隣国のお姫さま (11)
「ふぅ。」
お風呂上がりのオレンジジュースは美味しい。ポーリンから運ばれた温泉水に浸かって…レストランで絞りたてのフルーツジュースを飲みつつ一人でゆっくり食事をするのが週末のささやかな楽しみの一つだ。
「いや~ホリー君は将来ホロスウィアにお店を構えるのが夢なのかぁ。素晴らしい! 君のような才能あふれる料理人なら安心してナズナを任せられるよ~。」
「何をおっしゃるんですかぁ! ハロックル様のような魔術師のエリート中の超エリート!! しかも男前で…フィリさんにはあなたのようなお方こそ相応しいんですっ!」
後方下段のシャンデリアの天涯の…ちょっと特別そうな席から同級生の名前が聞こえた…ロデンフィラムへ出張中のフィリに謹慎中のナズナ…。二人がいなくなってマンツーマンとなった毎日の指導は贅沢と言えば贅沢なのだが…個人的には全然張り合いがなくてつまらない…。
「あれぇ…あの珍しい紅い色の髪は…もしかして噂のリジェットさんじゃないですか?」
一人でゆっくりしようと思ったのに…席を移ろうかな…。
「あっ、ホントだ! ナズナが怖がってた気の強いリジェットさんだぁ。まさか本物がみれるとは~。」
人のことを何だと…。
「リジェットさんリジェットさん! よかったらこっちで一緒にどうですか? 支払いは全部このスーパー高給取りのハロックル様がしてくれますからぁ!」
「…。」
確かに思いきって初めて入ったヘリオルス城近くのこの店は予想よりも値が張っていた。
「…お邪魔します。」
飲みかけのグラスを持って席を移動する。
「はじめまして! 僕は料理人のホリーですっ。」
ヴァン殿下と同じ銀髪に…女の子みたいなキレイな顔…。
「そしてこちらは超ハイスペック男のハロックル様ですっ!」
「はじめまして。僕はナズナの婚…い、いや…魔術師のエリート中の超エリート…モテモテスーパー高級取りのハイスペックハロックルです。」
「あはっ、ハロックル様ってば自分から言っちゃったよぉっ。ウケるぅ~!」
正確にはハロックル様とはメイド一年生の時の進級試験お茶会で顔を合わせているんだけど…まさかこんなに痛い人だったとは…。
「あ…すみません、ミザリーと鮮魚のカルパッチョにバスティラとピンクササミステーキにマルゲリータ…チーズを3倍増しで…あとヨモギとハーブのフェリーネルを…とりあえず全部二人前ずつ下さい。」
早く食べて退席しようっと…。
「そうですよ…ハロックル様は世界一いい男ですよ…。」
テーブルに項垂れたロイヤルブルーの頭をホリー君がポンポン叩いている。
「それなら…それならさ…なんで…なんでナズナは…」
お酒の匂いがしないのでよく見ると目の前に並ぶグラスはソフトドリンクばかりだった…何この二人…怖い…
「あっ、ハロックル様! 先に泣かないで下さいよぉ。僕の方がフィリさんにずっと冷たくされて辛い思いをしてるのに…」
要するにフィリとナズナにそれぞれにフラれた二人といったところだろうか…ハロックル様につられたのかホリー君の薄いグリーンにシャンデリアの赤オレンジを映した瞳がうるうるとすがるようにこちらを見つめてきた。
「あ、私は絶対に慰めませんよ…キャラじゃあないんで。」
運ばれてきた美しい皿を次々に堪能する…せっかくの料理なのでなるべく巻き込まれずにストレスなく気持ち良く食事を終えたい。
「すごいな~噂通りだ…」
「ほんと! 話のイメージとピッタリですねぇ。」
さっきまで涙ぐんでいたはずの二人は何故か嬉しそうに笑っている。
「リジェットさんリジェットさん!せっかくだからリースさんも呼びませんか? 最近僕の店にもあんまり来てくれてなくってぇ…お部屋が一緒なんですよね?」
「おっ、怠け上手のリースさん! いいねぇ~呼ぼう呼ぼう!」
あのリースに慰めてもらおうなんて完全に終わってますよ…という言葉を辛うじて飲み込む。
「リースは個室に移ったんで…」
「そうなんですかぁ? 残念ら…」
「何か私物があれば魔法が使えるんだけどなぁ~」
「見たかったなぁハロックル様のまほぉ! でもまさかないよねぇ~」
「だよね~」
急に二人が肩を組みだす…早くデザート来ないかな…。
「そういえば…リースが部屋を移動してから2ヶ月も経つのに荷物も多少残ってて…珍しいトリーのコートに半透明の青いボールとか…あんなに大事そうにしてたのに…」
でもまさか私物を勝手に持ち出す訳にもいかないし…
「2ヶ月かぁ…フィリさんがロデンフィラムに行っちゃってから丁度それくらいだなぁ…最初は一ヶ月くらいって言ってたのに…もう冷たくされてもいいからとにかくっ…とにかくフィリさんに会いたいよぉっ!」
しがみつくホリー君を胸で受け止めながらハロックル様が一瞬目を細めた。
「…二人はこの2ヶ月間でリースさんに会いましたか?」
ハロックル様は少し早口の小さな声で話す。
「店の前で姿だけなら…でも声を掛けようとしたらいなくなっちゃってぇ…」
「私も同じく。」
「僕もだ…。」
ハロックル様はしばらく目を閉じて腕を組んでいた…ここで眠られたら面倒だな…。
「リジェットさん、ホリー君、頼みがあります…」
寝た訳じゃなかったハイスペック男のその名に恥じないスマートな話し振りに思わずまもなく到着したデザートを食べるのも忘れてホリー君と真剣に聞き入ってしまった。
◇◇◇
「フィリ…明日の予定は?」
「明日はエトーナ海で開かれる豊漁祈念祭に出席する予定よ…午前中には王宮を経つわ。」
「何それ出なきゃダメなの?」
「ほとんど喋らなくていいから出ておきましょう…明後日のモリナダ国のイセイラ王女のお相手の方が厄介よ…噂好きな上に性格も相当悪いらしいわ…かつては密かにヴァン殿下を狙っていたらしいし…明後日は遠出で具合が悪くなったことにして欠席にしましょう…で、次の日は…」
夕食後は速攻自室に戻って布団を被り元の姿に戻る。フィリは今やファルーナ姫の専属侍女…というよりはあらゆる情報収集を元に一切のスケジュール管理まで行う敏腕秘書と化していた…。
「まだアルシェンバーユから知らせは来ないの?」
「…だから姫の顔で鼻クソほじらないでよ。まだよ。」
万が一に備えて布団から出る部分はファルーナ姫仕様にしている。
「イーリス様も何度も打診して下さってるんだけど…」
フィリの顔が曇る。
「それにしたって一ヶ月の予定がもう二ヶ月以上よ…」
ヴァン殿下に渡されたシーオンと月桂樹のバッジは魔力の回復効果に大変優れていた…それでもこのままではあと二週間持つかどうか…ほんのり温かく光るそれを握り締めながらただひたすらに早く姫が見つかることを祈るしかなかった。




