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隣国のお姫さま (12)

「温泉まんじゅう5つ下さい。」


「はい。まいどどうも!」


「温泉まんじゅう4コ」


「はい、ただいま。」


「温泉まんじゅう3つ、今日もかわいいねホリー君~。」


「…。」


こんなことで本当にフィリさんの助けになるんだろうか…。ハロックル様の指示で休日だけ僕はポーリンで、リジェットさんは都の噴水広場でロデンフィラムの品物を扱う専門店を開くことになった。


「温泉まんじゅう2つ…」


ハロックル様がロデンフィラムから家具や雑貨を色々輸入して商品を取り揃えてくれたものの…全くと言っていいほど売れなかったので片手間に始めたロデンフィラムとは何の関係もないお手製の温泉まんじゅうだけが次々に売れていく…やっぱり僕は料理の天才かもしれない。


「すみません、今日はもう売り切れちゃって…」


「まぁ残念…では…このロデンフィラム名曲集のオルゴールを一つ…」


ハロックル様の推測によると、今ロデンフィラムにいるのは本物のファルーナ姫ではなく恐らく姫に変身したリースさんだろうということだった。

遠目であっても王宮内でリースさんの姿を目にしていた僕とリジェットさんにとっては俄には信じがたい話だったが…ハロックル様がリースさんの私物で交信しようとしても応答はなく…逆にリジェットさんがやっとのことで手に入れたファルーナ姫が使っていたクッションの切れ端からは微弱な響きがあって…それが姫がまだこの国にいる証拠らしい。


正直全く魔術に携わっていない僕にはピンとこなかったがリジェットさんは驚きながらも深く頷いていた。


とにかく早く姫を見つけ出さないとフィリさんにも危険が及ぶかもしれないと聞いて居ても立ってもいられず、通常の休日に加えて貯めていた有給休暇まで返上してひたすらまんじゅうを売り続けて早二週間…ついにその瞬間はきた。


「お詫びにロデンフィラムの白茶はいかがですか? いま丁度お湯が湧いて…」


「…まぁ、そのように珍しいものまで…では一杯だけ。」


元の容姿とはまったく違うが右手の中指下に星のホクロがある女性…姫と一緒に失踪した侍女の手掛かりだ。

うっすら汗の滲んだ手の平を拭って…一度深呼吸をしてからハロックル様にもらった呼び出しのベルを小さく鳴らす。


◇◇◇


「…あのナズナというメイドはどうしていますか?」


ファルーナ姫はメーデ山の洞窟のような場所で優雅に白茶を飲んだ…周囲の家具は決して高級品ばかりではないが姫が居るだけで不思議とそこだけ王城の一室のような貴品が漂う…。


「謹慎中ですが心配は入りません。姫様さえ無事に戻っていただければ…」


ハロックル様は後半は少し躊躇いながらもはっきりとした口調で言った。

確かに姫に万が一の事があればさすがにナズナさんも今のままでは済まされないだろう…。


「ええ…潮時ということでしょうね。」


姫がカチャリと丸いカップをテーブルに置く。


「姫様っ!」


例の侍女が身を乗り出して涙ぐんでいる。


「ナルサ…もういいのです。どこに逃げても王家に生まれた宿命からは逃れられない…。それにこの洞窟で2ヶ月間外界との繋がりを断って静かな祈りの時間を過ごす内に…本当の自分の気持ちが分かったのです。ここは不思議なところだわ…本来の自分に還してくれる不思議なパワーが満ちている…これもナズナのお陰です。」


「…申し訳ありません。」


ハロックル様は深々と頭を下げた。


「いいえ…ずっと抱えてきた苦しみに立ち向かう機会を与えてくれて感謝します。あなたはロゼット大臣のご子息のハロックルでしたね。お二人は…」


姫はゆっくりと立ち上がった。


「ホリーと申します…今ロデンフィラムにいるメイドのフィリさんを…どうか…どうか…」


姫は少し驚いた表情をした後に目を細めた。


「フィリ…あの者の懐の深さには随分甘えさせてもらった…わかりました。必ず無事に戻れるようにします。」


「ありがとうございますっ。」


ハロックル様に負けじと深々と頭を下げる。


「リジェットと申します。今恐れ多くも姫に変身しているリースという不届き者の元ルームメイトです…リースはただただ魔力が強いばかりでとても浅はかな…陰謀とはほど遠い人物です。よかったら助けてあげて下さい。」


そう言いながらリジェットさんも深々と頭を下げた…フィリさんのことで頭がいっぱいですっかりリースさんのことを忘れていた…付け足してくれてありがとうリジェットさん…。


「ほほっ、しかと聞き入れました。」


ファルーナ姫が笑うと洞窟の赤い火山の妖精達もクルクルと嬉しそうに宙を舞った。


◇◇◇


「さて、バテ君」


「はいロド様。」


「リースも予想以上にやってくれましたが…そろそろ良いだろう…」


「…はい。」


薄暗い書庫の分厚い壁の向こうから小さな雷の音が聞こえる。


「ロドクルーン様…ヴァンテリオス王太子殿下がお呼びです。」


あまりのタイミングの良さにバテ君は驚いたようだがこれは単なる偶然に過ぎない。


「うん…すぐ参ろう。途中で呼び出すからここで待ちなさい。」


ヘリオルス城の87階に王子の執務室はあった。


「ロド、まだファルーナ姫は見つからんのか。」


大きな窓の外は一面黒雲に覆われ次第に激しい雨が振り出した。


「申し訳ありません…殿下。」


王子は明らかにイラ立っている…無理もない…リース達がこの国を出てからもう2ヶ月半になる…。


「リースの魔力はまだ大丈夫なのでしょうか?」


セレーネ王妃の侍女レリアの真っ直ぐな瞳にはいつも本心が引き摺り出されそうになる…という心境になったのももう随分昔の話だ。


「はっきりとした事はよく分かりません。」


そう言った後に殿下の方へ向き直る。


「ところで『禁忌の書』の在りかは分かりましたか?」


「…大体の場所は突き止めたらしい。持ち出す手段もいくつか考えているようだが…それも魔力があってはじめて可能になる。」


王子は自らの焦りを静めるように深く息を吐いた。


「止む終えん…リースも含めて一旦この国に呼び戻す手筈を…」


「殿下…畏れながらご提案がございます。」


このタイミングを待っていた…今の消耗したリースの魔力ならこちらの意のままに動いてくれるだろう…もちろん彼女の力がいかほどか試したい気持ちがあったのも事実だが…それはもう十分過ぎるほど証明してくれた…


「優秀な魔術師を一人ファルーナ姫の捜索に…」


――――――――――!!


「殿下…」


閃光とほぼ同時に轟いた雷鳴と共に現れたのは私の一番弟子が探し当てるはずの姫だった。


◇◇◇

(ここから王子視点です。)


「姫…!!」


なぜファルーナ姫がここに…?!

思わず立ち上がる。


「ヴァン殿下、申し訳ありませんでした…状況は全てこの者達が教えてくれました。」


姫は少し緊張した様子だったがしっかりとこちらを見据えた。


「お前達は…。」


魔術の研究生のハロックルにメイドのリジェット…もう一人は…宮廷料理人のタイをしているが…これは一体…


「早速ですが…私は『禁忌の書』を殿下に…この国にお返ししたいと思っております。」


「!!」


今何と…


「申し訳ありません…この者達にも事情は話してあります。」


姫の後ろに控えていた三人は頭を下げた…『禁忌の書』が実在することを知る者がまた増えてしまったが…


「ファルーナ姫…私の聞き間違いではありませんか。」


こうもあっさりと…信じられない。


「元々あの書はこの国の始祖がこの国のために記したもの…私はお返しするのが筋だと思っております。最もお父様は反対されるでしょうが…あれを持ち出すことは私だけでも可能です。」


「姫…」


『禁忌の書』は特別魔力の高い一部の者しか触れることができない…やはり予想通りラミドール王はそれが可能なファルーナ姫だけにはその在りかを教えていたか…。


「ただ…」


「…ただ?」


「我が国に対して一切の侵略行為をしないという証が欲しいのです。平和条約よりもさらに揺るぎない証です。」


「…ロド。あれを…」


本当はここまでするつもりはなかったが仕方ないだろう…。


「畏まりました。」


いつも冷静なロドの表情に一瞬不承知の色がみえたのは気のせいだろうか…。ロドの黒い杖の先からラピスラズリで装飾されたシルバーホワイトの書面が現れオレンジダイヤが埋め込まれた虹色のシーオンの羽ペンで一息にサインをする。


「ここにあなたもサインをいただければ両国の国境に結界が張られます。ロデンフィラムとアルシェンヴァーユ…双方お互いの国に攻め入ることはできない。ただし期限は最長で7年ですが…。」


姫は目線を左に逸らして少し考えていたようだが…覚悟を決めたようにペンを走らせた。


「効力を持つのは書面にある通り『禁忌の書』が我が国に戻ってからです。」


「分かりました。」


姫は頷いて深呼吸した。この堂々とした姿を母上が見たらきっと王妃にとお認めになったかもしれない。


「ファルーナ姫…申し訳ありません…」


失踪したのは姫自身だが身代わりを立てたその後の対応は到底気分が良いものではないだろう…


「どうか謝らないで下さい…ヴァン殿下。早速ですが私たちをロデンフィラムへ転送していただけますか?2ヶ月以上も変身し続けるなど聞いたことがありません。失礼ですが一刻を争う状況にお見受けしました。」


隣の侍女ナルサが姫を守るように抱き締めた。


「ロ…いや…ここは私がさせてもらおう。ファルーナ姫…心から感謝いたします。みなをよろしく頼みます。」


この国に来た4ヶ月前とは別人のように晴れやかな表情のファルーナ姫は最後だけ何故か少し残念そうに微笑んで穏やかな風の中へと消えていった。

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