恋の代償 (1)
バサァァァァ――――――!!
「無事に戻って来られたようですね…」
「あぁ腰が抜けたわ…イーリス様、ありがとうございました。」
「いいえフィリさん。少々手荒で申し訳ありませんでした。」
「まぁ、とんでもありません。それでここは?」
「宮殿内の人工の森です…まさか逆さで枝に引っ掛かるとは思いませんでしたけど…」
背の高いミザリーの木の中腹でイーリス様が折れてしまった細い枝を痛むかのように木の幹をそっと撫でなでる。
「ワワンッ」
「うん…そこの枝に手を掛けて状態を起こして下さい…そう、上手です。」
手を差し伸べる前にヒラリと身を起こしたフィリの運動神経に関心するかのようにイーリスが息を軽く吐いて笑う。
「さっき下の方で犬の声がしませんでしたか?」
二人とは少し離れたところで木の枝に引っ掛かっているゼダ君が何気なく呟く。
「まさか気のせいでしょう。」
イーリスが少し早口で喋る。
「あら、ゼダ様…風で飛んだ眼鏡と乱れたヘアスタイルも素敵ですわね。」
「いえそれほどでも…」
「本当ですね…全く違う印象でそちらも良いですよ。」
「イーリス様まで…」
「まぁ、照れていらっしゃる。」
「からかわないでくださいっ…」
「ふふふっ」
「はははっ」
「…ところでリースさんは?」
三人を優しく包み込むような朝靄の森にどこからともなく宮廷楽士の少々調子外れなラッパの音が響いた。
◇◇◇
「よく戻ったねリース。」
「ロド様…。」
手元の漆黒の書を差し出すと何故か胸に大きな満足感が広がった。
「いい娘だ…。」
ロド様は思いの外早い速度でページを捲り出すと最終ページに差し掛かった辺りでピタリと指の動きを止めた…。
「フッ」
少し乱暴に吐き出された笑いは…込み上げて抑えきれない感情のようだった。
「ありがとう。」
いつもの厳しくも優しい表情に戻っったロド様は『禁忌の書』をすぐにこちらに返した。
「もうよろしいのですか?」
「えぇ…もう戻っていいですよ。」
「はい。」
よかった…大切な役目を果たせて身体が驚くほど軽い。
◇◇◇
ここは…宮殿の湖のほとり…あれ…?みんなは…
「リース!」
「殿下っ!」
急に背後の霧の中から現れたのはヴァンが王子だった…
「!! 危なっ…」
驚いて一歩後ずさった先の水際の土が崩れて湖に落ちると思ったら…いつの間にかヴァン王子の胸の中にいた…
「もっ、申し訳ありません…」
「あ、いや…」
王子は手を離すと左下に視線を逸らして少し沈黙した…一瞬すごい力で抱き締められたような気がしたんだけど…恐る恐る顔を除くと右手に持っていた『禁忌の書』を凝視している。
「あっ、これですね…」
きっとこの書が水没してしまう事を恐れたんだろう…。
「うん、確かに。」
王子は手渡された本のページをおもむろに捲ってから安堵の深いため息をついた。
「あっ、いたいた! リース~!」
「フィリ!」
「よかった…!探しました。」
「イーリス様!」
「全く…何で一人だけここにいるん
ですか?!」
「…ゼダ君?!」
駆け寄ってきた二人に少し遅れて歩いてくるゼダ君は眼鏡をかけておらず髪型も少々ワイルドで中々の男前だった。
「ごめんなさい…気付いたらここにいて。」
上空から王宮殿が見えたところまでは覚えているんだけど…。
「いいえ、無事で何よりです。あ、殿下!」
サァァァァッと一気に霧が晴れて全員の姿があらわになった。
「皆よくやってくれた。そなた達には今回の働きに相応しい褒美をとらせよう。」
一同が礼をとる前に何とヴァン王子の方から頭を下げた。
「で、殿下…」
「すぐに休暇を…と言いたいところだが早速ロデンフィラムでの話を聞きたい。まずはイーリスから一人ずつ私の執務室に来てくれ。」
「はっ」
ヘリオルス城へ向かうイーリス様を見送った後、自室へ戻る途中に通ったバスティラの庭園から漂う甘く優しい香りでようやく王宮殿に帰ってきたという実感が湧いてきた。