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恋の代償 (3)

「どうしよう…私のせいだわ…」


あれはいつかロド様から教えてもらった魔力増強の薬…。身体に合わない場合は命まで奪いかねない極めて危険な…でも各国でも製造中止にされているはずなのに一体ルリアル様はどうやって…。

いやそれよりも…そんなことよりも私も一刻も早くラスティート邸へ向かわなければ…どうしよう…今の消耗した魔力では移動魔法は使えない…馬車でもここからだと三時間以上は掛かるし…


「リースさん!」


「あっ、あなたはっ…」


ロド様を探して無我夢中で走った魔法棟の廊下ですれ違ったのは見覚えのある薄水色の髪の青年だった。


◇◇◇


「あっ!!」


ラスティート様に胸ぐらを捕まれたヴァン王子がまさに殴られた瞬間だった…


「!!」


ラスティート様の細い目からは止めどなく涙が溢れ出してヴァン王子はまだ襟元から手を離さないラスティート様に抵抗もせずに目の前の男を…わずかな哀しみを含みながら…どこか冷ややかにただ見つめていた。


「シーダナテーイ」


ラステート様の腕がもう一度振り上がった瞬間…隣の青年が静かに唱えた。相変わらずその声は歌うように美しい。


「うっ」


ラスティート様の身体に青白い電気が走り手錠を掛けられたように手首は身体の前で交差してその場に膝から崩れ落ちる。


「失礼。殿下、お怪我を…」


青年が頬の傷を光魔法で治療しようと近づけた手をヴァン王子は即座に振り払う。


「お前は?」


「魔術師研究生のバテと申します。」


そう言うと王宮の宴で王太子に挨拶するかのように優雅に礼をとった。


「研究生か…バテ、術を解け。」


「ですが…」


「構わぬ、早くしろ。」


「仰せのままに。」


ヴァン王子の鋭い視線にバテは人差し指をラスティート様に向かってちょこんと折り曲げた。


「ガッ…ゴホっ…」


「ラスティート様っ」


どうやら息まで止めていたようだ…思わず床に(うずくま)るラスティート様に駆け寄る。


「だ、誰かお水を…」


そう言って辺りを見ると少し開いた扉の向こうで数人のメイドが震え上がっていた…無理もない…王太子相手に一介の…つい最近に貴族になったばかりの男か危害を加えたのだ。


「安心しろ。罪に問うことはない。早く主人の手当てを。」


王子は唇の右端に滲んだ血を親指で拭いながら使用人達に向かってそう言った。


「殿下! ただいま参りました。」


その時数名の医師や薬師たちが現れた。身なりをみるとどうやら王宮から呼び寄せられた者達のようだった。


「状況は話した通りだ。患者はそこの別棟だ。並びの部屋に新種も含めたダングゥガ国の薬草と現地の薬師もいる。必ず解毒を成功させよ。」


「はっ」


一同は足早に部屋を後にした。


「へぇ。」


バテが興味深そうに別棟の方をみる。


「すまないラスティート…どうか―」


「ルリアル様は私が必ずお救いします…」


ラスティートは震える声で床に膝をついて下を向いたまま応えた。


◇◇◇


「正気じゃないよねぇ…王太子をブン殴るなんて。」


まもなくラスティート邸で一番年長の白髪の執事に別室へと案内された。


「私も驚きました…」


一体何がどうなって…ルリアル様はヴァン王子に『わたしの魔力を試して』と言っていたっけ…


「別棟にいるのはヴァンテリオス王太子殿下に心奪われたご婦人であると同時に豪商ラスティート様の想い人…」


「えっ?!」


何言って…


「あなたまさかルリアル様とラスティート様の過去を透視したんじゃあ…」


「まさか。あの場面を見ればそれくらいは想像できるし…それに僕は興味のないことに無駄な魔力は使わない主義なんでね。」


バテ君は目の前の紅茶にスラリとした手を伸ばす。


「そんな…まさか…」


あの聡明なルリアル様が既に婚約者のある…しかも王太子相手に本気になることなんてあるだろうか…でも…いつかのあの思い詰めた表情…もしバテ君の言うことが本当なら…


ふと外国製の土星を象った時計がクルクルと回り午後の3時を告げる。


「あの…急な移動魔法のお願いを聞いていただいてありがとうございました。授業もあっただろうにすみません。」


バテ君は何も事情を聞かずに瞬時にここまで運んでくれた…まさか本人まで付いてくるとは思わなかったけれど…


「いいや。授業は毎日は退屈だしね…それにリースには興味があるから。」


「えっ?」


何言って…真っ直ぐにこちらを見て微笑む薄水色の瞳に混じる銀色の虹彩が屈託なくキラキラと光った。


「入学当初にロド様が制御せざる負えなかったほど高い魔力を持っているとか…」


「え? あ、はぁ…」


興味って…そうよね。私ってば何を勘違いして…まぁその魔力も本当に私のものかどうかは怪しいんだけど…。

バテ君から目を逸らしてようやく口にした異国の紅茶は少し冷めていたけれど香りの高さは一級品だった。


「ラガ…」


――――――――!!


なぜルリアル様が服用した薬の名前を…


「ルリアル様というご婦人は差し詰め高い魔力を持つ殿下のご婚約者…ファルーナ姫様に対抗されたといったところでしょうかね…」


「えっ?!」


「他言は無用だ。」


「殿下!!」


別棟から戻ったヴァン王子は重く低い声で言った。


「ルリアル様は?!」


「高熱で意識がない。あとは本人の体力と解毒剤の調合が上手くいくかどうかだ…」


王子は深くため息をつくと手前のソファーに腰かけた。王子自身も治療魔法を使ったのか疲労の色が滲んでいた。


「恐れながら…ラスティート様が世界のあらゆる薬剤の源となる植物が自生するダングゥガ国から今日まさに戻られたばかりというの信じがたい奇跡です。しかも現地の薬師までお連れとは…これはもはや神の救いの手がご婦人に差し伸べられているようにしかわたくしには思えてなりません…」


バテはチラリとリースを見た後、胸に手を当てながら王子の方を見て美しい声を奏でた。


「や、やっぱりあなたラスティート様の過去を勝手に透視したのね!」


興味がないなんて言っておいて…


「偶然使用人の話が聞こえたまでだよ。」


ほ、本当かしら…


「バテ…少々痛みを伴うが君の記憶を一部消させてもらおう。」


表情なくゆらりと王子が立ち上がる。


「うわっ、お待ちください! 殿下!!」


余裕の笑みすら浮かべていたバテが急に子供のように怯えてリースの後ろに隠れた。


「ちょ、ちょっと!」


何なのこの人…?!


「勘弁して下さいっ。僕痛みにはめっぽう弱くて! 下手すれば気絶しちゃうかも…。そうだっ! リースが僕に今日の事を誰にも喋れないように魔法を掛けてよ!」


椅子の脇から半分だけ顔を出して子犬のようなうるうるした瞳で見つめられる。


「なっ、何で私が…」


「何も知らない僕をここへ連れて来たのはリースなんだからっ。責任取って! ねっ、ねっ、それでよろしいですよねっ、殿下!!」


「わ、私は一緒に来てなんて一言も言ってないわよ。」


「それはあんまりだっ。今にも泣き出しそうな顔をしてたから心配して付いて来てあげたのに。」


「それはっ…」


頭痛がするのかヴァン王子は片手でこめかみを押さえて項垂れている…もしかしたら魔力も限界なのかもしれない…。


「…ええと…ちょっと待って…簡易呪縛系の魔術は…」


ポケットに小さくして閉まっていた三年生の教科書を取り出す…


「むぐぐっ!」


まさかの舌打ちが聞こえたかと思ったらヴァン王子の右手が空を裂いて見事にバテ君の口に術が掛かった。


「痛くない…! ありがとうございます殿下!!」


バテ君はひょいっと椅子から飛び跳ねて大袈裟にヴァン王子の前に跪いた。


「それでお二人はこれからどうなされるんですか?」


バテ君は子犬から元の青年らしい表情に戻って立ち上がった。

ふいにリースとヴァン王子の目が合う。


「殿下、ルリアル様が目覚めるまで私に休暇を下さい。」


王子は黙って深く頷いた。


「私はもう宮殿に戻らなければならない。ラスティートには拒否されるだろうが頃合いをみてまた来よう。リースは毎日容態の報告を頼む。」


「はい。」


「ではリースの魔力が回復するまで僕が宮殿と屋敷の間を移動魔法で送り迎えいたしましょう。」


「えっ」


「その方が早いでしょう?」


バテ君は胸に手を当ててヴァン王子とリースを交互に見た。


「…では頼む。バテ、お前の父にもよろしく言っておこう。」


王子は右の口角を少しだけ上げてバテ君を横目で見た後、マントを翻してそのまま消えた。


「げっ、バレてた。」


「バテ君の父親って?」


「いや、一応役人ですからね。ではリースさん。また明日この時間に。」


不謹慎にもどこか上機嫌な様子のバテ君は片手で放った光に乗って宮殿へと帰っていった。


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