不気味なライバル (2)
宴までは約1ヶ月しかないこと。
リースはその間の食事や掃除などの家事を担当し、さらに毎日エミュレーとルリアルに美容マッサージをすることになった。
そして一番きつく言われたのは宴用のドレスには一切手を触れてはならないということだった。さらに裁縫室へ近づくことさえも固く禁じられてしまった。
「いつもの家事にマッサージかぁ。」
マッサージのやり方が書かれたメモを見ながらリースはため息をつく。
ルリアル様はともかくエミュレーに美容マッサージしたところで何が変わるというんだろう。高望みせずにせいぜい奇跡的に上手くいった今回のお見合いを大切にすればいいのに…
それにしても一回失敗しただけでドレスに一切触れるなだなんてターネット様はなんて厳しいんだろう。
新しいドレスを用意するだけなら仕立て屋に注文すればいいものをわざわざ新しい使用人を呼ぶなんて。
リースが寝ていた小さな裁縫室はドレスの制作用の部屋になり自動的にグリーミュの部屋になった。
リースは1ヶ月間キッチンで布団を敷いて寝ることになってしまった。
「でも、優しいルリアル様にはぜひとも幸せになって頂きたいな…。あのお方ならきっと良い縁談がたくさん舞い込むだろう。そしたら私もルリアル様の嫁ぎ先に侍女として連れていってもらおう…!
そう考えると協力しがいがあるけれど、エミュレーは…どうせマッサージしたってたかが知れてるし適当でいいや…。」
小声でブツブツ言いながら夕食の支度をしていると
「あら、相変わらずまた同じスープね。」
背後からエミュレーが覗き込む。
「ひっっ」
リースが驚いて包丁を落とす。
「きゃあぁっ!何してるのよ!!
今怪我したらどうしてくれるのっ!!」
エミュレーが大きな声を出す。
「申し訳ございませんっ。急にいらしたので驚いてしまって。」
リビングからターネットが睨みをきかす。
「本当に申し訳ありません。危ないですからお嬢様はあちらで。」
とリビングへ促す。
「ふん、相変わらずトロいわね。それよりこれを活けて。」
そういって大きな花束を三つもキッチンに置いた。
「こんなにですか?」
「ラスティート様はお優しいから私たち三姉妹の分の贈り物を下さるのです。」
ターネットが嬉しそうに語る。
「まっ、わたしくしはまだお返事する気はありませんけどね。」
エミュレーは完全に調子に乗っている。
「またこの娘は…」
ターネットはため息をついている。
リースは最後のスープの具材を入れ終えると、両手でも抱えきれないたくさんの花を花瓶に移し始めた。
ターネットの好きなブルーリリーにエミュレー好みの深紅の芍薬、また見たことのない上品な緋色の花は枝ごと手折られたもので、花自体は小振りながらも枝の力強い曲線とそれを多い尽くす満開の花は空間を包みこんでしまうような存在感があった。
「桜という花の一種ね。たしか国内では生息していないはずなんだけど。」
ルリアルが姿を現す。
「ラスティート様は世界をお相手にご活躍なさっていますから。」
ターネットまで得意げにしゃべり出す。
貿易の拠点が世界各地にあるという金持ちアピールだろうか…エミュレーはまた込み上げる笑顔を抑えようと口の辺りをむにゃむにゃさせている。
高価な香水瓶に三姉妹それぞれに花束まで送ってくるなんて…ちょっと鼻に付くけれど下手な貴族よりもよっぽど気の効く相手かもしれない。
噎せ変えるような甘い香りの中、リースまで未だ感じたことのない嬉しいようなくすぐったいようなうっとりした気分になってくる。これが女心というものか…。
しかし三姉妹分送ってくる辺りはきっとこの家に、取り分け長女のターネットに気に入られようとしているのだろう…そう思うとなかなかしたたかな男かもしれない。
ともあれ家名欲しさとはいえ本当にエミュレーのお見合いは上手くいったんだなぁとリースは素直に羨ましく思った。
◇◇◇
その夜は送られてきたたくさんの花々のお陰で、いつになく華やかな雰囲気の夕食になった。
新しい使用人のグリーミュも遅れてダイニングに現れる。
「どうしたの?座ったら?」
席に付こうとしないグリーミュにリースが声を掛ける。
「…。」
「うちは小さな所帯だからみんなで食事を取ることにしているの。」
ルリアルが優しく説明する。
そういうことかとリースは思った。普通は貴族と使用人は一緒に食事をとらない。いつからか当たり前のことを忘れていた。
「…ですが」
とグリーミュは席に付こうとしない…案外頑固だ。
「誰かさんと違って奥ゆかしいこと。」
エミュレーめ…。
「遠慮せず座りなさい、グリーミュ。」
ターネットが促すとグリーミュは一礼してようやく席についた。