがあるでしょう…ルリアルも気に入っていた乙女椿の…あれを枕元に置いてあげるの…そうすれば目を覚ますかもしれないわ。」


エミュレー様はそう言って微笑んだもののその瞳はどこか虚ろだった。


「あの、エミュレー様…」


もうすぐ陽も落ちるし黒雲が近付いてきていて雨も降りそうなのに…。


「そうね。それはいいわ。ではお願い。気を付けて言って来るのよ、エミュレー。」


ターネットが少し声を張り上げてリースを遮った。


「あの…」


「リ~ス~!迎えにきたよっ!」


「バテ君! 魔法でいきなり室内に入って来るんじゃなくてせめて扉の前に転移してって言ったでしょ!」


しかもわざわざ部屋のど真ん中に花吹雪と一緒に登場するなんて…。


「そうだったっけ? あ、これはこれはウィンティートのお嬢様方!」


バテ君は舞い散る花々の時間を巻き戻して花束を二つ作り上げ恭しく二人に渡した。


「リース、今日はもう戻らなくていいから王宮殿の自室で休んできてちょうだい。」


「ターネット様…」


「ニ週間ほとんど缶詰だったんだからそうしてちょうだい、ね? エミュレー、あなたも今日は自宅で一晩ゆっくり眠ってくるといいわ。」


「…はいお姉さま。」


エミュレー様は小さく返事をして侍女二人と足早に部屋を後にした。


◇◇◇


「ルリアル様はまだ目を覚まされておりませんが、四日前に調合された薬に解毒の効果が少しずつ現れて今の容態は安定しています。

ダンドゥガ国の新種の薬草の一つは病床にあっても体内の血水の循環を促し血栓防止や栄養の吸収を助ける優れた効能があるようです。しかも体内の毒だけは廻らせることなくむしろ解毒の薬の効能をも補助するような作用がみられるそうです。

医師によるとこのまま上手くいけば来週中には意識を取り戻されるのではないかとの事でした。」


「うん、ご苦労だった。」


ヴァン王子はいつものように黄色い派手なメガネを掛けて書類に目を通していたが報告を聞くと少し安心したように息を吐いてからゆっくりと顔を上げた。


「ところでリース…魔力はまだ回復しないのか?」


ヴァン王子はそう言いながらメガネを外してリースの肩の辺りを指差し形の良い唇を少し動かした。


「うわっ!!」


付けた覚えのない水色の小さな髪留めが宙に弾けてバテ君が床に転がった。


「さっすが殿下!!」


「バテ君?!」


「盗み聞きとはいただけないな。」


ヴァン王子の視線が矢のようにバテ君を射ぬく。


「いつの間に?! あっ、ちょっと!」


バテ君てばまた人の後ろに隠れて…。


「申し訳ございません。僕はただ、ほら…リースが心配で。そう、ヘリオルス城は警備上のトラップが沢山ありますでしょ? だから…またいつかのように地下迷路にうっかり落ちてしまったら大変ですから!」


「よ、余計なお世話よ!」


もうそんな失敗する訳ないじゃない。たぶん…。


「もう魔力も回復したから送り迎えはいらないといったのに…」


「やだなぁ、僕とリースの仲で水臭いんだから。」


「は?」


「ほら見て下さい殿下! 僕がリースにプレゼントした貝殻のブレスレット。ずっとリースが付けてくれていたなんて嬉しいなぁ。僕の髪色と同じ薄水色のグラデーションが綺麗でございましょう?」


「な…」


ロデンフィラムの海のお祭りで確かにバテ君に買ってもらったのは確かだけど、あの時はまだ名前も知らなくて…この国に戻ってからはただバタバタしてて外し忘れていただけだし…


「ちなみに今日は僕もリースがプレゼントしてくれたピアスをしてきてるんだ。」


バテ君はサラサラした髪をかき上げてオレンジ色のスターサファイヤを輝かせた。


「な、何言って…」


それは昨日ラスティート邸でバテ君が目を付けて…こんな状況の中で絶対ダメだと言ったのにどうしても欲しいというから…ラスティート様の部下にわざわざ聞いて手に入れたものだった。

それほど値段も高くなく…ブレスレットのお金を受け取ってもらえなかったのと移動魔法のお礼も兼ねて確かにプレゼントしたものだったけど…


「ち、違います。」


「違くないでしょ?」


急にバテ君が艶を含んだ美しい声で耳元で囁いたので思わず顔に熱が上る。


マ…マズイ…このままだとどう見てもバカップルだわ…


「で、殿下…あの――」


「…もう下がってよい。バテ…お前の記憶を消すかどうかは後ほど判断しよう。」


「ひっ」


バテ君が怯えた声を出すとほぼ同時にヴァン王子が左手を振り払うと気付いたら二人とも執務室の一番外の扉の前にいた。

それにしても最後の王子の実に忌々しそうなお顔…でもだからといっていきなり部屋の外に追い出さなくったていいのに…。

執務室の扉の分厚さは一切の音を通さず今までこの中にいたのが不思議なくらい他を寄せ付けない圧倒的な威圧感に満ちていた。

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