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隣国のお姫さま (14)

「国境を越えて移動魔法が使えるような魔術師…」


イーリス様が青い銀細工の椅子に長い足を組んで座り美しく整った眉を潜める。


「ロド様とヴァン殿下以外思い当たりません…国際的にも禁止されている魔術ですから…監視の包囲網を掻い潜って魔法を発動されるとなると例え魔術の講師達でも難しいと思います…」


少し右に傾げた首の反対から流れる紫を帯びた黒髪の三つ編みの艶やかなこと…


「で、用件は何だったんですか?」


ゼダ君が咳払いをしながらリースの視線を遮るように立ちはだかる。


「え? 用件?」


何だったかしら…貝殻のブレスレットのお代を払ってくれて…


「君なら大丈夫だって励まされました。」


「他には?」


「特に何も…」


別に他には何も言われていない。


「それだけ?!」


フィリは何かのサポートを期待していたらしい…自分の胸の辺りを掴んで不安そうな顔をした。


「皆さんお揃いですね。」


風一つない無音の漆黒の闇をバックにファルーナ姫が窓辺に現れた…。


「ご推察通り『禁忌の書』は城の離れの神殿の地下に納められています。」


ファルーナ姫の声は緊張のせいか少し貼り詰めて淡い薄黄緑色の瞳は一瞬鋭く白い光線を放った。

ラミドール王は都合良く数日間地方の視察に出掛けているからこの機を逃す手はない。城内の魔術師や使用人達はイーリス様とゼダ君が深く眠らせている。


「私とナルサで持ち出しますから神殿の搭の先端…ディヴァナの鐘の中でお待ちください。お渡ししたらそこからアルシェンバーユに転送します。」


「お二人だけで…」


「大丈夫です。」


どうやらファルーナ姫にずっと寄り

添っている侍女のナルサもそれなりの魔力を持っているようだ…


「恐れながらファルーナ姫様…」


イーリス様がおもむろに口を開く。


「地下神殿に入る一つ目と四つ目の扉の内部にラミドール王に通じる小さな仕掛けがあります。それを魔法で解除しないと…」


「まぁ…一つ目だけだと思っておりました…」


ファルーナ姫は目を見開いた後少し考えた風だった。


「ゼダ君、出来ますね?」


「はい。」


ゼダ君は緊張しながらもどこか誇らしげに頷いた。


「助かります。」


ナルサがパイライトとブラックオパールが埋め込まれた半透明の水晶の杖を姫に渡し、それを振り上げた瞬間に三人は光の粒になって消えた。


◇◇◇


「さっ、寒っ…」


昼間の南国気分とは打って変わって標高の高いロデンフィラムの王城の気温は低かった…しかも王宮でも一番高い神殿の搭の先端にいるのだ…


「イーリス様…」


以前フィリ先生に聞いた話によると…危機的状況下において男女の恋愛感情が燃え上がることがあるらしい…どさくさに紛れてイーリス様に軽く抱き付こうとしてみる…


「何が寒いですか、一人だけそんなに日焼けしてっ。」


「ゼダ君っ!」


いつの間に…何てタイミングの読めない人なの…!


「ゼダ君、状況は?」


一人で塔の際に立って眼下の街を眺めていたイーリス様が振り替える。


「はい、最後の七つ目の扉を抜けてからはロデンフィラムの王族しか入れない領域なので先にこちらで待つようにとファルーナ姫様が…」


イーリス様が口元に手を当てて難しい顔をしていた…さすがにこれは抱きつける雰囲気ではない…ハ…ハ…

ックショ~イッ!!


「リースさん…」


イーリス様が自身の羽織を掛けようとしてくれたのに…ゼダ君がそれを押し戻して魔法で小さな熱源を発生させる…くっ…何と余計なことを…


「ダメですよゼダ君! 魔力は万が一のために取っておかないと。」


「申し訳ありません…」


やや強い口調でイーリス様に嗜められたゼダ君がうつむく。


「ふっ、いい気味だわっ。イーリス様はあなただけの物じゃないの

よ…」


2ヶ月半さんざん一緒に過ごしてきたくせにまだ独り占めしようなんて何て図々しいの…ゼダ君だけに聞こえるように囁く…


「リースさんの物でもありません…万年片想いのくせにこの辺で諦めたらいかがですか?」


「何をっ…!!」


「二人ともいい加減にしなさい。」


静かながらもイーリス様の珍しく怒気を含んだ口調に二人とも驚いて凍り付く。いけない…痛いところを突かれてついカッとなってしまった…というか全部聞こえていたなんて…


「ファルーナ姫様…」


フィリは両手を胸の辺りで握り締めてひたすら天を仰いで祈っている…どれくらい時間が経っただろうか…鐘の底から臨む空が少し白んできたような気がした…


◇◇◇


「お父様…」


宮殿内の一番の聖域…王族と一部の神官のみしか踏み入ることの出来ない神殿の最奥の地下にそれは納められていた。


「ファルーナ、手に持っているそれを渡しなさい。」


今日は地方の薬草園のいるはずの父は静かに言った…アルシェンバーユの魔術師のお陰でここまで辿り着くことが出来たが…最後の祭壇の横にも仕掛けがあったようだ。


「いいえ。これは我が国の物ではありません。アルシェンバーユにお返しします。」


声が狭い一面クリスタルの壁に反響して自分でも驚くほどの大きさになった。


「あの王子に魔術でも掛けられたか…この父が解いてやろう。」


エメラルドグリーンを帯びたゴールドの宝剣の鞘から僅かに覗いた刃先が鈍く光る。


「いいえ! わたくしは操られてなどおりませんっ。これを…!」


ヴァン王子と交わした条約の書状を浮かび上がらる。


「…七年だと?! そんな条件で…お前は…何と愚かな!!」


怒りを露にした父を前に足がすくんだ…けれどもただ怯えるばかりだった以前と違って今は腹の底からふつふつとした熱が静かに涌き出てくるようだ。


「いいえ、お父様…わたくしは正気です。お父様ももうお気付きのはず…この書はこの国に置いたままにはできないと…。」


父に怒鳴られたせいなのか高ぶる感情のせいなのか…声が少し震えている…。


「何を言っている?! この書が我が国にあればこそー」


早い口調になる父を静かに…まるで俯瞰するように眺めるとずっと心を痛めていた事実をようやく口にすることができた。


「『禁忌の書』…それ自体が発する重苦しくて凶々しい波動は年々強くなっている…その邪気に気付いたからこそお父様は六年前にご自身の隠し部屋の書庫からこの神殿の地下に書をお移しになった…けれどもその直後から次々に神官達を不幸が襲いました…それは今でも続いています…このままにしておけば犠牲はそれだけに収まらないでしょう…」


「ファルーナ…」


父の眉が苦しげに歪む。


「悲劇はもう終わりにしなければなりません。分かって下さい。お父様…」


想いが溢れて自然と涙が流れた。


「それでも他国に比べて決して高い魔力をもたない我が国がこれまで他国の侵略を免れてこれまで平和を保ってこれたのは…この書があればこそだ。」


お父様はこちらの目を見ずにうつむいて呟いた。


「か弱き者の犠牲をこれ以上増やすおつもりですか?! お父様!! 時代は変わりました。あのヴァン王子なら我が国を侵略するようなことは決して――」


手にしていた漆黒の書がさらに暗く湿り気を帯びた霧を纏い出す…


「黙れ!! いくら最もらしい御託を並べようが結局はあの王子に絆されただけではないか…我が娘ながら情けない。お喋りは終わりだ。ファルーナ…その書をこちらに渡しなさい。」


「お父様っ!!」


初めて目にした鞘から完全に引き抜かれた宝剣の輝きはエトーナ海の太陽より眩しく…目をキツく閉じてもその光に脳の奥まで侵されているようだった。


◇◇◇


「ファルーナ姫様っ!!」


まだ星々が瞬く薄青紫の暁の空に現れたのは純白の羽の生えた侍女ナルサに抱えられた傷ついた姫だった…全身に放射状の細かい血の線が走りドレスの肩口には血が滲んで…左目は閉じられたままだった。


「これを…!!」


渡された黒い書は分厚いが思いの外軽くて逆に落としそうになってしまった。


「姫様っ!!」


フィリが涙目で駆け寄る。


「私は大丈夫…くっ」


次の瞬間ファルーナ姫の右足首を黒いロープが襲い、ナルサが呪縛解除の魔法を唱え始める。


「早くっ…行って下さいっ!!迎えが来ています。」


リースの左胸のバッジが銀色に輝き眼下にはアルシェンバーユ王家の双頭の霊獣が現れた。


「シーオンッ?!」


「え?! 何っ?!」


一人だけ視線を泳がせるフィリにはどうやら見えていないらしい。


「私に続いて下さい!」


「きゃぁぁぁっ!!」


フィリを抱えてイーリス様が搭から飛び降りてシーオンの背に飛び乗りゼダ君もそれに続く…私も行かなきゃ…!!…でも…あ…足がすくんで…


「リース…頼みます…!」


ファルーナ姫は驚くほど満面の笑顔でそう言うと…最後の力を振り絞るかのように切っ先の欠けた水晶の杖を振り下ろすと神殿の鐘が鳴り…


「あっ!」


リースはあまりの振動と風圧で搭から押し出されて間一髪のところをシーオンの背に掬われた。


「ファルーナ姫様っ!!」


ようやく明けたロデンフィラムの長い夜を祝福するかのように神殿の鐘の音が鳴り響き空を駆けるシーオンの翼が2つの虹をつくった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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